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第六十五話:伝説の風格(深夜アニメ仕様)勇者の名乗りは、羞恥心との戦い

天界から戻るなり、女神は血眼になって屋敷のリビングを片付け、怪しげな「勇者養成キット」を広げ始めた。


「さあユーマさん! のんびりお茶を啜っている場合ではありませんよ! 今すぐ立ち上がって、伝説の風格を身につけるのです!」


「……は? 伝説の風格? お前、天界で何を吹き込まれてきたんだよ」


ユーマは面倒そうに、女神が差し出した「金ピカの肩当て」を指差した。


「おい女神。現実的に考えて、そんな歩くたびにカチャカチャ鳴る派手なもん着て、どうやって魔物の隙を突いたり出来るんだよ。目立ってしょうがねーだろ」


「隙を突いて、なんて勇者のすることではありません! 勇者とは、光を背負い、名乗りを上げ、敵の真正面から堂々と必死の形相で奥義を放つ……それが天界の定める『正しい勇者像』です!」


女神は拳を握り、どこか遠い目をして熱弁を振るう。


「いいですか、まずは名乗りの特訓です! さあ、私に続いて復唱してください!『天に轟き、地に響く! 聖なるつるぎに選ばれし者、今ここに降臨!』……はいっ!」


「……」


リビングに、寒々しい沈黙が流れていた。

ユーマは無言でソファのクッションを抱きしめ、それに顔を伏せた。


「……無理。絶対に無理」


「なぜです!?」


「いや……あのなァ、女神。それ……異世界アニメの、ど定番じゃん。そんなこっ恥ずかしい、低予算深夜アニメの第一話みたいなセリフ、素面すめんで言えるわけねーだろ!」


「低予……何ですって!? これは天界の『名乗りマニュアル』の第一ページに載っている由緒正しき……」


「マニュアルが古いんだよ! あと、その詠唱の長さ。十文字を超えたら、現実的にはその間に首を撥ねられて終わりなんだよ。そんなこっ恥ずかしい異世界漫画みたいな詠唱なんて、やってられるかよ!」


女神はショックでふらつきながらも、今度はボロボロの巻物を取り出した。


「詠唱ではありません! 名乗りです! ……それならば実技ですわ! さあ、庭に出てください! そこでこう、剣を天に掲げて、内なるエネルギーを爆発させるんですの! 叫んでください『うおおおおお、負けられないんだ、俺には……守るべき仲間がいるからだあああ!』って!」


「お前それ……もはや少年漫画の熱血主人公じゃねーか。それか、放送時間が日曜朝のやつだろ。変身する魔法少女ならともかく、男がそれやると暑苦しいんだよ。仲間とか、そういう重たいのはミラさんたちに任せてるから、俺は後ろでのんびり、ミラさんのムチムチお尻を眺めてたいの!」


「やるのです! さもないと、天界の視察が来た時に、私が『あいつ、熟成に失敗して腐りましたわ』って報告して、ユーマさんは処分されるんですよ? そ、それでもいいですか!」


「知らねーわ!」


やがて女神はついに半べそをかきながら「ねぇ、見捨てないでェェ!」「それとも、一緒に地獄に堕ちますかぁぁ!?」とユーマの足にしがみついた。


その様子を、廊下の陰からミラとティアラが冷ややかに眺めていた。


「……ミラさん。あの女神、いよいよ壊れたわね」


ティアラは完全に呆れ顔。


「そうですね……。前回のクロム様の『教育係』の時は、まだ『実務的』なマナーでしたけど……。今回のはただの『演出きめセリフ』ですから。ある意味、今のユーマさんには一番効く拷問かもしれません」


ミラは深くため息をつき、手にしたトレイを整えた。


「ま、いいわ。あのバカが『聖なる光』とか言い出したら、全力で笑ってあげるから。……ほらカガミ、あんたも拝んでないで、今のうちに録画……じゃなくて、水晶に記録しときなさいよ」


「……光り輝く……。……新境地……」


カガミは虚空を見つめ、何やら新しい「真理」を見出したかのように小さく震えていた。


「がはははは! なんだそれは! ユーマお前、そんな顔を真っ赤にして『聖なる剣に選ばれし者』だと? 笑いすぎて腹がよじれるわ!」


庭先にバッシュの豪快な笑い声が響き渡った。涙を流しながらユーマの「名乗り特訓」を嗤う。


「おい、次は何だ? 魔法詠唱でも唱えるか? 魔法の欠片も使えないお前が、必死に『出でよ、我が内なる光!』とか叫ぶのか! ぎゃははは!」


大爆笑である。


「……うるせーな。俺だってやりたくてやってるわけじゃねーんだよ。現実的に考えて、こんなのただの公開処刑だろ……」


ユーマは顔を覆い、あまりの羞恥心に膝を突いた。

だが、女神は怯まない。バッシュの嘲笑を無視して、さらにエスカレートした台詞をユーマに叩き込む。


「立ちなさい、ユーマさん! 次は一騎打ちの際の口上ですわ! 『我が名はユーマ! 闇を切り裂き、黎明を告げる勇者のやいば! 貴公の魂、浄化して差し上げましょう!』さあ!」


「……」


(微妙に文法も、おかしいんだよな……)


「さぁ、早く!」


ユーマが、消え入りそうな声で「……我が名は……ユーマ……。……えーと、闇を……切り裂く……ハサミ……?」と口にした、その時だった。


バッシュの笑いが、ピタリと止まった。


「いや……待て、待て」


「え?」


バッシュが、鋭い眼差しでユーマを凝視した。


「……お前、今のはなんなんだ? 語尾の締まりがなっとらん。名乗りというのは、戦いの正当性を告げるものぞ。そんな弱々しい声で主張してどうする!」


「はぁ? いや、お前さっきまで爆笑してたじゃん……」


「それはそれだ! だが、騎士として、武人として、名乗りの作法を軽んじるのは許せん! おい女神、その台詞はいいが、間の取り方がなっとらんわーっ。ここは三歩踏み出し、剣を斜め四十五度に構え、一拍置いてから吠えるのだ!」


バッシュが鼻息荒く、ユーマの隣で完璧な「騎士の名乗り」の型を披露し始めた。


「そうです! 分かっていますね! そう、そこです! 魂の咆哮です!」


女神は鼻息を強くし、特訓はさらに過熱していく──。

と、思いきや、ここで問題が発生した。


「ちょっと! バッシュさん、邪魔です! あなたはちょっと黙っててください! ユーマさんの名乗りには、天界推奨の『清涼感』が必要なんですの! あなたの教え方は泥臭すぎます!」


「何を言うか! 名乗りに清涼感など必要ない! 必要なのは大地を揺るがす『重圧』だ! 女神、貴様は引っ込んでいろ、実戦を知らん者が口を出すな!」


「なんですって!? 私は勇者を管理する女神です! プロデューサーは私です! 余計なアレンジを加えないでください!」


二人はユーマを置き去りにして、顔を突き合わせていがみ合い始めた。


「……あーあ、これ、もう終わんねーわ」


ユーマは隙を見て、屋敷へと逃げ帰った。


「あら、ユーマさん。名乗りの方は、いかがでした?」


「ミ、ミラさん……。なんか女神とバッシュが『名乗りの美学』について喧嘩し始めたみたいなんだだ……」


屋敷の庭からは「魂を込めろ!」「いいえ、光を込めるのです!」という応酬が、まだ続いていた。



翌朝。


ユーマは目の下にクマを作り、フラフラした足取りで食卓へと向かう。脳内では、女神とバッシュの怒号がまだリフレインしていた。


「……ふわぁ。シルフィさん……おはよう」


キッチンで朝食の仕上げをしていたシルフィが、にこやかに振り返る。


「ご主人様、おはようございます。随分とお疲れのようですが……」


その時だった。ユーマの脳内で女神の指導が蘇った。


「わ……我が名はユーマ。……朝を告げ、トーストを待つ勇者の……えーと、腹……」


無意識に右足を斜め前に踏み出し、左手で顔の半分を覆う「黄金の名乗りポーズ」を決めてしまった。


「…………っ!!」


その瞬間、周囲の皆の目が、ポーズを固めたユーマに突き刺さる。


「な……何やってんのよ? あんた」


ティアラが、げんなりした顔でユーマを見る。するとユーマの顔が、一気に沸騰したように赤く染まる。


「ち、違う! 今のは……無意識だよ! 筋肉が、こう……『名乗り』の形に固まってただけで!」


「ご主人様、そんなにも真剣に、名乗りや詠唱をお勉強したいのですね……ふふ、では私の本気もお見せして差し上げましょう」


シルフィが、いつものほんわかした微笑みのまま、すっと目を細めた。

その瞬間、キッチンの気温が劇的に低下する。彼女は手に持っていたお玉を杖のように掲げ、朗々とした、しかし重厚な声で呟き始めた。


白骨はっこつの玉座、腐爛ふらんせし慈愛。鳴り止まぬ慟哭どうこくを糧に、黄泉路よみじの門を逆行せよ。……魂の螺旋は歪み、肉の檻は腐り落ち、ただ一つの執着のみがむくろを突き動かす。」


「え、ちょ、シルフィさん……」


ユーマが引き攣った笑いを浮かべるが、彼女の詠唱は止まらない。


「生者は死を恐れ、死者は生を呪う。その境界を血塗られた秩序で塗り潰せ。──沈黙を破り、不浄なる夜のとばりを広げん。……虚妄なる蘇生、死霊王の晩餐レクイエム・エクリプス。」


ズドォォォォン!! と音がして、シルフィの背後から、禍々しい紫色の魔力が噴き出し、キッチンが闇に飲まれる。


「……ひっ! な、なによ今の!? 怖いんですけど!」


ティアラが椅子を蹴って立ち上がり、ユーマの背後に隠れる。


ユーマも「お、おい……今のガチのやつだろ。本格的すぎるんですけど!」と震え上がった。


だが、クロムは。


「おお……久しぶりにシルフィの本気を見たな。相変わらず良い響きだ」


トーストを齧りながら、感心したように頷く。


「あの『腐爛せし慈愛』の節回し、全盛期を彷彿とさせます!」


バッシュも腕を組み、音楽を鑑賞するかのように目を閉じている。


ミラは「シルフィさん、今日は気合が入ってますね」と動じず、カガミに至っては「……真理の……共鳴……」と、ノートにメモを取る始末。


「お前ら感覚おかしいだろ! これ、絶対ヤバい魔法だろ! 『現実的に考えて』朝飯作る時に唱える呪文じゃねーよ!」


大混乱の中、シルフィの魔法が発動した。

影から這い出してきた無数の骸骨スケルトンたちが、エプロンを締め、整列して配膳を始めたのだ。


「さあ、召し上がれ。死霊たちの手による究極の熟成オムレツですわ」


骸骨にオムレツを差し出され、腰を抜かすユーマ。

そこへ、さっきまで隅で震えていた佐藤が、いつもの如く人を”イラッ!”とさせる口調でこんなことを言った。


「……な、なるほど。人件費ゼロ、かつ二十四時間稼働可能な非生命労働力アンデッド・ワークフォースによる、オートメーション化されたキッチン経営……。倫理的な問題をクリアすれば、外食産業のゲームチェンジャーになり得るスキームですね。あ、でも、私は普通の人間が焼いた卵がいいです。恐怖で味が分かりませんので……」


「うるせーよ! だったらお前が焼けよ!」


ユーマの絶叫と、骸骨たちのカタカタという音が、朝の屋敷に共鳴するように響き渡った。

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