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第六十二話:現世人には、異世界は『作り話』と同義。認識なき理は存在しないと同じ

「こちらへどうぞ。先生が戻って来られる前に、手早く済ませましょう」


ゼノンの案内に従い、一行は上層階にある応接間へと足を踏み入れた。

重厚な扉が開くと、そこには魔王城の威厳を保ちつつも、どこか整然とした空間が広がっていた。


「魔王城って、もっとトゲトゲしてて、火ィでも吹いてんるかと思ってたわ」


ユーマは、ふかふかのソファに深く体を沈め、きょろきょろと天井の装飾を見上げた。想像していた「おどろおどろしい魔王の城」とのギャップに拍子抜けしたようだった。


「なんか普通にお金かかってそう。屋敷より快適じゃない?」


ティアラも、ソファの弾力を確かめるように、肘掛けをポンポンと叩いた。

そんな二人とは対照的に、元四天王であるバッシュは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「なんだ、これは? なんと趣味の悪い! 以前の重厚さが欠片もないではないか。どうせあの『先生』とやらの差し金だろう?」


壁に新しく施された装飾や紋章を鼻で笑い飛ばした。しかし、それを聞いたゼノンが目に見えて「シュン……」と肩を落とし、気まずそうに視線を泳がせた。


「あ、いや……その……」


(?)


皆の視線が、ゼノンに注がれる。


「……内装の小規模な変更は、私が……良かれと思って……」


なんともバツの悪い瞬間である。


「えっ!?」


気まずい沈黙が流れる。


「あ、いや。ゼノン様が手がけられたのであれば、その……時代の最先端というか」


バッシュが慌ててフォローしようとするが、言葉が続かない。

ティアラが(どうすんのよ!? この空気)と責めるような視線をバッシュに送る。


「この部屋は……以前は来客用ではありませんでしたね」


見かねたシルフィが、配置の違いを指摘し話題を変える。


「……」


だが、そんなやり取りを余所に、女神は差し出されたお茶に手を伸ばそうともしなかった。その視線はどこか遠く……神界での上位神との対話を思い出していた。


一方、一人だけ全く異なる視点で室内を眺めていたのが佐藤だった。


「この応接室は、なかなか危機管理が徹底されていますね。入り口と窓の配置、そしてこの避難経路の設計思想。非常に現代的で、職場としての安全性は一級品です」


真面目な顔で、壁の厚みや扉の強度を観察する佐藤。

そこに魔王城への感慨などは微塵もなく、ただ「効率的で安全なオフィス」を分析しているだけだった。


「ユーマ氏。ダンジョンでも話しましたが、先生についての見解を、貴殿に伺いたい」


ゼノンは湯気の立つ茶碗を見つめたまま、意を決したように切り出した。


「……貴殿もまた、あの御仁と何か通じるものがあるのではないかと、私は以前から睨んでおりましてね」


ゼノンがわざわざ彼らを招き入れたのには理由があった。部下の魔族たちから、ユーマがこの世界(異世界)の常識から外れた存在だと、以前から報告を受けていたからだ。


詳細な仕組みまでは分からずとも、その「通じなさ」には、先生と似た何かがあるのではないかと、ゼノンは考えていた。


「俺と通じる? 何の話してんのかワカンネーシ。そいつとは、俺、会ったこともねェし」


ユーマは興味なさげに鼻を鳴らした。その素っ気ない態度にゼノンは苦笑した。


「ま、そう仰ると思いましたがね。……しかし。どうにも、こちらの『尺度』が通じていないという一点において、お二人は非常によく似ている気がするのですよ。……あの方は恐れを知らないというか、そもそも龍を龍として認識しているのかすら、怪しい。そんな感じなのです」


「……認識しなければ、そこに存在しないのと、同じではないのですか?」


シルフィが、冷徹かつ鋭い口調でそう言った。


コワッ!! 何気に怖っ!」


ティアラも同調する。

そこへ佐藤が、また得意満面な顔で会話に割って入る。


「少し整理させてください。『龍を龍として認識していない』というのは、存在を把握していないのか、それとも別のものとして扱っているのか? 前提が曖昧だと『認識』という言葉の判断ができませんねー。そのあたりをもう少し嚙み砕いてお話された方がいいのではないでしょうか?」


「うっわ! めんどくさいやーつ」


時折ドヤ顔で語り出す佐藤の理屈っぽさに、ティアラはうんざりした。

けれど今回ばかりは、佐藤が的を射ていた。


ゼノンの言った「認識」を、シルフィは「見えていない」という意味で受け取った。しかしゼノンが言いたかったのは、そうではない。見えている。ただ、それを龍とは思っていない──その違いだった。


「……もう少し具体的な例を、挙げていただけませんか」


シルフィがそう促すと、ゼノンは「具体的に……そうですなぁ」と視線を落とし、記憶を辿った。


「以前あった話なのですが──。禁忌な邪竜を前にしても先生は動じず。禁術級の呪法に対しても、まるで首を傾げるだけで無効化したようになった……。と、そういうことが以前ありました。まるでこの世界の常識そのものが、通じておらぬようにも見えたことがありまして」


「……なるほど」


シルフィが静かに頷く。


「動じぬ、というのは強い証拠だが……。常識を知らないとは、また厄介だな!」


バッシュが腕組したまま、そう言った。

すると再び佐藤が、したり顔で語り出す。


「ええ。強いかどうかは別として、基準を共有していない人間は一番扱いづらいんですよ。常識を知らないのではなく、常識を前提にしていない、ということですから。職務上の連携も取れないんですよ、そういう人は」


(イラッ!)


「あんたは! ちょっと黙ってて!」


床を蹴るように立ち上がるティアラ。

眉を吊り上げて、物凄い形相で佐藤を睨む。


「す……すみません」


だがゼノンは構わず、話を続けた。


「──そうですな、他にも、一度こんなことがありました。城門を破壊した巨獣を、先生が『野良犬』だと言って頭を撫でると、現実的にその巨獣が、まるで野良犬のように、牙を抜かれた姿になってしまったのです」


「「……!」」


ゼノンの言葉に、シルフィの瞳の奥がわずかに揺れた。が、次の瞬間には、いつもの表情に戻っている。


その一瞬をティアラは見逃さなかった。

二人の視線が交差する。


ティアラは何も言わず、ゆっくりと一度だけ顎を引いた。


「先生には、恐らくその巨獣が、我々と同じように『恐るべき怪物』には見えていないのですな……。あの方は、自分が認めないものは最初から『ただの動物』として扱うのです。すると、その認識に合わせて、相手の力までもが本当に抜け落ちてしまう……」


その話を聞いてユーマが「なんだそれェ!?」と急に吹き出した。


「それ、典型的な『俺様系最強チート設定』じゃん! その後に『え? 俺、また何かやっちゃいました?』とかドヤ顔してなかったか?」


そう言ってゲラゲラ笑うユーマに、佐藤以外は皆、なぜそこで爆笑するのかが理解できなかった。


「……ゆ、ゆーま?」


ティアラが引いたような声を出す。

そこへまた、空気の読めない佐藤が口を挟んだ。


「城門を壊すほどの巨体が存在するだけでも十分異常ですが……仮にそれが飛行し、さらに火炎まで吐くとなると、燃料の供給源や耐熱構造など、相応の説明が必要になります。ですが、この世界ではそれを『魔法だから』で済ませてしまうのですね。正直、私にはそちらの方が理解できません」


ティアラのこめかみに、ぴくりと青筋が浮かんだ。


「ちょっと佐藤さん! 少しは黙ってることって出来ないの!? 空気って知ってる!? 空気読めない大人なの?」


やんちゃな盛り十二歳の少女だったとしても、あまりに辛辣な言葉だ。しかし昨日今日のパッと出の部外者に、真剣な話を荒らされたくなかったのだろう。


ティアラの剣幕に気圧されて、佐藤がモゴモゴ言い訳をする。


「え、あの……私はただ、論理的な整理を──」


「整理しなくていいです。黙っててください」


そこへ、静かな声が差し込んだ。


「……今、なんて言いました?」


シルフィだった。

佐藤はびくりと肩を揺らす。


「い、いえ……あの……」


今、怒られたばかりの佐藤は、ティアラの顔色を伺う。が、ティアラは、シルフィの真剣な表情に気づいていた。


「ちょ、ちょっと。そこは黙るところじゃないでしょう?」


「は、はい……。ええと……ですから、仮にそれが飛行し、さらに火炎まで吐くとなると──」


「そのあとです」


すかさずシルフィが被せた。


「そのあとに決まってんでしょ!」


ティアラまで腕を組んで偉そうに頷く。


「ええと……ああ、なるほど。その後ですね。燃料の供給源や耐熱構造など──」


「そこではありません」


シルフィがぴしゃりと言った。


「先ほど佐藤さんは『この世界ではそれを“魔法だから”で済ませてしまうのですね』と仰りませんでした?」


核心に近づいていることに気づいているのは、シルフィだけだった。

現にユーマは、呑気に横から軽口を挟んだ。


「シルフィさん、自分で言うんだったら、佐藤さんに訊く必要なくね?」


「ユーマ!!」


咎めるティアラ。

それとは対照的に、シルフィは神妙な顔つきで考え込む。


(恐ろしい……。彼ら二人にとって、この世界そのものが、単なる「無理のある作り話」に見えている……。つまり、私たちが生まれ、信じてきたこの世界の成り立ちすら、彼らには、ただの”フィクションでしかない”……)


シルフィは戦慄した。


”『魔法だから』で済ませてしまう”


この世界(異世界)では当たり前に存在する魔法モノが、ユーマたちの世界では、そもそも存在しない物(魔法)なのだ。


恐ろしいのはその後だ。


ユーマやチート勇者(先生)は、自分が認めなないものは、単なる「リアリティのない作り物」として、その力が剥ぎ取られてしまう……。


「私たちが必死に戦ってる魔物や、魔法すらも、お二人にとっては最初から、ただの『思い込み』レベルということなのでしょう。私たちの『当たり前』が、お二人の前では、ただの“作り話だろ?”で無効にされてしまう……」


事の重大さに気づいたのは、シルフィとティアラ、女神、そしてゼノン。


ユーマは途中で飽きたのか欠伸をして上の空。バッシュは自分が理解できない話を聞かされて、少し苛立ちを見せている。佐藤は────いや、この際、佐藤のことなんてどうでもいい。


ゼノンの顔にも不安が浮かんでいた。


「もしお二人が出会えば、この世界で唯一、同じ『現実』というルールで会話できる者同士になるのかもしれませんな。……我々には一生、理解できぬ地平で」


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