表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
82/88

第八十二話:「な、何もないから!」ティアラの部屋から朝帰り。固まる屋敷の面々

雨音が、屋敷の奥まで満ちていた。


”コン、コン”


遠慮がちにノックの音がした。


「……ティアラ?」


ユーマの声がする。

しかし、ティアラからの返事はない。


少しだけ間を置いて、


「入るぞ」


返事を待たずに扉が静かに開いた。

ベッドに伏せたままのティアラのお尻が見える。


「……何?」


顔を上げないまま、ティアラの低い声。尻尾は元気なく”だら~ん”と垂れ下がっている。


ユーマは一歩だけ部屋に足を踏み入れたが、そこで足を止めた。

いつもなら勝手に入って勝手に喋るのに、今日は妙に慎重だ。


「さっきのことだけど……」


「別に、もういいって言ったでしょ」


間髪入れずに返ってくる。


「よくねえよ」


短く返すが、声はどこか弱い。


また一歩、ユーマが足を踏み入れる。

ティアラの肩が、わずかに強張る。


「だから、何?」


「だから……あんな終わり方したら気持ち悪いだろ」


「……そういうことじゃない」


「じゃあ何だよ」


ユーマの声に、少しだけ苛立ちが滲む。


沈黙。


雨音だけが聞こえる。


ティアラが、ゆっくりと起き上がった。

目が赤い。


「あんたさ」


そう言って言葉を探すティアラ。


「……なんで、あんなに平気なの?」


「は?」


ユーマが眉をひそめる。


「何も変わらない、みたいにしてるじゃん」


「……いや、だって」


「“だって”じゃない!」


遮るティアラ。


「普通、もうちょっと気にするでしょ」


「何がだよ?」


「……全部よ」


それ以上は言わない。

ユーマは言葉を探すように口を開いて、また閉じた。


「ごめん……悪かった」


ユーマが謝ると、一瞬だけ目を見開いたティアラ。


「何が悪かったの? 言える?」


「俺……あんまり深く考えてなかったかもしれない。その……ティアラの気持ちとかも」


ティアラは何かを言おうとして止めて、代わりに、


「……うん」


と小さく頷いた。


「で、でもさ。なんも言わねえで、急にああなるのは分かんねえよ」


別に責めているわけではない。ただの本音だ。

ティアラは視線を落とした。


「……言えるわけないでしょ」


「なんでだよ」


「言ったら……」


ティアラの言葉がそこで止まる。

ユーマは押し黙って待った。


「へ……変になるじゃん?」


ティアラは口を尖らせて言った。

ユーマは少しだけ考えてから、真顔で言った。


「もうなってるだろ」


(違……っ)


やはりユーマは、どこまでも鈍感なんだと思った。


「……」


少しの間があり、


「……バカ」


ティアラが小さく吐き捨てる。


「お、おう……」


「ほんとにバカ」


「知ってるよ」


ティアラはため息をつく。

ユーマがふっと笑う。


また沈黙になるが、今度は重苦しさも焦りもなかった。代わりに二人で微笑を浮かべて見つめ合った。


少し気恥ずかしい。


ティアラは視線をそらして、ぽつりと呟いた。


「……あんた、さっき私が泣いてたの見ても、別のこと考えてなかった? 別のところも見てたって言うか……」


(確かに……)とユーマ。


こんな状況でも、ベッドの上で突っ伏して、パンツが見えそうなくらい無防備だったのだから、男だったら思わず見てしまうのでは仕方がない──と自分に言い訳するユーマ。


「胸とか見てなかった?」


”いや、お尻だよ!”とは、もちろん言えない。


「見えてねえよ!? いや見えてたけど違う意味でだよ!!」


「どっちよ!」


「あ、いや、だから心配の方だよ! ……いや、でも、ちょっと可愛いなとは思ったけど!」


ティアラの耳が、わずかに赤くなる。


「……はあ?」


心の中では「可愛いのと、エッチな目で見るのとは、全然違うでしょうがぁぁぁ! ほんっと調子がいい!」なんてことを思っていた。


そんなティアラの内心にも気づかず、ユーマは更に能天気に続ける。


「いや、泣いてるのは嫌だけどさ。でもティアラが泣く時って、俺の時だけだし──」


「だったら……」


「俺にだけそういう顔見せるの、なんか……その……」


言いながら自分で照れて、視線をそらすユーマ。


「……バカ!」


声は多少きついが棘はない。とても柔らかい声だった。


「おう。バカでスケベだよ。でもティアラが泣くのは嫌なんだよ」


ティアラは、ゆっくりとユーマの方を見る。


「……ほんと、あんたって……」


呆れたように言いながら、その目はもう赤くない。


「……ありがと」


「お、おう……。あ、でも泣いてるティアラも可愛いっちゃ可愛いけど、できれば泣かせない方向で……」


「黙れ!」


「はい……」


そこで終わればいいのに、また余計な言葉を加えるから台無しにするんだよねェ……と思ったが、それは言わないであげた。


ティアラの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


外の雨は、もうすっかり上がっていた。


「もう……部屋に戻る?」


「……」



ティアラは目を覚ますと、ベッドと壁の間に頭を突っ込んで、その体勢でも起きずに熟睡しているユーマを見つける。


「……なんで、そんなところで寝てんのよ。まったくぅ……」


心底呆れ果てる。


(……ほんと、バカ)


ティアラはそっと立ち上がり、寝ているユーマの肩を軽く揺らした。


「……ユーマ。起きなさい」


「んあ……ティアラの胸が……へへへ」


「起きろぉ!」


「はいー!」


一瞬で覚醒するユーマ。


ティアラは溜息をつきながらも、どこか嬉しそうだった。

既にキッチンの方では、料理をしているであろう音と、美味しそうな匂いがしていた。


「……行くわよ? 朝ごはん」


「おう!」


ユーマは伸びをしながら立ち上がり、何も考えずに扉を開けた。


その瞬間。


既に起きて廊下にいた数人が、一斉にこちらを振り返った。


「……え?」


最初に目が合ったのはミラだった。


「お、おはよー……?」


ユーマは能天気に手を振る。


(馬鹿ッ! 何してるのよユーマ……!)


ティアラは固まった。


ミラが目を丸くし、クロムは口を半開き、バッシュはテーブルに足をぶつけ転びかけた。。


「ちょ、ちょっと待って……二人は、今……」


「え、何が?」


呑気に反応するユーマ。本気でこの状況を理解していない。

ティアラの顔が一気に真っ赤になる。


「ち、違うから!! 何もないから!!」


「え? 何もって、何のことだ?」


「だから言わなくていいのよ!!」


ティアラが慌ててユーマの口を塞ぐ。

ミラは頬を染めながら、


「ユ……ユーマ、そういうのは……その……ちょっと」


「そういうのって何だ?」


「黙れって言ってるでしょ!!」


ティアラはユーマの腕を引っ張り、そのまま端へと連れ出した。


「お、おいティアラ!? なんだよ急に!」


「……あんたのせいで変な誤解されるでしょ!!」


「え、なんで? だって俺ら、誤解も何も……」


「だから言わなくていいのよ!!」


ティアラは顔を覆い、耳まで真っ赤にして震えていた。


「……なんかよく分かんねえけど、ティアラが恥ずかしがってるのだけは分かった」


「う・る・さ・い……」


「でもさ」


ユーマは少しだけ真面目な声で続けた。


「昨日のこと、俺は……嬉しかったけどな」


ティアラの肩がぴくりと揺れる。


「……バカ」


「え、えぇぇ?」


「ほんとにバカ」


ティアラは顔を上げないまま、小さく呟いた。


「……でも。私も……」


ユーマは照れ隠しのように笑い「私も」って? と意地悪を言う。


「……あ、でも昨日のティアラ、ちょっと可愛かっ──」


「黙れ!!」


ティアラは深呼吸をして、ようやく顔を上げた。


(……こいつ、わざとやってんの?)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ