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第八十四話:「好きな女の子に───略」ついに漏れた本音と、廊下で爆発するニヤニヤの嵐

「……え?」


ティアラが恐る恐る顔を上げると、そこには、数日前に永遠の別れを告げたはずのユーマが、これ以上ないほど気まずそうな顔をして立っていた。


「ユ……ユーマ。なんで……」


「なんでって、母ちゃんを迎えに行って、戻ってきたんだよ……」


「えっ、えぇぇぇぇぇ!!??」


慌ててユーマと佳代の顔を交互に見るティアラ。途端に顔が熱くなる。


「……だから言っただろ」


ユーマが口を尖らせる。


「言ってないよぉぉぉ!」


恥ずかしすぎて、たまらない。


「……それよりさぁ、お前。さっきから何なんだよ、あのポエム」


「ポ……っ!?」


ティアラの顔が一瞬で沸騰したように赤くなる。

今の今まで、自分が世界一不幸なヒロインになりきって絶叫していたのを、本人の目の前で、しかもユーマのお母さんも見ている前でブチまけていた事実に改めて思考が向かうと、もう大パニック! 時間を巻き戻して欲しいと、こんなに思った事はない。


黒歴史に大赤面しているティアラの内情に気づいた佳代が、二人の間に割って入る。


「ごめんなさいね、ティアラさん。私がこの子の母親の、佳代です。ユーマからあなたの話は聞いていたのよ」


(ユーマのお母様……)


(……今更どんな挨拶が出来ると思う!? あんな恥ずかしいところを見られた上で、しれっと挨拶するのも逆に恥ずかしいってェェェ!!)


「ティ、ティアラさん?」


心配気にティアラの顔を覗き込む佳代。


「あ、あの、あのあ私、ティアラ、で、す、あの、あの……」


((…………))


テンパるティアラを、困惑気味に見つめる二人。


「ほら、ユーマ! あんたも、なんとか言いなさい。だから…………。ほら! ティアラさんに、”是非”言っておきたいことがあったんでしょ?」


「はぁぁぁ? なんだよ、いきなり!」


急に話を振られてテンパるユーマ。

しかしティアラは違った。驚きと期待で顔が硬直していた。


(え、ええぇぇぇ??)


何その反応!? そう。思ってもなかった反応を見せるティアラに、ユーマの方でも驚いていた。

佳代は逃げようとする息子の首根っこをひっ捕らえて言った。


「ちょっとユーマ! あんた、これだけ心配させたんだから、まずはビシッと決めなさいな。男を見せるチャンスじゃないの!?」


「お、おい、母ちゃんっ!」


「いいから! ほら、さっさと言いなさい!」


「い、今ここでェーっ!? そ、そんな空気じゃねーだろォォ!」


しかし、佳代に強引に背中を突き飛ばされ、ユーマはよろけながらティアラの目の前まで躍り出た。


「ユーマ……」


至近距離で、二人の視線が合う。

赤く腫れたティアラの瞳、隠しきれない期待と不安の表情、頬がピンク色に染まる。

そして背後からは、母親の「ちゃんと言いなさいよ」という強烈なプレッシャー。


(……やべぇ。なんて言えばいい!?)


ユーマの口が、言葉の予行練習をするようにパクパクと動く。


「もう、いつまで金魚の真似事してるのよぉ……」


佳代は不甲斐ない息子に、呆れ果てて額を抑えた。


その時。


喉の奥から絞り出すような声が漏れた。


「す、す、す……っ」


(まさか、この状況で何を言うつもり!?)


思わずティアラは身構えた。

告白か────(?)


しかし、極限まで緊張したユーマの口から出たのは、全く別の言葉だった。


「す……、すすすす、末永く? お……お願い、ししししします」


「は?」


これ以上ないって程の、ティアラの素の声だった。


先程までの夢見るアン・シャーリーの顔から、餌を取り上げられたカピバラの目に変わっていた……。

隣で見ていた佳代が、盛大な溜息をついて何度も首を横に振る。


「あんたね。いい加減にしないよぉ」


「いや……。だってさー」


「私が言った言葉、そのまま反芻してどうするのよ!! 自分の言葉で言いなさいよ!」


「もぉぉ、うっせーなー! 緊張して、それしか出てこなかったんだよ!」


「ああ、もう情けない! お母さんまで、恥ずかしくなってきちゃうわ」


息子のあまりの不甲斐なさに、心底呆れ果てる佳代。

ティアラはその光景を眺めながら、ふと我に返り、カピバラの目から本来の猫族の目に戻った。


「な……なんで、すぐに、出て来てくれなかったのよ?」


「いや……そのぉ」


口ごもるユーマ。


「帰ってきたのは、いつ?」


「さっき」


「さっき!?」


「うん」


「なんで黙って……み、見てたの」


「だってさァ……」


ユーマが頭を掻きながら、恥ずかしそうに言った。


「す、好きな女の子に、母親と一緒にいるところなんか見られたくないだろ、普通」


居間に、静寂が落ちた。


(中二病じゃない!)


佳代は、内心でツッコんだ。

母親と一緒にいる姿を極端に嫌う、まさに中学生そのものだ。


が、しかし。


ある言葉が、ティアラの中ではくっきりと残っていた。

ティアラは、息をするのも忘れたまま──今の言葉を、頭の中で何度もなぞった。


(今、私のことを……)


「……ねえ、ユ──」


ティアラが尋ねるより先に、ユーマがぶっきらぼうに訊き返す。


「だからなんだよ!?」


「だから……さっきの、もう一回言ってみて」


「は? えと……。す、末永……く」


「そっちじゃない!」


ユーマの顔が、真っ赤になった。


「……言わねえ」


「えー!」


「絶対言わねえ」


「ケチ」


「うるさい」


佳代が、二人を交互に見る。


「……仲がいいのね」


そう言って静かに微笑んだ。


「「よくない!」」


否定する二人の声が、仲良く重なった。


「はいはい」


佳代がおかしそうに笑い、その笑い声が居間に広がった。

その声を聞きつけて、屋敷の面々が何事かと集まってきた。


「賑やかですね」


ミラが微笑む。


「……ティアラが……笑って……います」


カガミがそう言うと、ティアラが即座にツッコミを入れる。


「もう! 人を希少動物みたいに!! 笑って何が悪いのよ!」


するとシルフィがニッコリと笑いかけ、


「ここのところ、ティアラちゃんが笑う顔を、見てませんでしたからね」


そう言って意味深なウインクをした。


「わぁわわ、若い! 青春ですねぇーっ。私も混ざりたいですー!」


はしゃぐ女神。


「入ってきちゃダメですよ、今は」


咲が咎める。


「なんでよ!」


「空気読んでください」


女子会さながらの盛り上がるを見せる一方で、男性陣は廊下でひそひそと耳打ちし合っていた。


「き、聞いてたんだろ……入ってくれば?」


ユーマは盛大に溜息をついた。


「ユ、ユーマ……ユ」


三日月目みかづきめで”くぷぷぷ”と笑いを堪えるバッシュ。


「ああーっ! バッシュ、テメェー! なーに笑ってんだよ!!」


その隣でクロムも三日月目みかづきめで、ニヤニヤしている。


「クロム様ッ!」


ミラがクロムを叱りつける。


「元魔王たるお方が、何という顔をしているのですか!」


ミラに肩口を掴まれて、クロムとバッシュの二人が強制退場させられた。


「ったく……筒抜けじゃねえかよ」


「この屋敷、壁が薄いもんね」


ティアラが言った。


「知ってるわ!」とユーマ。


「ふふふのふ」


女神が意味深な笑みを浮かべる。

最初はその意味深なニヤけ顔の意味に気づかなかったが、


「「あ……っ!」」


ユーマとティアラは、同時に、雨の日の夜のことを思い出した。


「えへへへ」


ニヤける女神。


「女神、テメー! お前は、いつ天界の仕事してんだよ!?」


「本当にあなたは、少しも黙ってられないのですね……」


数秒後、ミラに首根っこを掴まれ、広間から強制退場させられる女神であった──。

それを見て爆笑していたのは、他ならぬティアラだった。


今度は、心の底から笑えた。



────?


「あのォ……。私の存在を忘れていませんか……」


どこからともなく、そんな声が聞こえたような気がした。


(イラッ!)


遠く王宮の地下から発せられた、佐藤の魂の愚痴を、ティアラだけがキャッチしていた。

「なんか今、すっごくイラッ! としたんだけど……」


「なんだ、風邪か?」


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