第七十一話:チート能力の唯一の欠点。異世界で無敵な能力は、現世人には効かない
王宮側はこの事態を予見していたようだ。事務局の奥から、冷徹な笑みを浮かべた重鎮たちが姿を現す。
「スケベ丸出しのチート勇者、そして新たな世代のポンコツ勇者よ……」
「「うるっせー!」」
仲の悪いはずの、二人の声が揃う。
「貴様ら親子の『非常識』も、今日までだ! 我々は貴様らの能力の、唯一の欠点を見つけ出した」
「あぁ? 欠点だぁ?」
チート勇者が、重鎮を睨みつける。
「貴様らの力の仕組みは、見抜いたぞ!」
そう高らかに宣言する重鎮。
「貴様らは、この世界そのものを信じていない。魔法も龍も、ただの作り話だと思っている。貴様らの特別な力は、この世界を信じないことから生まれている!」
「だったら、どーだって言うんだよ!」
ユーマが言い返す。
「なぁに、簡単な話だ。貴様らの世界の力を、借りるだけのことだ。目には目を。別世界の住人には別世界の住人を」
「ど、どう言う意味なんだ!?」
「さ……さァ?」
お馬鹿ちゃん親子には、重鎮の言っている意味がまるで分からなかった。
「貴様らが『別世界』を『現実』だと言い、その解釈を武器に正当化するのなら……。その『現実』から呼び寄せた同等の武器を、私たちも使わせてもらうだけの話よ!」
「ちょ……ちょっと何言ってるのか、分かんない」
「ああ、俺もだ……」
ここまで丁寧に説明しているにも関わらず、お馬鹿ちゃんたちには、まだ言ってる意味が理解できていなかった。そんな真正のお馬鹿ちゃんをよそに、重鎮が合図を送る。すると広場に巨大な召喚魔法陣が展開された。
「な、何が起こると言うんです!?」
ミラは怯える。
さすがはギルド職員、もう察しがついていた。
((((……))))
皆が固唾を飲む。
そして、そこに現れたのは──。
黄金の騎士でもなければ、凶悪な魔獣でもない。ジャージの膝に毛玉を作り、片手に「燃えるゴミ」の指定袋、もう片手に丸めた新聞紙を持った、昭和アニメに出て来そうな、いかにも頑固そうな雷親父だった。
チート勇者の顔色が、一瞬で変わった。
「……あ、あああ……っ!? な、なんでここに……」
お馬鹿ちゃん二人にも、さすがにこの人物が誰なのかは分かったようだ。
「「た、田中さん!?」」
チート勇者とユーマ。二人の声が見事に揃った。
そう。この人物こそ、現世の二人の実家の隣に住む、長年にわたり「境界線の一歩の侵入」や「ゴミの出し方」など、どうでもいいことで低レベルな争いを繰り広げてきた、現世の天敵『隣ん家の田中さん』その人であった。
田中さんは状況を一切無視し、真っ直ぐにチート勇者の元へと歩み寄る。
「おお、やっぱりお前か! お前、家の前のゴミ出しはどうした! 汚してないだろうな? 今日は町内会の清掃日だって、お前の母親が言っとったぞ!」
「た、田中さん待ってくれ! 今、俺はここで……!」
「ええい、言い訳するな! このろくでなしが!」
田中さんは一切の躊躇なく、丸めた新聞紙を振り上げると、チート勇者の頭を「スパーン!」と叩く。
「いっ、いってぇ! 痛てぇよ、このクソ爺ぃ!」
チート勇者が涙目になって、頭を押さえる。異世界の常識では、到底あり得ない光景だった。
しかし田中さんは、そんな周囲のざわめきなど一切気にする様子もなく、今度はチート勇者の耳をむんずと掴むと、そのままぐいぐいと捻り上げた。
「痛い! 痛いって! 爪立てんなっての!」
「騒ぐな! お前がシャキッとせんから、息子までこんな派手な格好をして、フラフラするようになるんだ! 恥を知れ、恥を!」
「はぁ? これは正式なパーティで着る、ただの正装だろ!」
ユーマが声を荒げる。
その横で、数人の魔導士が顔を見合わせていた。
「……おかしい」
ひとりが低く呟く。
「チート勇者が、何も反撃出来ていないぞ?」
「……聞くところによると、こいつは『理を歪める』能力があるって聞いたことがあるが……。まるで無抵抗に見えるんだが」
チート勇者が誇っていた、異世界の理を歪める特殊な能力は、田中さんという「現世」に住んでいる、歪める対象ではない現実的な相手には、何の効力も示さなかった。
ユーマが思わず助けに入ろうと、一歩踏み出した。
「おい、ジジイ! 親父を……」
その時。
女神がポツリと言った。
「そういうことですか」
ユーマ、ティアラ、ミラの三人が、一斉に女神を見た。
「「「何がだよ?」」」」
「あなたたちの能力は、異世界にしか効きません……、ってことですよ」
(((はい?)))
だが、その意味を誰も理解できていない。
女神は思った。
(さっきから向こうの重鎮も、ずっとそう言ってるじゃないですか……)
ユーマや、ティアラならまだしも、ミラまで理解できていないことに、内心で女神は「ミラちゃんも、案外アホなのね」と────ほくそ笑んだ。
「ああ、もういいよ! 俺一人で助けるわ!!」
そう言って走り出そうとするユーマを、女神が止めた。
「ユーマさん、行っちゃダメです。あの殿方は危険すぎます」
「なっ!? 何言ってんだよ! 現実的に考えて、ただの隣のジジイだろ!」
”現実的に”
しかし。
何も起こらなかった……。
「あの田中というお方は、この異世界において唯一『あなたたちの異世界の理を現実サイズに変えることが出来ない存在なんです。私の言ってる意味、分かりますか?」
「「はい???」」
ユーマとティアラは、まだ理解できていないようだ。
「ミラちゃんは?」
女神が半笑いでミラに振った。
そしてほくそ笑む準備を整える。
「つまり、こういうことですね!」
(チッ!)
ミラは三人の現世人の、パワーバランスについて要約した。
「ユーマさんの『現実主義スキル』が武器になる理由は──異世界の存在を『現実の常識』に当てはめてしまう。またチート勇者の武器は、そもそも異世界を信じないため、異世界の現象を『現実の常識』範囲に収めてしまう」
「あ? ああ……」
「素晴らしい解釈ですわ! ミラちゃん」
ミラは更に得意になって続けた。
「しかし田中さんは『ただの現世人』そもそも異世界の能力なんて持っていない。だから田中さん自身は異世界に何の影響も与えられない」
「うん、うん」と聞き入る女神。
「結果的に、チート勇者とユーマさんは、異世界の存在には強いです! しかし田中さんは二人の能力の対象外。なぜって? それは現世人だからです」
そもまでミラに説明させておいて、急に口を挟む女神。
「結論~! 対異世界用の能力だけのお二人は、異世界には強いけど、現実の大人には普通に負ける! です」
最後の締めだけをかっさらっていく、クレバーな女神であった。
「…………」
「…………」
そしてチート能力を持つ馬鹿二人組は、最後まで理解できなかった。
(そこまで、お馬鹿ちゃんだったんだぁ……)
チート級に頭が悪かった……。
「離せよジジイ! 俺様は勇者だぞ!」
情けなく叫ぶ父親の姿を、頬を染めて恥ずかしそうに見つめるユーマ。
「……クソっ、マジかよ。現世の雷親父って、異世界の魔王より怖えのかよ……」
「それは違います。チート能力が効かない今、あの差は、ただの腕力の差です。それだけのことです」
佐藤が珍しく、役に立つ注釈を入れた。
田中さんに首根っこを掴まれ「保護(監禁)」という名目で、地下へと連行されて行く、無様なチート勇者の様子を、ユーマは遠目から失笑しながら見つめていた。
「親父……ダッセ!」




