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第七十八話:床に落ちた会員証『Tバック巨乳サキュバス隊』 あら。これは何かしら?

屋敷の屋根をかすめるように、二頭の龍はゆっくりと高度を落とした。地面が近づく。浮いていた感覚が、少しずつ現実に引き戻されていく。


やがて庭へ降り立つと、緊張の糸が一気にほどけた。


「……はぁ……」


誰からともなく、溜息が漏れる。


「いやマジで、死ぬかと思ったわ……」


「実際ヤバかったよね」


「間一髪でしたね」


「二度とあんな走り方したくないですわ……」


(え、そっち?)


「うむ、良い走りだったな! 実に見事だったぞ!」


(何の話?)


「……なんですか? ……その……謎の……コメントは」


取り留めのない会話が続く。命がけで逃げて来たとは思えないほど、気の抜けたやり取りだ。


「でも、空飛んでる時は、最高に気持ちよかったよな」


ユーマの言葉に、ティアラが視線を逸らした。

龍の背中の上でのことを思い出したのか、わずかに頬が赤い。それに気づかないまま、ユーマは大きく背伸びをした。


「あー、でもさ。楽しかったよな!」


「はぁぁぁ!? 私は、二度とごめんよ!」


ティアラが声を裏返えらせた。

それを見て、周囲からくすりと笑いが漏れる。


「着きましたね」


クロムが玄関の鍵を探している間、じっとしてられない小娘が一人いた。


「ただいま、帰りましたァァーっ!!」


咲がおどけて玄関をバンバン叩く。


「や、やめんか!」


クロムが慌てて鍵を探す。


「──って、誰もいないかァ~」


「そりゃそうでしょ」


ミラが軽く受け流す。その横でクロムが鍵を回し扉を開けた。その瞬間、咲を押しのけて真っ先に屋敷に突入したのはユーマだった。


「あ、ちょ! もお、手っ!! 今、私のお尻に当たりましたよッ!!」


咲の声を無視して、広間になだれ込むユーマ。


「やーっと、帰って来たァァーっ! わがよ!」


そう言って大の字にゴデンと寝転ぶ。


「……図々しいにも程があるな」


バッシュが顔をしかめると、クロムも呆れたように眉を寄せた。


「ここは私の屋敷だ」


「いや別に俺が『我が家』って言っても、おかしくないだろ?」


(……)


「いや、無視かーぃ!!」


遅れて入って来た面々も、思い思い腰を下ろした。


「……はぁ。帰ってきましたねェ、やっと落ち着けます」


ミラが小さく息を吐いた。


「まったくです! 晩御飯を食べたら、今日は、バタンキューですね!?」


「おい女神……お前は天界へ帰らんのか?」


それは率直な疑問だったが、女神は違う意味に取ったようだ。


「あああ! 冷たい! 冷たいですよクロムさん! 私たち共闘した中じゃないですかぁぁぁ! ご飯は我慢しますよォォ。でも! 今すぐ帰れだなんて、酷すぎですっ!!」


「いや、帰れとは言っておらんだろう……」


その喧騒から少し離れたところで、チート勇者が何かを感じ取ったのか、露骨に視線を逸らしていた。その隣でユーマも、どこか気まずそうにしている。


二人の様子を、離れた位置から静かに見ている者がいた。


アンだ。


召喚の間を後にしてからというもの、一度も口を挟まず、今もただ場の流れを眺めているだけ。


クロムが、アンの様子に気づいた。


「……話があるのだろう、アン」


その一言で、場の空気がわずかに動いた。


「さて……命拾いしたところで、本題に入りましょうか」


アンの視線が、床にへたり込んでいるチート勇者と、その隣で気まずそうに目を逸らすユーマを射抜いた。


それは、あまりにも突然の言葉だった。



「あなたたち────現世あっちの世界に帰りなさい」



アンの容赦のない宣告。


「はっ!? ちょ、ちょっと待てよ、ばあちゃん! なんだよ突然!?」


便乗するように、チート勇者も調子のいいことを吠える。


「そうだ、そうだ! 俺は……、ゆ、勇者の仕事があるんだ!!」


そこへ女神が横やりを入れた。


「あの……正式な勇者は、佐藤さんなのでは?」


女神は大真面目にそう言った。まるで至極当然なことを言ってる口ぶりだった。


「──と言っても、まぁ。佐藤さんとは……王宮で、はぐれてしまいましたが」


即座に女神を睨みつけるチート勇者。「今は、いらんこと言うな!」とでも言いたそうな顔つきだ。


一方、アンは微動だにせず、二人を諭すようにこう言った。


「いい? あなたたちは正式に呼ばれて異世界ここへ来たわけじゃない。ゲートという不具合バグからやって来たイレギュラー、もっと言うと別世界からの侵入者なのよ」


まさに正論だった。誰も口を挟めない程に……。


「だ……だから、帰れって、言うのかよっ!?」


ユーマの言葉に、アンが小さく頷く。


「ええ。異物は元の場所に戻る。それが道理というものです。それに、あなたたちがここで好き勝手するのはいいけど、佳代さんはどうするつもり?」


「……あぁー……」


ユーマの顔に、困惑の色が浮かぶ。


「……カヨ? 誰なの、その人」


ティアラが怪訝そうに顔を寄せる。


「ああ……、俺の母ちゃんだよ。毛利佳代」


その二人のやり取りに、皆が耳をそばだてる。


(なるほど。そう言うことか……)


何となく察している者もいた。


アンは尚も続ける。


祖母わたし息子ジンユーマ──全員で異世界に来て、佳代さん一人だけを、現世むこうに置いてくるなんて、そんなの許されることじゃないわ」


「嫌だーっ!! 俺は帰らないぞ! こっちにはサキュバスも……あ、いや、ええっと、その、男のロマンが詰まった夢のような……」


言いかけて、チート勇者は口を噤んだ。

ここで「エチエチな店」などと口走れば、更に不利な状況に傾く。


「こいつ! 本物のクズだな!」


バッシュは、チート勇者の態度に怒り心頭の様子だ。


「へぇ……ロマンねぇ」


アンは全てを見透かしたように目を細めた。


「仁! あなたの頭の中なんて、お見通しよ」


アンが冷ややかに言い放った、その時だった。

チート勇者が必死に身振りを交えて抗議しようとした拍子に、懐から一枚の派手なカードがひらりと床に落ちた。


「あっ」


ユーマが真っ先にそれに気づく。カードには、いかにも扇情的なフォントで『魔王城専属Tバック巨乳サキュバス隊・特別優待会員証』と記されていた。


「あら。これは、何かしら?」


アンが目を細めて、チート勇者を伺う。


「ち、違うんだ母さん! これは罠だ、陰謀だ、ハニートラップだ! 俺は勇者(仮)だからな! きっと対勇者用のサキュバス隊の策略だよ! 俺は必死に欲望と戦ってたんだ!」


必死の形相で、支離滅裂な言い訳をまくしたてるチート勇者。しかし、アンはカードの裏面に記された「ご来店スタンプ満了」の印を逃さなかった。


「刺客に狙われているねェ……。それにしては随分と熱心に通っているようね。でもこれ『魔王城専属』って書いてありますけど?」


「いや……それは」


「これまで、高価なお酒や豪華な食事で、贅沢三昧をしていたのでしょう?」


アンの言い方は、既にその話は私の耳にも入ってますよ。そう言ってるかのようだった。


「そ、それは……ゼノンが! そう、ゼノンが俺を強引に接待したからだ! 全部こいつの策略だ!」


あまりの恐怖に、迷わずゼノンを生贄に差し出した。


「先生、酷いです!!」


アンの視線が、チート勇者、ゼノン、そしてクロムへと移った。


「その話、兄さんも知っているのでしょう?」


クロムは少しの間、押し黙っていたが、ついに白状した。


「ん……んん。……ああ。あの城の惨状は、見るに堪えんものだった」


「やっぱりね」


アンが勝ち誇ったように微笑む。


「あああぁぁっ! 騙しやがったなぁーっ! 誘導尋問だ! 卑怯だぞ!」


テンぱったチート勇者は、アンだけでなくクロムにも食ってかかる。


「あんなアホみたいな誘導尋問に、簡単に引っかかりやがって! 義兄にいさんの馬鹿ァァ!!」


「誰が義兄にいさんだ! 気色の悪い。寄るな!」


クロムが心底嫌そうな顔で、縋り付くチート勇者を突き放した。


「これで確定ね。そんなころだろうと思ってました。後でじっくり、その『ロマン』とやらの内容を、詳しく聞かせてもらいますからね」


「母さん、頼むよ! せめて……せめて! せめ」


何とか都合のいい言い訳を口にしようとするも、何も浮かばない。

必死に食い下がるチート勇者に、先ほど「売られた」ばかりのゼノンも「先生の色ボケはともかく……『今すぐ帰れ』は、流石に急すぎます!」と加勢した。


「ゼノン! 分かっていますよね? 異世界こちらの住人である、あなたなには」


アンが、鋭い眼光でゼノンを見据える。


「姉上は、私にだけ当たりがきつくないですか?」


「……まぁ、あれだな。なんだ……いや、その……ほら」


よせばいいのに、そこでクロムが場を落ち着かせようと、余計なくちばしを突っ込もうとしたため、標的がクロムに移った。


「それに、兄さん!」


一瞬でクロムは「不味い!」と直感した。しかし、あとの祭りだ。


「元はと言えば、兄さんに責任があるんですよ。そこは”もちろん”分かっていますよね?」


クロムの眉がピクリと動く。

アンが何を言いたいのかは分かっている。


「……この私に、この愚か者共を説得しろとでも言うのか?」


「ええ。責任を取ってもらいますから」


「なっ! おい、一体何の責任だ!?」


「お忘れですか? 二十年前にゲートを中途半端に放置したのが、全ての元凶なんです」


「そ、それは……」


「二人の説得が成功するまで、私はこの屋敷に滞在します。もちろん、逃げられないようにこの子(チート勇者)とゼノンも、私が監視しますから」


「えぇっ!? 私もですか!」


ゼノンが素っ頓狂な声を上げた。


「当たり前でしょう。あなたがこの子を甘やかして、魔王城で堕落させたんだから。今日からあなたたちは、贅沢も、不潔な接待も、一切禁止よ」


「……むむむ」


──そんなやり取りが繰り広げられる中、端でその様子を窺っていたティアラは不安げに耳を伏せた。


(……これから、どうなっちゃうんだろ……)


嵐のような断罪が一段落し、魂が抜けたチート勇者とゼノン、そして悪態付きながら「俺は帰らないぞ!」と喚き散らすユーマは、アンに強制連行されていった。

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