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第六十九話:「異世界アニメなら…」放たれた一言で、幼女ノアが巨大な黒龍へと還る

ここは魔界の歓楽街。

キャバクラ『魔界の休息』にて。


そこは魔族たちが、酒と女で日頃の鬱憤を忘れる、いわば夜の社交場だ。

今夜も、その店の一番奥──重厚な仕切りで区切られたVIP席からは、品性の欠片もない高笑いが響いていた。


「がはははは! いいか嬢ちゃん。俺様が昔、上位神の野郎をデコピン一発で泣かせてやった時の話だがな……」


酒瓶をラッパ飲みしながら、女の子の膝を枕にして、デタラメな武勇伝を吹いているのは、かつての伝説──もとい、王都の負の歴史、チート勇者である。


「すごーい! パパさんって、本当はすごい勇者様だったんですねぇ!」


「当たり前よ! 俺様の通った後には女の吐息と、敵の絶叫しか残らねぇんだわ!」


「きゃー、かっこいい!」


完全に出来上がっているチート勇者は、これ以上ないほど鼻の下を伸ばしていた。

その時、隣の席の女の子が思い出したように言った。


「あ、そうそう。そういえば王都で『勇者召喚五百周年』の大きな祭りがあるんですよね?」


「…………。あ?」


チート勇者の動きがピタリと止まる。


「伝説の勇者様なら、当然、招待されてるんですよね?」


一瞬の沈黙。

だがチート勇者はすぐに、ニヤリと笑った。


「招待? ま、まーな! 招待状は届いてるんだがな。俺様クラスになると直接王が膝をついて迎えに来ねぇと、行かねぇことにしてんだわ。格ってのがあんだろ?」


「へェー、そうなんですかぁ?」


女の子は目を輝かせながら言う。


「王都一の美女軍団が踊るとか、最高級のヴィンテージ酒が振る舞われるとか、すごい噂ですよねー!?」


(な……なにぃ!?)


チート勇者の思考が止まった。

美女。しかも王都一。さらに王宮の酒。


彼の脳裏に、豪奢な宴会場が浮かび上がる。

煌びやかなセクシードレスを纏った美女たち。磨き上げられたグラスに注がれる、年代物の酒。


(そんな美味い話、この俺様抜きでやるだと?)


次の瞬間。

チート勇者は立ち上がっていた。


「ゼノン! ルージュ! ノア! 帰るぞ、支度だ!」


急に帰ると言われて、少々困惑しながらも席を立つ三人。

三人がお店を出るのを確認したチート勇者は、急に足取りがおぼつかなくなる。


「おっ、とっと……」


突然ふらつき、わざとらしく体勢を崩す。

そして──女の子の胸元へダイブ。


「もぉ……何してるんですかぁ」


「悪ぃ悪ぃ、酒が回ってよぉ」


満足そうな顔をしたチート勇者は、そのまま店を出ていった。



店の外に出ると、呆れ顔のゼノン、そしてルージュとノアが待っていた。


「ゼノン、王都で祭りだ! 今すぐ乗り込むぞ!」


「王都……」


ゼノンの眉がぴくりと動く。


「今すぐ……正気ですか!?」


「当たり前だろ」


ゼノンが「はぁ……」と小さな息をつく。

先ほどの女の子との会話聞いていたので、当然ゼノンも察しは付いている。


「きっと今頃、厳戒態勢ですよ。我々が行けば──ましてや『あなた』と、現魔王である私が行けば、それだけで大問題になりますよ」


「うるせぇ! 招待状が届いてねぇのは、郵便屋が俺様のオーラにビビって川にでも落っこちたんだろう。それとも単に出し忘れたのか? 失礼なやつめ! よし、直接受け取りに行ってやる!」


「いえ、私は、そういう事を言ってるのではなくて……」


ゼノンは頭を抱えた。

王宮側が招待状を出さない理由は、ただ一つ。


刺激したくない。

関わりたくない。

それが王宮の総意だ。


ありように言えば「どうか来ないでください」という無言の祈り。しかし超ポジティブ思考のチート勇者は「出し忘れ」と解釈したらしい。


「しかしながら、移動はどうされるのですか? 魔族われわれが普通に王都に入るだけでも、向こうは戦争を仕掛けてきた、などと勘違いされかねません……。とは言え、歩いて行くわけにもいかないでしょう?」


「お前は分かってねぇな、ゼノン。こういう時、異世界アニメだったらよ。擬人化してる美女が『仕方ないわね』とか言って龍の姿に戻って、あるじを背中に乗せて飛んでくれるもんだろ?」


(この馬鹿は、一体何を言ってるんだ……)


内心、つい本音が漏れるゼノンだったが、既に手遅れだった。チート勇者のことわりを無視した一言が放たれた瞬間──。


「……ああ……あぁぁ……ン♪ ン! ま、まったく。またなの……」


空気が、わずかに軋んだ。


「……ああ……あぁ……ぁぁぁぁぁあぁっ」


身体が揺らぐ。

ルージュが、異世界のことわりへと戻される。


「ン……♪ もぉ……」


グラマラスな美女の体が、急激に膨張し始めた。

布が裂ける音。服は膨張に耐えきれず全てにシャツのボタンが弾け飛び、一瞬だけ白い肌が露わになる。


だが──

次の瞬間、変化が止まった。


ルージュは一歩よろめく。


「……あれ?」


自分の体を見下ろすルージュ。


白く華奢な体に大きな乳房。

細い腰。

丸く張りのあるお尻。


どれも、いつものグラマラスなルージュのままだった。


「……戻らない?」


その横で──


「わーい! 僕も龍に戻るんだね!」


ノアが楽しそうに笑った。


幼女の姿がぐにゃりと歪み、溶けるように衣服が破れていく……。

小さな体は一瞬で背丈を伸ばし、十五歳ほどの少女の姿へと変わる。だが変化は止まらない。


さらに成長した体の輪郭が揺らぎ、更に服が光となってほどけていく。まるで日曜日の朝の魔法少女アニメの如く、光の帯が体を包み込みながら形を作り替えていく。


やがて現れたのは、男女の境界が曖昧な中性的な姿。

だが次の瞬間、その輪郭がぐっと引き締まり、肩幅が広がり、完全な男性の体格へと変わった。


(なぜノア殿だけが?)


ゼノンは困惑した。


黒い鱗が浮かび上がる。

骨格が膨張し、翼が広がり、牙が伸びる。


巨大な黒龍の姿が形作られていく──。


だが変化は、まだ終わらない。


肌がひび割れるようにほどけ、その下から黒い鱗が浮かび上がった。骨格があるべき姿へと変化する。背中が裂け、巨大な翼が”バサッ!”と大きな音を立て広がる。


「うひょーっ!」


チート勇者が歓喜を上げる。


そこには禍々しい巨大な黒龍が立っていた。


「おおーっ! 出た出た!」


チート勇者は満足そうにうなずく。

だが視線はすぐ、隣に立つルージュへ向いた。


「あれ……」


ルージュは腕を組み、むすっとした顔で立っている。


「私……戻ってないんだけど」


瞬時にゼノンは、ある仮説を立てた。

二人の擬人化された龍たちの内、チート勇者が関与したのはノアの方だけだ。ルージュの擬人化はユーマの特殊スキルだろう。


ということは?


きっと、チート勇者とユーマの能力は別のことわりなのかもしれない……。だからノアしか擬人化の解除がされなかったのかも──と。


そんなことを考えるゼノンをよそに、ルージュは、威風堂々とした本来あるべき姿のノアの姿を久々に目にし「まぁ、いいか♪」と気を取り直したようだ。


チート勇者も、あっさりしたものだ。


「一匹いりゃ十分だろ」


すぐにルージュがツッコミを入れる。


「匹とか、言わないでくださる?」


ダンジョンで、チート勇者の言葉のよって、現世の尺度に縛られたノアだったが、今回もチート勇者の一言によって、擬人化幼女の姿を異世界のことわりへと戻し、完全な暗黒龍の姿へと還った。


結果。

移動手段が確定した。


「ひゃっはー! これだよ、これ!」


チート勇者が黒龍の背に飛び乗る。

続いてゼノン。最後にドレスアップしたルージュも背中に登る。


「行くぞ野郎ども! 王都の酒を飲み干しにな!」


龍が翼を広げ、空高く舞い上がった。


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