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第六十一話:ゼノンに招かれ魔王城へ、ユーマ一行は無警戒に「敵地」へ

魔王城地下、崩落した横穴の前に、ゼノンは立っていた。


かつて龍の夫婦喧嘩騒動の際に、魔王城の地下の壁が崩落し、ダンジョンへと続く穴が見つかった。そのダンジョン側の修復が、ようやく完了しようとしていた。


「……これで、終わりだな」


部下たちが最後の石を積み上げると、ゼノンは安堵の息をついた──その時だった。

壁の向こうから、声が聞こえてきた。


「ちょっと、ユーマ! そっちじゃなくて、こっちだって!」


「うるせえ、ティアラ。お前が道を間違えたんだろ!」


ゼノンは、眉をひそめた。


(……ユーマ氏たちが、なぜ?)


魔王城の地下とダンジョンが繋がってしまったことを、彼らは知らないはずだ。念のためゼノンは、部下たちに奥へ隠れるよう指示を出した。


「だから、佐藤さん同行でギルド依頼なんか、最初から無理があったんだって!」


「今更、文句言うなよォ!」


ゼノンは、そっと壁の隙間から向こう側を覗いた。


ユーマ、ティアラ、女神、バッシュ、シルフィの五人で来ているようだ。

その中に見慣れない男が一人。粗末な麻の服を着た、穏やかな表情のおっさん。その男は、目の前の小さなスライムに向かって、おずおずと棒を振っていた。


「え、えいっ……」


棒が空を切る。


「佐藤さん、そんなんじゃ倒せないって!」


ティアラが叫ぶ。


「で、でも……」


これは無理だ。そう判断したティアラは、スライムを思いっきり蹴り飛ばした。


(なんだ、あの男は……)


驚くほど弱い。

戦闘とは無縁の人間のようだ。


(あの一行に混じっているということは、何か事情があるのか……)


「はぁ……次、行くわよ」


一行が、更に奥へ進んで行く。

ゼノンは、ある男を見て壁から離れた。


(バッシュがいる……うむ、今は関わらない方がいいな)


バッシュとゼノンは、ゼノンが自らプロデュースした最高の魔俗店『まぞっ子』で、数か月前に会っている。が、あの時のバッシュは先生への仕返しを目的に、バシュ美として女装し、それをゼノンが面接した。


しかしゼノンには、クロムを追放した自分を、きっと今でも恨んでいるはずだ──という考えは消えていなかった。


(見つかる前に、戻ろう)


その時──。


”ガラン”


足元の端材を踏んでしまった。

音が、ダンジョンに響く。


「ん? 今、何か音しなかった?」


ティアラの声。


「こっちから聞こえたぞ」


ユーマの足音が近づいてくる。

ゼノンは、慌てて奥へ逃れようとした。


が、しかし!


「ゼノン様!」


バッシュの声が、背中に刺さる。


「あれェ? 何してるんだよ、こんなところで」


ユーマも、穴の縁から顔を覗かせた。


「……失礼。作業中でして」


ゼノンは短く答え、場を濁そうとした。

しかし、穴の縁から顔を出したユーマが、怪訝そうに首を傾げている。


「作業中って……そんな泥だらけになってか? 採掘……にしては壁を直してるみたいだけど。ここ、行き止まりじゃなかったんだ」


「私たちは、ギルドの依頼をこなしに来たんだけど。……もしかして、その壁の奥って何かあるの?」


ティアラは不思議そうに、ゼノンの背後の「修復された壁」を見つめた。

ゼノンは内心で「おっと、これは……」と冷や汗をかく。


「何か困っていますわね……」


シルフィだけが冷静に、ゼノンの内心を読み解いているようだった。


「おい、女神? お前ずっと黙ってるじゃねーか。どうしたんだよ今日は」


ユーマ一行がワチャワチャと騒いでいる中、ゼノンは(果たして、これを話して良いものかどうか……)と躊躇していた──が。


(……待てよ。ちょうど今、先生がノア殿やルージュ殿を連れて、街へ買い物に出かけている『あの疑問』を解くには、今が絶好のチャンスなのでは?)


ゼノンは賭けに出た。


「……いや、実は、あの『ドラゴン騒動』の時に、魔王城の地下の壁が一部が崩落して穴が出来まして──」


と状況を説明した。


「ああ、あったね! ドラゴン騒動」


「はい。その穴が、ダンジョンに繋がっていたんです。それではセキュリティ上よろしくないので、その修復工事をずっと行っていたのです」


ゼノンは力なく笑いながら、作業着についた泥を払った。


「だから、あの時、ダンジョンで何度も見かけたのかァ」


「何度もって、二回しか会ってないけどね!」


揚げ足を取るティアラのに、ムッとするユーマ。


「二回は複数形だから『何度も』で合ってますぅぅ!!」


(……今だったら大丈夫かもしれない。先生と似た片鱗を見せるユーマ氏を、いっそこの機会に城へ招き入れて、先生の『能力』について尋ねるのも手ではないか?)


そう思い至ると、ゼノンの顔にいつもの世渡り上手な笑みが戻った。


「ユーマ氏。もしよろしければ、中でお茶でもいかがです? 実はちょうど今、先生が留守でしてね。色々と訊きたいこともありますし……博識なユーマ氏に見解を聞いてみたいと思っていたところなんですよ」


「お? 分かってんじゃーん!」


「この馬鹿が『博識』ならば、私は『碩学せきがく』だな!」


そう言って爆笑するバッシュ。


「うっせぇ脳筋野郎!」


「何だとォォォ!!」


まぁ、まぁ、まぁ、と仲裁するゼノン。


「あ、その『先生』って奴なんだけど、俺らはチート勇者って言ってるんだよね」


ふむふむと耳を傾けるゼノン。


「でも、俺は、一回も会ったことがないんだよなァ」


ゼノンの耳がピクリと動いた。


「ユーマさん、警戒心なさすぎじゃないですか?」


ここで初めて女神が口を開いた。が、ゼノンはどこ吹く風と、ひょいと穴の隙間を広げて一行を招き入れた。


「さあさあ、どうぞ。ご遠慮なく」


一行は無警戒に、ゾロゾロと通路に足を踏み入れた。


穴の向こうは、崩落した土砂をかき分けて作られた狭い通路だった。それを抜けると、石造りの壁に囲まれた魔王城の地下へと出る。


「……どうしました? 体調が悪いのですか?」


シルフィが心配して、女神に話しかける。


「え? いえいえ、大丈夫ですよ」


ダンジョンにいる間も、ずっと女神は心ここにあらずといった様子で、珍しく口を閉ざしていた。

彼女の口数が極端に少なかった理由は、ひとえに神界で受けた上位神からのプレッシャーが原因である。



通路を抜けた瞬間、空気が変わった。


「すげぇ……」


ユーマが感嘆の声を上げる。

そこは天井の高い地下回廊だった。規則正しく並ぶ魔導灯が淡い紫の光を放つ。床には緻密な幾何学紋様が刻まれ、踏みしめるたびに微かな反響が生まれた。


「懐かしいですね……」


シルフィはそっと石壁に指先を触れた。かつて日常だったはずの冷たい感触に、遠い記憶が静かに胸を打つ。


「うわっ、なにこれ! 天井たっか! 声、めっちゃ響くじゃん!」


ティアラはぴょんと跳ねるように前へ出て、わざと足音を鳴らして反響を楽しんでいる。完全に遠足気分だ。


「おい! パンツ見えてるぞ!」


ユーマがニヤリと笑う。


「嘘!?」


「うん。もちろん、嘘だけど」


「もぉぉぉ!!」


重厚な柱が立ち並び、その一本一本には、翼を広げた魔獣や禍々しい紋章の浮き彫りが施されている。無機質でありながら、どこか威圧感がある──まさしく魔王の居城と呼ぶに相応しい空間だった。


「……」


女神は回廊の奥を見つめたまま、口を閉ざしている。


遠くには鉄扉が幾重にも連なり、階上へ続く大階段が闇の奥へと伸びている。地上からは想像もつかない厳粛な魔の中枢。


「ほう……。相変わらず、無駄に威圧感だけは一級品だな」


バッシュは腕を組み、柱に刻まれた紋章を見上げた。どこか皮肉げに鼻を鳴らしながらも、その視線は僅かに誇らしさを帯びている。


「……耐震基準とか、どうなっているのでしょうね」


佐藤は天井を見上げ、真顔でぽつりと呟いた。荘厳な空気を前にしても、思考だけは現世のままだった。


「皆さん。楽しんでいただけているようで、嬉しい限りです」


そう言って誇らしげな表情を覗かせるゼノン。ユーマは思わず足を止め、ぽつりと呟いた。


「……マジで、城じゃん」


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