第七十五話:「親子揃って、困った子たちですね」──突如現れた謎の美女。
「そこまでだ、賊軍ども! 王宮を騒がせた罪、万死に値する!」
通路の奥から、魔法銀の甲冑を鳴らして雪崩れ込んできたのは、王宮騎士団の精鋭たちだ。
「やっぱり、来たのかよ……」
ユーマが顔を顰めて振り返る。
騎士団は抜剣の音を響かせ、鋭い視線をこちらへ向けた。
「数が多いな。ユーマ、私が前に出よう」
バッシュが一歩前に出た。
「おいっ!!」
一触即発の空気の中、突如、場違いな声が割り込んだ。
「お前ら、靴が泥だらけだぞ!」
声の主は、田中さんだった。
「……はぃ?」
騎士団長が間の抜けた声を漏らす。ざわつく精鋭たち。まさか靴の汚れの話になるとは思いもせず、困惑に眉を寄せる騎士たち。
「それと返事だ! 人に物を言われたら、まずは『はい』だろうが!」
田中さんは臆することなく、騎士団の方へ近づいていく。
ユーマたちは、ポカーンと口を開けて固まっていた。
「な、何だ……この男は。狂っているのか?」
気圧されて後ずさる騎士たち。魔力も殺気もない。ただ、そこにあるのは「マナーのなっていない若者を叱る、圧倒的に正しい年配者」の圧力だった。
「……今ですよ」
背後で、ミラが小声で合図を送る。
「ああ、分かってる。全員、今のうち奥に抜けるぞ!」
仲間たちも一斉に動き出す。
「あいつらは田中さんに任せて、俺らは逃げようぜ!」
ユーマはニヤリと笑みを浮かべた。
「賢明だな」
バッシュが頷く。
しかし、ティアラだけは、戸惑いの言葉を口にした。
「え? 置いて行くの!?」
ユーマの袖を掴んで立ち止まるティアラ。
他の仲間たちは、構わず走り出していた。
「なんだよ、ティアラ。あのジジィのことが、そんなに心配なのか?」
「そりゃ心配だよォォ! 若くないんだよ?」
「へん! 殿を務めたいんだろ? だったら好きにさせとこーぜ!」
「でも……」
「なるほど、あの男。そういう意図があったのですな……」
ユーマの言葉を真に受けて、感慨深げに頷くゼノン。
「ゼノンも、まだいたのかよ」
「待て! 逃がすな! 追え!」
我に返った騎士団の後列が動こうとした。が、再び田中さんの雷が落ちる。
「おい、そこ! 人の話は最後まで聞けと言っているのが、分からんのか!」
「は、はいーっ!? すみません!」
反射的に直立不動になる騎士団たち。
「な? 好きでやってるんだよ。行くぞ、ティアラ!」
そう言い、ティアラの手を引っ張り走り出すユーマ。その勢いに引っ張られる形で、ティアラも走り出していた。
しばらく走っていると──。
「おいユーマ! 置いてくなよ!」
監獄エリアを駆け抜けたあたりで、背後から情けない声がした。
「ちゃんと走れよ、親父!」
中年太りの体を揺らして、チート勇者が必死に追いかけてくる。
「うるせー! 走ってるだろ! 二十年ぶりの全力疾走なんだよ!」
ドタドタと騒がしい足音が通路に反響する。先頭を走っているのは、意外にもミラだ。なにか考えでもあるのだろうか?
と、そんなことを考えているユーマの耳に、シルフィの疑問の声が聞こえた。
「……ところで、佐藤さんは?」
(もしかして……)
走りながら振り返るユーマ。
「ああああ!」
見ると、後方で田中さんと騎士団が揉み合う中に、佐藤が一人取り残されていた。
「まだ……あんなところで」
クロムが呆れたように呟く。
ティアラは、心配半分、呆れ半分で「ハァ……」と溜息をつく。
「また、もぉ……。馬鹿なの、あの人? 怪我とかしないでよね」
「騎士団相手に! 佐藤氏は、意外と勇敢なのだな……」
もちろん勘違いしたゼノンの声だ。
「ですから! ここは話し合いで解決を──あ、痛たたたた! た、た、田中さん、首が、首が締まってます! やめてくださいよーっ!」
遥か後方で、まだ佐藤の叫ぶ声が聞こえていた。
どうやら佐藤は騎士団ではなく、田中さんに捕まっているようだ。
「……あの御仁。自ら『捨て石』となり、面倒な男と戦っている……見上げた覚悟だ。まさに武人!」
ゼノン一人だけ、妙な感銘を受けていた。
佐藤のポンコツぶりを知るユーマたちの口からは、絶対に出ないであろう賛辞の言葉だった。
*
暫く走っていると──いつの間にか後方の声も、聞こえてこなくなった。
「いや、しかし……あの田中とかいう男、本当に奇天烈男だったな」
クロムが、ぽつりと呟いた。
「ああ、そのお陰で、今、俺たちが助かってる」
ユーマが悪そうな顔でニヤリと笑う。
すると、
「うん。囮としては最高だね!」
ティアも悪ノリして軽口を叩いた。
しかしユーマは、ティアラに対してご不満の様子で、
「何言ってんだよ、さっきまで田中を心配して、泣きそうになってたくせに!」
と、あげつらった。
佐藤には軽口を叩く癖に、田中には心配の顔を見せていた。それがユーマには不満だったのだ。
「はぁぁ!? 泣いてないし! ただ心配しただけだよ? ただそれだけ」
心外とばかりに、強く反論するティアラ。
「ユーマさん……やきもち、ですか……みっともない、です」
「うるせー! カガミ」
そんな緊張感のない三人を、黙って並走していたミラが咎める。
「あなたたち。今の状況は分かってますか? 遊びではないんですよ」
「「「はい……」」」
暫く無言で走る。
「あっ、この先! 部屋があります!」
突如ミラが、前方の大きな扉を指さした。
「あそこなら、一旦身を隠せるはずです」
その部屋は、外から見た限りでは人の気配は全く感じず、最近は使われていないようにも見えた。
「急いで入りましょう!」
扉を開けて、次々になだれ込む面々。
ミラが最後に入り、その重厚な扉を閉めた。
”バタン”
部屋にはひんやりとした静寂が満ちる。
ユーマたちはようやく、安堵の深い息を吐き出した。
「散々な目に遭ったなァ……」
「カガミ……走るの……苦手、もう、走れない……」
それぞれが思い思いに愚痴を吐く。
そんな中、ミラが半ば確信したような口調でこう呟いた。
「こ……ここは、もしかして」
「どうしましたの、ミラさん?」
シルフィが尋ねる。
「ここは……数ヶ月前に、私がギルド職員として、調査した場所です」
ミラの言葉を受けて、皆も思い出した。
「ああ……。そんなことが、前にありましたね」
女神が頷く。
ユーマも同調する。
「そうそう。チート勇者を召喚したのは誰だ!? みたいに探ってたことがあったよな」
クロムが、チラリとチート勇者を見た。
「……そうだな。結局、こやつ(チート勇者)は召喚ではなく『ゲート』なるものを通って来たようだが──……。そもそも、その『ゲート』とは一体何なのだ?」
鋭い視線を、チート勇者に向けるクロム。
その時だった────。
何も置かれていない部屋の中央に、突如として一人の女の姿が現れた。
「きゃ!! な、何よ!?」
あまりの突然のことに、ティアラが飛び上がって驚く。
つい先ほどまで、そこには女の姿などなかった。
目を瞬かせたその僅かな合図の間に、彼女は最初からそこにいたかのような自然さで、佇んでいたのだ。
「……戻ってきたようね」
女は独り言のようにそう漏らし、ゆっくりと周囲を見渡した。
「ちょ、ちょっと待て。今、いなかったよな!? 俺、見落としてたとかじゃないよな!?」
ユーマが慌てた声を上げる。だが、その表情がふっと強張った。視線が女の顔に吸い寄せられる。
見覚えのある顔。
「お、おば! ば! ばばば!?」
その瞬間「あり得ない!」という思いと「見間違いじゃない!」という確信が激しくぶつかった。
ユーマは隣にいるチート勇者へ視線を向けた。
「あ、あわ、あわわ……」
チート勇者の目が、見たこともないほど激しく泳いでいた。先ほどまでの威勢はどこへやら、完全に蛇に睨まれた蛙のような動揺っぷりだ。
「全く……なんで親子揃って、異世界転移なんてしてるんでしょうね……。困った子たちですね、本当に……」
女は呆れたように言った。
少し離れた場所で、そのやり取りを眺めていた男──元魔王クロムは、目を細め、信じられないものを見るように女を見つめた。
「ど、どうやってここに……?」
驚くクロム。だがその表情にが、懐かしさの色も浮かんでいた。
「あ、あね、あ……」
ゼノンも同様に驚いていたが、言葉を詰まらせ少々不安気な表情だ。
「「「「アン様!」」」」
バッシュ、ミラ、シルフィ、カガミの元四天王たちは、目を見開いたまま立ち尽くした。
「皆も、元気そうね」
それだけ言って、女は優しく微笑んだ。
一方、ティアラは、ただならぬ気配に戦慄しながら「誰なの?」とユーマの服を引っ張った。
ユーマは「……なんで、ここにいるんだよ」と独り言を呟いたあと、ティアラに向き直り、こう言った。




