第七十四話:佐藤の空手(※動画サイトで独学)が唸りを上げる?
いよいよクライマックス。最終回も近くなってきました。
ここまで読んでくれた方は、どうか最後までお付き合いくださいませ。
二頭の巨龍が王宮の広場に降り立つや否や、轟音と共に土煙が舞い上がった。
「道を開けろ! 私たちが用があるのは、地下だけだ!」
先頭を切ったバッシュが、腰の剣を抜くことすらなく、鋭い眼光だけで近衛兵たちを退ける。その圧倒的な威圧感を纏う集団を前にして、平和ボケした兵士たちは誰一人として近寄ることができない。
ユーマを筆頭に、ティアラ、クロム、ミラ、女神、そしてゼノンを含む総勢十三名が広場を駆け抜ける。
巨龍となったルージュとノアを覗く十一名の精鋭は、パニックに陥る王宮を風のように駆け抜け、地下監獄へと突き進んだ。
重厚な石造りの壁。薄暗い通路を走る足音。皆無言で走る。やがて地下の奥底から地響きのような声が漏れてくる。
「だからな! ゴミの分別ってのはな! えぇーい、燃えるゴミに不燃物を混ぜる奴がいるから町内会が揉めるんだよ!」
「うるせぇっつってんだろ、このクソジジイ! 誰がいつ不燃物を混ぜたってんだよ!」
全員の足がピタリと止まった。
「なんだ……これ」
ユーマが呟く。
つい数分前まで、異世界ファンタジーの真っ只中にいたはずの空気が、その会話が聞こえた瞬間に「日曜朝の町内会の揉め事」へと一瞬で変貌していた。
依然として田中さんの説教する声が、反響するように響き続ける。
「……何だ、この妙な会話は」
クロムが困惑気味に呟く中、ユーマが勢いよく扉を蹴り開けた。
そこには、パイプ椅子に踏んぞり返って説教を垂れる田中さんと、鉄格子の向こうで顔を真っ赤にして、掴みかからんばかりのチート勇者の姿があった。
「お前は昔から返事だけは立派だが、詰めが甘いんだよ!」
「返事だけは立派とか、上から目線で言ってんじゃねーわ! 詰めが甘いのはあんたの説教だろ! さっきから同じことばっかリピートしやがって!」
最強の勇者と最強のご近所さんが、ここ異世界で、不毛すぎる現世レベルの口喧嘩を繰り広げている。そのあまりに次元の低い会話内容に、皆が呆気に取られる。
「帰った方がよくないですかぁ?」
現世人の咲には、この喧嘩が所謂「悪友の口喧嘩」くらいのショボい戦いにしか見えなかった。
「不毛ですね」
同じく現世人の佐藤ですら、呆れ顔。
そんな中、異世界勢の中で最初に口を開いたのは、意外にもカガミだった。
「……師匠、メッチャ、やられてんじゃん!?」
全員が固まった。
「……カガミ?」
ミラが二度見する。
「ふ……普通に喋った!?」
ティアラも困惑する。
「あら、あら……」
シルフィがおっとりと微笑む。
そして”ハッ”として固まるカガミ。
「……ん? ……あ、あの……どう……しましたか?」
即座にユーマがツッコんだ。
「こいつ……本当はAIじゃね?」
「ほぉ…。ディープ……フェイク、だと?」
(イラッ!)
ティアラにイラッとされて、身の危険を感じた佐藤が、改めて自身の解決案を提示して存在感を誇示した。
「……ん。ここはですね。現世の人間同士、話し合いで解決しましょう。私に任せてください」
佐藤が、威風堂々と前に出た。
「いいですか。論理的に考えて、私はまだ中年。対するあの方は推定六十代くらいだとお見受けします。さらに私は空手の経験もあります。現実対現実の物理演算において、私が劣る要素は何ひとつありません」
そして──”ドヤ!!”
「「「「おおーーっ!」」」」
数人が感嘆の声をあげる。
「おお……空手か。未知の武術だが、頼もしいな」
感嘆するバッシュ。
「なぜ誇らしげなのだ?」
クロムは若干引き気味だった。
「大丈夫かしら……」
シルフィは普通に心配している。
(イラッ!)
イラつく者が、約一名……。
「佐藤さん、男を見せろーっ!」
なぜかノリノリなユーマ。
そうこうしている間に、佐藤は既に、軽快な足取りで田中さんの元へ歩き出していた。
「田中さん、まずは冷静に私の話を──」
「おい、お前。靴が泥で汚れてるぞ」
「はい?」
”バシ!”
”ボゴ!”
そして────”ゴロン”────。
「さ、佐藤さーん! アンタも、やられてんじゃん!!」
カガミが叫ぶ。
((((((((……え? また?))))))))
「隙だらけだマヌケ!」
ボロッボロの、ギタンギタン! タコ殴りで、ボロ雑巾のようにゴテッ! と床にうつ伏す──佐藤敏夫・三十九歳──。
「だ、大丈夫ですか?」
ミラがスカートの裾を抑えながら、若干引き気味に足元の佐藤を心配する。
「だから言ったじゃん!!(イラっ!)」
ティアラは呆れ、女神が口を押えて目を細める。
「だ、だひ……ぢょ……ふふ……ですかぁ!?」
女神は吹き出す一歩手前。
「お、おひぃ、女神! ふふ、不謹慎だぞォ!」
そう言うユーマも、半笑いだ。
「こうなるに決まってんじゃん!! 役立たず! もぉぉぉ怪我は大丈夫なのォォ? 空手はどうしたのよ!」
一番呆れ果てていたのはティアラだった。
「ええ……。まぁ……動画サイトでみっちり、修行したんですがね……」
佐藤の力ない回答に、全員が声を揃えた。
「はぁ!? 動画かよ!」と。
「……もういい、俺がやる」
ユーマが深いため息と共に進み出た。
「田中さん、そこまでだ! その親父は俺が引き取る!」
「あ? なんだ、毛利の倅か。お前、ちょうどいいところに来た──」
田中さんの関心がユーマに向いた、その瞬間!
「今だ、バッシュ!」
ユーマの合図にバッシュが素早く反応する。
黒豹のような身のこなしで田中さんを背後から制し、鉄格子の鍵を破壊した。
それと同時に、ユーマがチート勇者を回収した。
「助かったぁぁ! ユーマ、よくやった!」
開いた鉄格子から、跳ねるように飛び出して来るチート勇者。
「鍵を開けたのは、私なのだが……」とバッシュは不満気だ。
ようやく解放されたチート勇者の前に、静かにクロムが歩み出た。
「……宿敵よ。これがあの戦いの果てか。変わり果てたな」
重厚な魔王の言葉に、場に緊張が走る。
──実に二十年ぶりの宿命の再会だった──。
だが、チート勇者の口から出た言葉は……。
「クロム! 頼むからそのオッサンの口に、ガムテープを貼ってくれーっ!!」
感動の再会も、へったくれもない。
そこへ田中さんが割り込んでくる。
「おい、ユーマ! この男の教育はどうなってるんだ! 息子のお前からも何か言え!」
「知らねぇよ! なんで息子の俺が、親を教育しなきゃなんないんだよ!!」
と、その時。
監獄の入り口から、大勢の足音が響いた。
「そこまでだ、賊軍ども! 王宮を騒がせた罪、万死に値する!」
<今後の予定>
5/15(金)3話分(今日)第七十四話~第七十六話
5/16(土)4話分(明日)第七十七話~第八十話
5/17(日)7話分(日曜日)第八十一話~最終回




