第七十七話:脱出方法は壁の粉砕!? 二頭の龍による強引レスキュー
その時だった──。
石造りの廊下の奥から、複数の足音が一斉に響いてきた。硬い靴底が床を打つ音が、規則正しく近づいてくる。
「そっちも探せ! 残りは召喚の間だけだ!」
扉越しに聞こえる、切迫した怒号。
足音が徐々に近づいて来る。
「もう、見つけやがったか!」
ユーマが舌打ちをする。
「……裏目に出たようですね」
状況を察したアンが、そう推察した。
「うむ、その通りだな……甘かったわ」
クロムは渋い顔をした。
部屋に逃げ込んだことで難を逃れたが、裏を返せば、今のこの状況こそまさに、袋のネズミ状態だ。
「……もう、時間の問題ですね」
ミラが静かに呟く。
だが、脳筋のバッシュだけは、一人やる気満々だ。
「どうするユーマ! ここで迎え撃つか!?」
その目には、鋭い戦意が宿っている。
「いや、数が多いだろ! 戦わなくて逃げる方法とかないか!?」
ユーマがうんざりした顔でそう言うと、即座にティアラが噛みついた。
「そんな悠長なこと言ってる場合!? もう、そこまで来てるんだよ!?」
二人が言い合いになりかけた、その瞬間だった。
──ドンッ!!
直後、床が遅れて跳ねた。
足の裏を突き上げる衝撃が、一瞬遅れて全身に伝わる。床が軋み、低い唸りのような振動が部屋の奥へと走った。
天井から、ぱらぱらと細かな砂が落ちてくる。空気がわずかに濁り、視界の端で白い粉塵が揺れた。
今の一撃は、ただの揺れではない。
部屋そのものを、外側から叩かれたような──重く、芯のある衝撃だった。
「キャーッ! もう、なんなのよ!」
部屋全体が揺れた。
咲が短く悲鳴を上げ、思わずゼノンの袖を掴む。
「ちょっとォー!! 今度は、何!? もぉぉぉぉ!」
ティアラも悲鳴を上げる。ちょっとしたパニックだ。声に不安が滲んでいる。その時、ユーマが急いで駆け寄り、ティアラの腰と脇を支える。
「大丈夫かーっ!! ティアラ!?」
「……ぇ……ぃぁ」
普段なら腰や脇に触れられるなど、平手打ち案件だが、咄嗟に女の子扱いされたことで、何も言い返せなくなった。
「ん、どうした?」
「別に……」
「皆さん、落ち着いてください」
シルフィはそう言うと、確かめるように壁に耳を当てた。
「地震……ではありませんね」
「なっ!!」
ゼノンが、険しい顔でシルフィに忠告を与える。
「シルフィ、壁から離れてください! 危険です! もし意図的な攻撃なら、壁際は危ない!」
普段のゼノンからすれば、珍しく強い口調だった。
最初の大きな揺れは数秒で収まったが、その後も壁は時折揺れている。
「嫌な振動ですね……。まるで、何か巨大な質量が外壁を粉砕しよう暴れているような、奇妙な揺れです」
冷静に分析する女神。
「ええい! そんなことより、とにかくここを出るぞ!」
女神の言葉を遮り、クロムが吠えた。
「それとも、ここに居座る理由でもあるのか!?」
その言葉を合図に、全員が一斉に動き出す。バッシュが扉を蹴り開けて、入り組んだ通路へと飛び出した。
「見つけたぞ! 反逆者共だ、止まれぇぇっ!!」
前方の角から、白銀の甲冑に身を包んだ王宮騎士団が姿を現した。
「うわっ、正面からも出た!」
「回れ右だ、回れ右!!」
即座に踵を返し、再び全速力で逆方向へ。
しかし、逃げ道を塞ぐように再び衝撃が襲った。
ドォンッ!! ドゴォォンッ!!
先程とは比較にならない衝撃が通路を軋ませ、天井から砂埃が舞い散る。
「ちょっと待って、これ本格的に崩落するんじゃないの!?」
ティアラが叫ぶのと同時だった。
ミシ……ミシミシミシ……と強固なはずの石壁に、蜘蛛の巣状の亀裂が走っていく。
「は? え……ええっ!?」
女神が、場にそぐわない間の抜けた声を漏らして硬直した。
ひび割れた隙間から、鈍い光沢を放つ黒い鱗が、ぬらりと覗き込んだからだ。
次の瞬間──。
凄まじい轟音と共に、壁が爆散した。
粉塵と瓦礫が通路を埋め尽くす。
禍々しい巨大な頭部が見えた!
「グォォォォォッ!!」
咆哮が鼓膜を震わせる。
「ノアぁぁぁぁぁっ!?」
チート勇者も絶叫する。
だが、それだけでは終わらない。
今度は反対側の壁までもが、飴細工のように弾け飛ぶ。爆風の向こうに、夕日に焼けるような紅蓮の鱗が見えた。
「ちょ……、ルージュ殿まで暴走を!?」
ゼノンが信じられないものを見る目で、その赤い鱗を見上げた。
二頭の龍が、通路を両側から物理的にぶち抜く形で、顔を突き合わせていた。
通路は半壊。騎士団もユーマたちも、敵味方まとめて阿鼻叫喚の大混乱に陥る。
「な、なんで、こんな所にいんだよ、お前らぁぁぁっ!?」
チート勇者が狼狽して叫ぶが、ノアは知ったことかと言わぬばかりに、ぐいっとその鼻先を寄せてきた。
「ちょっ! 待っ、押すな押すな!」
気づけば、チート勇者の体はノアの鼻先にグイグイと押し上げられ、そのまま背中の方へと追いやられていた。
「ゴルァ、親父ーっ! 一人だけ特等席に乗って、ここから、おさらばしようとしてんだよ!?」
「そうだそうだ、このマザコン逃亡犯!」
「違っ……、乗ってるんじゃねぇんだよ! 乗せられてんの!!」
見れば、他の面々も似たような惨状だった。
ルージュもノアも、まるで「ここは危ないから早く入りなさい」と言わんばかりに、有無を言わさず全員を背中へと押し込んでいく。
皆が乗り終えた瞬間、間一髪のところで壁が完全に崩落した。
視界が一気に開け、強烈な浮遊感が全身を襲う。
──そこは空だった。
「うおおおおおおっ!?」
強い風を顔に浴びて、ユーマの髪が勢いよく逆立つ。
地面が更に遠ざかる。頬を叩く風が冷たい。
振り返れば、先ほどまでいた王宮の尖塔が、みるみるうちに小さく模型のように縮んでいった。
「ちょっ……マジかよ……」
ユーマが、その現実離れした光景に呆然とする。
眼下では、騎士団がアリのように右往左往していた。もはや彼らに追う術はない。
「……助かったのか? 我らは」
誰かがポツリと漏らす。
しばらくの間、誰も言葉を発することができなかった。ただゴーゴーと鳴り響く風の音だけが聞こえていた。
なんとか逃げ切れたようだ……。
*
「気持ちいいね…………ユーマ」
頬に風を感じながら、ティアラがそう呟く。
「……あっ、ごめん」
ユーマの手に、ティアラの指先が軽く触れる。
しかしユーマは、空の旅に夢中になっており、そんなことに気づきもしない。
(………バカ)
黄金色に染まり始めた雲海を滑るように飛ぶ二頭の龍。その背中で、ユーマはようやく深く息を吐き出した。
ユーマは何か考えている風であったが、すぐに、
「……まあ、いっかァ!」
と吹っ切れた顔をした。
「結果オーライ……ってことだね!!」
ティアラが乱れた髪を抑えながら同調し、精一杯の笑顔を浮かべて頷いた。
その様子に気づた周囲は、ニヤニヤと、そりゃあニヤニヤと──実にいやらしい三角目で二人の様子を眺めていた。
二頭の龍は王宮を完全に置き去りにし、夕暮れの空を一直線に、いつもの騒がしい屋敷の方角へと突き進んでいった。




