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第八十一話:「あんたなんか、さっさと行っちゃいなさいよ!」素直になれない二人

ある昼下がり。


「ティアラちゃん、明日はアン様たちが、またお出かけになるそうよ」


シルフィが、何気なく言った。


「またァ!?」


思わず大きな声で訊き返していた。

正直もう、うんざりしていたのだ。アンが出かける度に心細くなる。


「今度は誰が行くの?」


あえて、そっけない口調でシルフィに尋ねる。


「アン様と、チート勇者様とゼノン様。それと──」


シルフィが少し間を置いた。


「クロム様も、ご一緒されるそうよ」


ティアラの表情が固まる。


「……クロムのおっさんも?」


「ええ。珍しいわよねぇ。クロム様がお出かけになるなんて」


シルフィは特に気にした様子もなく淡々と言った。その言葉を聞きながら、心ここにあらずで宙を見つめるティアラ。


魔王城へ行った。

王宮へも行った。

そして明日、今度はクロムまで加わって、また出かけていく。


そう考えた瞬間、一本の線に繋がった。


クロムがまた魔王に復帰する。そうなると元四天王たちもクロムに付いて行くだろう。ユーマも現世に帰るのだから、この屋敷を引き払ってしまうのかもしれない……と。


それはティアラに取って、たまらなく寂しいことだった。


「ティアラちゃん? 顔色が悪いわよ?」


シルフィの声で、ティアラは我に返った。


「……大丈夫。ちょっと寝不足で」


「無理しちゃダメよ?」


「……うん」


ティアラは、無理やり笑顔を作った。



──その日の夕方。


屋敷の庭で、ユーマが一人でぼーっと空を見上げていた。


(今だ!)


ティアラは深呼吸をしてから、近づいた。


「ユーマ」


「あん? 何?」


「……最近さ、なんか色々と忙しそうだよね」


「まあな。色々あってさ」


(やっぱり)


ティアラの胸がざわつく。


「そっか……大変だね」


「大変っちゃ大変だけど。まあしょうがないだろ」


「……しょうがない、か」


そんな言葉で片づけられるんだ……。

ティアラは唇を強く噛んだ。


「……ねえ、ユーマ」


「なんだよ」


「今、楽しい?」


「はっ? 急だな……」


ユーマが眉をひそめる。


「あ……いえ、なんとなく聞いてみたくって、さぁ」


「楽しいけど? それがどうした?」


「そっか……」


「なんだよ、歯切れ悪いな」


「……ユーマはさ、この屋敷、好き?」


「好きだけど? だから、なんで急にそんなこと聞くんだよ」


「なんでもない。ただ聞いてみたかっただけ」


「変なやつ……」


ユーマが呆れて視線を外した。

しばらく黙ってから、ティアラがまた口を開く。


「……ここを離れるのって、寂しくない?」


「離れる? なんだそれ。どこに?」


「だから……その、色々と、ね」


「色々ってなんだよ」


「だから……色々は、色々よ!」


つい語義が強くなる。


「意味わかんねっ!」


ユーマもつい反応してしまう。そこにティアラは、またカチンと来てしまった。


「ユーマって、鈍いよね!」


「突然、なんだよッ!!」


売り言葉に買い言葉。ユーマも声を張り上げてしまった。


「鈍いって言ってるのッ!」


「鈍いって言われても、意味わかんないこと言ってくるのは、そっちだろ!」


「意味わかんなくない! 普通わかるでしょ!」


「わかんないから聞いてんだろ!」


「もういい!」


「おい!」


ティアラはそのまま、足早に屋敷の中へ戻っていった。

ユーマは庭に一人残されて、夕空を仰いだ。


「……何っだよ、あいつ! 意味わかんね……」



一部始終を立ち聞きしていたカガミが、二人が喧嘩した話をミラに告げた。


「……ティアラが、泣いてました」


「……そうですか」


ミラはそう言い、静かに目を閉じた。


「……ユーマさんは、……気づいていない……たぶん」


カガミが残念そうに呟く。


「そうね」


二人は小さく溜息をついた。

一方バッシュは、庭で首を傾げているユーマの姿を窓から眺めていた。


「……クロム様。あの二人は、大丈夫でしょうか」


「さあな」


クロムは湯呑みを口に運んだ。


「バッシュよ……ユーマのやつは、本当に気づいておらんのか?」


「気づいていないからこそ、あの顔でしょう」


「まったく……」


クロムが、深い溜息をついた。


「鈍いにも程がある」



翌日。


昨日ユーマと喧嘩したばかりなのに、そんなことお構いなしに時間は流れる。


「さて、いよいよ大詰めですね」


アンの視線が、傍らに立つチート勇者、ゼノン、そしてクロムと移動する。


「魔王城のほうも、最終調整に入ります。行きましょう」


元魔王と、現魔王、そしてチート勇者に、アン。

その顔ぶれで魔王城へ向かう──それが何を意味するのか。


四人を乗せた馬車が遠ざかっていく。


(行ってしまった……)


その直後、背後から緊張感の欠片もない欠伸が聞こえてきた。


「ふあぁ……。あーあ、朝っぱらから騒がしいな。……なんだティアラ、またそんな妙な顔して」


ティアラが真面目な顔で、ユーマに近づく。


「ユーマ。ちょっと、聞いていい?」


「いいけど」


ユーマの袖を掴むと、そのまま屋敷の奥へと引っ張った。


「ここで話しましょ……」


ティアラは一瞬迷った。

でも、もう限界だったのだ。


「ユーマ、現世に帰るの?」


ユーマが、きょとんとした顔をする。


「は? 急になんだよ」


「急じゃない! ずっと気になってたの!」


「なんか最近のお前、おかしいぞ?」


「でも、アンさんが! ユーマたちを説得出来るまでは、屋敷を離れないって……」


「言ってたけど、それがどうしたんだよ? つーかさァ、決めるのは俺だし」


「でも、でも! この前だって魔王城に行ったでしょ! 王宮にも行ったでしょ! 今日はクロムのおっさんまで連れて、また魔王城に行ったじゃない! 全部、ユーマが帰る準備じゃないの!?」


早口に捲し立てるティアラ。

ユーマは、面食らった顔をした。


「……お前、ずっとそんなこと考えてたのか」


「考えるでしょ! 普通!」


「普通じゃないだろ、その発想は」


「普通よ!」


ティアラの声が、庭に響く。

ユーマはしばらく黙っていた。


「……俺、帰るなんて一言も言ってないぞ」


「でも、いつか帰るんでしょ」


「知らねえよ、そんな先の話。つーか、決めるのは俺だから」


「それちょっと呑気すぎない!? アンさんは何度も外出してるのよ!」


「ばあちゃんがどこへ行こうと、俺には関係ないよ!」


「あんたはいつもそう! 自分のことなのに、全然真剣に考えてないじゃない!」


「考えてるし!」


「考えてたら、もっとちゃんと話してよ!」


二人の声が、夕暮れの庭に飛び交った。


「だったらさぁ、お前もちゃんと訊けよ! こんなになる前に!」


「”こんなに”って、何よ!!」


バッシュが庭の入り口から顔を出し、状況を察して速やかに引っ込んだ。

次の瞬間、ユーマがぽつりとこぼした愚痴が、ティアラを余計に怒らせることになる。普段なら怒るほどでもない言葉だった。


「……何で俺が、怒られてんだよ……」


気持ちに余裕のない今のティアラに、その言葉は最もふさわしくない言葉だった。


「何で私が、ユーマを責めてるみたいに言うの? 私…………別に怒ってないし!!」


売り言葉に買い言葉。

二人はまた、やらかしてしまう。


「絶対怒ってるだろ!」


「怒ってないって、言ってるでしょ!!」


「それが怒ってるって言うんだよ!!」


しばらく睨み合った。

先に目を逸らしたのは、ティアラだった。


「……もういい」


「おい」


「もういいって言ってるの」


「ケッ、またかよ……勝手にしろよ」


「ええ、勝手にするわよ! あんたなんか、さっさと、どっか行っちゃいなさいよ!」


下唇を強く噛みしめる。


「うるせぇー、ブサイク!」


「あぁぁぁ……」


ショックを受けるティアラ。


「そ、そのブサイクに、鼻の下伸ばしてたことも、ありましたけどね!!」


「はぁぁぁぁぁ???」


ティアラはそのまま、足早に自室へ戻っていった。

ユーマはその場に一人取り残された。


「……一体どうしたんだよ、あいつ」


答えてくれる者は、誰もいなかった。



ティアラはベッドに倒れ込むと、何度も独り言を呟いた。


「どうしてそんなに平気でいられるの……」


「……もっと、他に言うことあるでしょ」


「バカ」


「エロマ!」


「もう知らない!!」


堪えていた涙が溢れ出してきた。


(……いつ最後になるか分からないのに、あんな言い方しかできないなんて……)


外では、激しい雨が降り始めていた。

屋敷を叩く雨音は、まるですべてを洗い流し、消し去ってしまう別れの足音のように、ティアラの耳に響いていた。

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