【最終回】戦わない勇者のヌルーライフ、これにておしまい! 騒がしい屋敷で紡がれる、最高に愛すべき俺たちの現実
屋敷の広間には、異様な緊張感が漂っていた。
中央に立つアンは、まるで軍の観閲式でも始めるかのような厳粛な面持ちで、一枚の書状を手にしている。
(またか……。アンのやつ、ただこういう会議をやりたいだけなのでは?)
ソファに深く腰掛けたクロムは、内心で溜息をついた。
その横でゼノンは、この広間に紛れ込んでいる、ある男を注視していた。
(……佐藤氏。いつの間に帰って来ていたのだ? 王都の監獄騒動以来、行方知れずだったはずだが……)
ゼノンの視線に気づいた佐藤は、待ってましたと言わんばかりの顔で、意気揚々と近づい来た。
「おや、ゼノンさん。監獄で消息を絶ったはずの私が、なぜ今ここに立っているのか。その非論理的な状況に、貴方の脳が処理落ちを起こしているわけですね?」
「いや……私はただ」
口ごもるゼノンを無視して、佐藤は続ける。
「そうですよね!? ええ、ええ、分かります、分かりますとも。私の脱出経緯が気になりますよね? 隠さなくてもいいですよ。知的好奇心は人間の本能ですからね。あのあと、田中さんと意気投合しましてね」
(……な、何を言ってるのだ、この御仁は……)
困惑顔のゼノンなど目に映ってないかのように、佐藤は更に自慢げに話を続ける。
「簡潔に申し上げれば、王宮の警備ロジックには致命的な欠陥がありまして、私はそこを田中さんの圧倒的な物理演算能力、いわゆる筋肉をレバーにして──」
(イラっ!)
相変わらずの理屈っぽさだ。
「あんたの話は、聞いてない! ちょっとは黙っててよ!!」
案の定、ティアラの怒りが爆発した。
その途端、意気消沈した佐藤は、この場の議長であるアンに視線で助けを求めた。
「お静かに!!」
アンの凛とした声が響いた。
「では、これより役職の発表を始めます『ユーマ氏』一歩前へ!」
(ユーマ氏? ”氏?”)
一瞬で場が整った。
もう誰も騒いでいる者はいなかった。
ユーマが顔を引きつらせて前に出る。
「あのォ……俺、勇者とか面倒なことしないって、女神からも言質取ってるんだけど」
アンはそれを完全に無視して、厳かに告げた。
「ユーマ氏の今後の役職は──『勇者代理見習い補佐』です!」
「いや長ェーーなッ! しかも『代理』かよ!」
その場に爆笑が巻き起こる。
バッシュがユーマの肩を叩いて笑い飛ばした。
「おい、ユーマお前! 正式な勇者から格下げされたな!」
「俺は、最初から勇者なんて名乗ってねーし!」
「あらあら。でも勇者の代理職ですからねェ。重要なポストですよ」
シルフィが優しくフォローする。
そこへ佐藤がまた割って入ろうとする。
「勇者代理……それは課長代理や、部長代理みたいなものですからね。つまり組織の歯車として──」
が、ティアラに「口を閉じてなさい、脇役!!」と一喝され、思いのほかダメージを食らった佐藤は、しょんぼり黙り込んだ。
「あのォ……代理の見習い……って」
カガミがおずおずと口を開いた。
「んだよッ!!」
「いえ……見習いなのに、補佐するんですか……」
それは真っ当な疑問だ。
「し、知らねーよ! つーか、最後の『補佐』ってのは何だよ! ウォーデンじゃあるまいし!」
その時、玄関の扉が開いた。
「遅れてすみません。王宮での引き継ぎが長引いてしまいまして」
現れたのは、正装に身を包んだウォーデンだった。
まるで自分の名前が挙がるまでタイミングを見計らい、すぐそこで待機していたかのような絶妙な間だった。
「ウォ、ウォーデン!? なんだなんだ今度は?」
ユーマが驚嘆する中、アンが静かに言った。
「ユーマが転移したばかりの頃の話を聞いていて、これは是非ウォーデンさんにも補佐役をお願いしようと思いましてね」
「なんだってェェ! ウォーデン王宮辞めたのォォ!? つーか結局また補佐じゃん! 誰の補佐やんの?」
ユーマの問いに、ウォーデンはふぅっと溜息をつき答えた。
「もちろん、あなたの『補佐』です」
「ゲッ、マジかよ ということは補佐の補佐!? つーかさぁ、だったら俺が補佐する勇者ってのは一体誰なんだよ!?」
アンが至極当然といった顔で、ある人物を指をさした。
「もちろん、勇者様です」
その指の先には、まんざらでもない顔で照れている佐藤がいた。
((((((いや、テメーかよ!!))))))
「……いやぁ、私はそんな柄ではありませんと、何度もお断りいたんですが。いや、はや……困りましたね、全く」
謙遜という名の殻を被った、出たがり気質全開である。
「この私が、自信を持っておススメします! 真の”正式転生”勇者様ですよーっ!」
一連の勇者騒動の混乱の元となった自覚もなく、女神が鼻高々にそう告げた。
その反省の無さに周囲の心の声が重なる。
((((((どの口が言うとる!))))))
「女神様も、みんなも……。そんな持ち上げないでくださいよぉぉ。照れるじゃないですか。でも困りましたね……。私はそんな器じゃないって、何度も申し上げてたんですが」
実にウキウキである。
(((((おい全然困ってねー顔だな!!)))))
しかし、そこへ割って入ったのは、どこかで聞き覚えのある年配男性の声だった。
「おお、そうか! そんなに困っとるなら、いっちょ俺が勇者になってやろーか!」
田中が登場すると、佐藤の顔が一気に情けなくなった。
「あ、いや、そ、そそ、それは! 困ってると言っても、私もほら責任感だけは、強いでしょう? 私は困っていたとしても、一度任命されればやることは必ずやりますし──」
((((((素直になれよ!))))))
怒号と笑い声。
新たな「役職」という名の騒動と共に、屋敷の新しい日常が幕を開けた。
「冗談に決まってるだろう!」
「もおぉ、田中さーーーーん!」
居間の空気は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
「いや……本当に。この屋敷も賑やかになったものだ」
湯呑みを口に運びながら、クロムがぽつりと呟いた。
「お困りですか?」
アンが悪戯っぽく問う。
返事に困るクロムを見て、すぐに微笑みに変わった。
「悪くないでしょう、兄さん。こういう騒がしさも」
「ふん。騒がしすぎるくらいだがな」
唇を尖らせるクロム。
ゼノンが苦笑混じりに、二人の会話に割り込んだ。
「ですが姉上。こうして兄上が隠居生活を楽しみ、魔族と人間どことか、勇者までもが同じ卓を囲んでいる。かつての私には想像もできない光景ですよ」
「まあ、事務手続き的には、まだ山積みの問題がございますけれど」
ミラが手元の書類を整理し、アンに向き直った。
「ギルドとしても、この屋敷の扱いは特例中の特例となりました。これだけの戦力と問題児が集まっているのです。新たに監視という名目が必要になりましたが、結局はこうして居座るのが一番効率的だと判断いたしました」
「がははは! 相変わらず堅苦しいな!」
バッシュが豪快に笑い、身を乗り出した。
「ここは閣下の個人的な屋敷だ! そこに誰が住もうと誰に何を言われる筋合いがある! 四の五の言う奴は、この私が叩き伏せてくれるわ!」
「ちょっとバッシュ、騒がしいですよ。今はそういう話はしていないですよ」
急にメイド服で登場したシルフィ。
相変わらずの爆乳である。横から”超ロケット型の山脈”を覗き込むユーマ。
「では、何の話をしてるんだ?」
バッシュが噛みつくと、シルフィは、呑気にお菓子を食べているユーマへと視線を向けた。
「ユーマ様。屋敷も平和になりましたので、これより元のわたしの役職『貴方様のメイド』として、わたくしのメイド姿を、これから毎日しっかり目に焼き付けてくださいね。私も色んなメイド服を用意するので、楽しみにしていてくださいまし?」
そう言って、わざと両手を胸の前で組み、大きな白いマシュマロを強調する。
懐かしのメイド設定を、存分にアピールするシルフィだった。
その様子を、カガミは水晶で解析していた。
「……シルフィ……またユーマを誘惑してる。……水晶の予報、今日は平和。でも、この屋敷の記録……興味深い……観測、継続」
「あ、観測といえば!」
咲が思い出したように、身を乗り出した
「異世界独自の生態系。こんなに面白いフィールドワーク、現世に帰ったら二度とできないので、私はここに残るつもりです!」
何を言ってるんだか……。
それが皆の感想だ。咲が現世に帰るだなんて、誰も想像していなかった。
「なるほど、つまりあなたは。現世では再現不可能な観測対象がこの環境に存在している以上、その研究機会を放棄するという選択は合理性を欠く、という判断に至ったわけですね。したがって、ここに留まるという結論は極めて妥当です」
(イラッ!)
「だからそう言ってるでしょ」
咲が口を尖らせる。
「……ねえ佐藤さん。それ、咲が言ったことそのまま言い換えてるだけよね?」
ティアラも、イラっとしていた。
「心外ですね。私はただ、会話の論理構造を補強しているに過ぎません」
(プチン!)
「いやだから、同じだって言ってんの!! いちいち出てきてドヤ顔で説明すんのやめてくれる!? ほんっとマジ、ウザいんだけど!」
「わっはっはっはーっ! おい佐藤、お前も大概だな!!」
そう言って豪快に笑う田中。
「それにユーマ! あと仁もだ!」
かつての隣人田中が、現世にいた頃と変わらぬ頑固親父の顔で二人を指さした。
「異世界だか何だか知らんが、ご近所に迷惑かけるような騒ぎ方だけはするなよ! あと庭の木は越境させるな!」
その賑やかな喧騒を、女神が少しだけ申し訳なさそうに、けれど愛おしそうに見つめていた。
自分がゲートからユーマを引き抜いてしまった、あの大失敗。それがなければ、彼は今ごろチート勇者と一緒に王宮に落ちていただけのはずだった。けれど、そのミスのおかげで、この奇妙で騒がしい「今」がある。
「ま、現実的に考えて、終わりよければすべてよしだろ?」
ユーマがポテトチップスの袋を逆さにし、最後の一片を口に放り込みながら、能天気に笑った。
「俺はここで、ダラダラ過ごさせてもらうからな。戦うなんて面倒なことはパス」
「そうですわね。私がご主人様を、思いっきり甘やかせて差し上げます」
そう言ってシルフィは、爆乳をぷるるンと揺らした。ユーマはその揺れに合わせた何度も頷いた。
隣に座っていたティアラが、ユーマの脇腹を思い切りつねりあげる。
「アンタは一生、私に振り回されていればいいのよ。いい、わかった!?」
「いててっ! ……わかったよティアラ。……一生、よろしくな」
言ったあと、急に恥ずかしくなったのか、ユーマはぷいっとそっぽを向くと、居間はまた、一段と大きな笑いに包まれた。
窓の外では、夕焼けが屋敷を橙色に染めていた。
騒がしい声が居間に満ちる。それはきっと、これからもずっと続いていく。
最高に不条理で、最高に愛すべき、彼らの「現実」として。
お・し・ま・い
最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございます!
きっと、血反吐吐くような思いで、お読みいただいたことでしょう。中には「読んでるこっちの方が恥ずかしいわ!」「ダッサい文章書いてんなよ!」「で?何がやりたかったの!?」「ご都合主義な頭のイカレタ作者だわ」「地の文長すぎかよ!」「誤字脱字多すぎて序盤で萎えたわ~」「盛り上がりポイントは、無し、ですか?ほぉそうですか。斬新ですなー」などなど、感じる部分もあったかと存じます。
ので。もしご感想がありましたら、どうぞよろしくお願いします。今後の参考にさせてください。(辛辣なのも美味しくいただきます)
評価も☆ゼロでも構いませんので、付けていただけますと幸いです。
メッチャありがとうございます!




