第六十七話:聖祝祭の招待状が届かない。郵便の不手際を疑うユーマと、面子を潰された女神
ユーマが屋敷の庭で、ぼーっと空を眺めていた時のことだ。
買い出しから戻ってきたティアラが、猫耳をぴくぴくさせながら、何やら汚れた紙切れをひらひらと振って近づいてきた。
「ねぇユーマ、ちょっとこれ見てよ……」
なぜか浮かない顔のティアラ。
「ん、なんだよ? 猫族のお宝の地図でも見つけて来たのか? 俺、煮干しの埋蔵場所とか興味ないからな」
「バカ言わないでよ。そんなんじゃないって。ほら、これ。街の広場に貼ってあったのが剥がれて落ちてたんだけど……」
ティアラが差し出したのは、泥に汚れてはいるが、縁取りに豪華な装飾が施された告知チラシだった。
そこには、こう書かれてあった。
【王国守護・勇者召喚五百周年 聖祝祭】
五百年前に始まった勇者召喚の歴史と、歴代勇者たちの功績を称える王都最大の典礼。
参加資格:王族、貴族、公式召喚の記録にある歴代勇者(要・正当な招待状)
ユーマはチラシをひったくるように受け取ると、食い入るように眺めてパッと顔を輝かせた。
「五百周年! これ、王都でやるんだろ!? 旨いもんが山ほど用意されてるってことだよな!? な?」
興奮気味に尋ねるユーマ。しかし、ティアラの口調はあっさりしたものだった。
「みたいだね。街の人たちもその話でもちきりだよ。……でもユーマ、これ『招待状が必要』って書いてあるけど……」
「招待状? あー、そういえば届いてねーな」
一瞬、ティアラは何か言いたげな顔をしたが、その言葉を飲み込んだ。
「ああ、そっか、王都からここまで森があるだろ? だから郵便屋が道に迷ったか、出し忘れちゃったんじゃねーの? 王都も街も、祭りの準備で忙しいだろうし」
「……出し忘れ? あんた、本気でそう思ってるの!?」
「ああ、そうだけど? 何か?」
「王都から、この街へやって来た時のこと、忘れてないよね?」
「え、なんだっけ……」
信じられない! ティアラはそんな顔でユーマを、まじまじと見つめた。
「んだよ?」
「あのねェ……私たちは『犯罪者』の嫌疑をかけられた上に『勇者巡礼の旅』なんて、適当な名目で王都を追い出されたんだよ?」
ユーマは、きょとんとした顔でティアラを見た。
「ん? でも結局、牢屋には入れられてねーじゃん」
「それはウォーデンさんが、取りなしてくれたからでしょ!」
「ホセが!? まっさかァー」
そう言って大笑いするユーマ。
ユーマにはウォーデンの計らいや苦悩まで想像出来る繊細さは持ち合わせていなかった。
「ウォーデンさんの、お陰なの!」
ティアラは思わず声を荒げた。
「ああ……、はいはい」
(こいつ……ウォーデンとデキてるのか?)
「なぁティアラ。俺は女神様直々に選ばれた『新時代の勇者』だぞ? 国の一大イベントに、この主役を呼ばないなんて、あっていいわけねーだろ」
ユーマが自信満々にそう言っても、ティアラには思うところがある表情だった。
「お! ほら見ろよ、ここに小さくなんか書いてあるぞ」
ユーマがチラシの端っこ、米粒のような小さな文字を指さした。
『※万一招待状をお持ちでない勇者様は、王宮事務局にて「勇者登録完了証」を提示し、招待状との引き換えを行ってください。期限を過ぎた未登録の申請書は自動的に破棄されます。』
(……勇者登録完了証?)
ティアラがその文字を目にした瞬間、嫌な予感がした。
これには裏がある……と。
王宮で厄介払いされた勇者が、こんな一大イベントに呼ばれるわけない。それに加え「勇者登録完了証」なんて制度は、今初めて知ったのだ。
「あー、なんだよォ。やっぱり俺が王都に行って、直接『おい、俺だ。招待状くれ』って言わなきゃいけなかったんだな!? まーったく、面倒なシステムにしやがって!」
「は!? そんなわけないでしょ! それじゃ招待状の意味ないじゃん!」
既に歴代勇者には招待状が郵送済みで、備考で書かれてある手順はきっと、厄介な人物に対する対策なんだとティアラは確信した。そうでなければ、そのような面倒なシステムにするはずがない、と。
しかし、ユーマにはティアラの声など耳に入っておらず「手続きが面倒なだけ」だと鼻で笑っている。
「ねえ、聞いてる、ユーマ?」
ティアラの脳裏には、王都を追い出された時の光景が鮮明に蘇っていた。
あの時、王宮は、ユーマの扱いに相当悩んでいる様子だった。厄介払いされたあと、つまり、あのまま書類の手続きをわざと止めて、ユーマを『勇者未登録』のまま追い出したんだとしたら?
しかし、超ポジティブ思考のユーマには、そこまで考えが回らない。
「決まりだな! ティアラ、準備しろ。王都に行って、その事務局ってところに殴り込んでやる。俺の招待状が届いてないぞ! ってな。ついでに最高級の肉を請求しに行くぞ!」
「ちょっと、あんた、そんな格好で行く気!? 王宮の入り口で門前払いされるのがオチだよ!」
「門前払い? そんなわけねーだろ」
ティアラの言葉など全く届いていないユーマは、本気で「郵便の不手際」を正しに行くつもりでいた。
自分の存在が国の勇者史から「事務的に抹殺」されていることなど、一ミリも疑わずに。
ユーマは鼻歌まじりに「何着ていこうかなー」と能天気に構え始めた。
そこへ扉の開く音がする──。
「……話は、全て聞かせていただきました」
チラシを握りしめてた女神が、神妙な顔つきで立っていた。
「五百周年ですか……。私が、直々に降臨させた『勇者ユーマ』への招待状を、あろうことか送り忘れるなんて、失礼極まりありません!」
いつになく粛々とした物言いだ。
「お、女神。お前もそう思うだろ? な、な? そうだろ! ほらみろティアラ!」
女神の同調に自信を深めるユーマ。その隣でティアラは、女神をちらりと見て悟った。
(……ああ、これ。絶対、女神にも来てなかったんだろうな……)
自分も招かれていないとは、さすがに女神の立場で言うのは恥ずかしいのだろう。だからユーマへの不敬に怒っている──という体にしているのだろう。
「うっかりであれ何であれ、私をないがしろにするのは許せませんね! 宜しくて、ユーマさん! 王宮の連中に、誰が主役かを思い出させてやりますわよ! 私が同行すれば、招待状なんていりませんわ。私自身が最高の招待状ですもの!」
妙なスイッチが入ったようだ……。
女神の怒りは「なぜ自分をないがしろにするのか」という一点のみ。
理屈や策ではなく、ただ「私が行かないでどうするの!」というポンコツな自信に満ち溢れていた。
「決まりですわ、ティアラさん! 貴女もですわよ! 勇者の連れがそんな普段着でどうしますの! 王都の女たちを、一瞬で黙らせる『勝負服』を用意しますわ!」
女神は、すっかり口調まで変わってしまっていた。
「えっ? 私も行くの!? いや、私はここで留守番して……ひゃっ、ちょっと引っ張らないでよ!」
女神の強引な勢いに押され、ティアラは屋敷の奥へと引きずり込まれていった。
「…………ま、そうなるわな。これって貴族とかも来るイベントだろ? あいつら何かって言うとカップル参加だろ?」
「カッ、カップル!?」
ティアラは焦ったように声を裏返らせた。




