第六十話:俺、死んでないけど? ユーマ人違い説と、女神のパニック
馬車は無事に屋敷へと到着した。
玄関先で真っ先に声を上げたのは、天界から戻ったばかりの女神だった。
「ちょっと! なんで佐藤さんが屋敷にいるんですか!?」
「ついて来ちゃったんだよ」
ユーマは困った顔でそう答えたあと、女神の耳元に口を寄せて「……というかさぁ、村人たちが押し付けたくて、馬車に乗せたんじゃないかって、俺は疑ってる」と、小声で”押し付け説”を女神に語った。
その会話を傍で聞いていたクロムが、こめかみを押さえて唸った。
「ぬう……! なぜこうも、気づけば居候が増えていくのだ……収容人数というものをだな……」
「……すみません」
佐藤が、申し訳なさそうに深々と頭を下げる。
「なんだか、その……。迷惑そうなので、私、出て行きましょうか……」
「うぬぅ……」
いざ大人な対応で低姿勢に出られると、毒気を抜かれたクロムはそれ以上言葉が続かない。魔族の王としての厳格さよりも、お人好しな一面が顔を出してしまう。
「おい女神。そう邪険にすんなよ」
「はあ!? 私、何も言ってませんが! 邪険にもしてません」
実際その通りだった。
上位神から佐藤の動向に目を光らせ、逐一報告せよと厳命されている手前、佐藤が屋敷に居座る方が、女神としては好都合だった。
「佐藤さんは記憶がないだけで、もしかすると、女神が今まで転生させた勇者候補の中で、とんでもなく凄いスキルを持った人なのかもしれないぞ?」
いつものごとく適当なことを語るユーマに、ティアラが呆れたように口を挟む。
「佐藤さんが勇者だとは限んないでしょ? 決めつけだよ、それ」
「いやいや、勇者候補以外、わざわざ異世界に呼んだりしないだろ! 現実に居るってことは、誰かが呼んだんだろ? これが世に言う『異世界テンプレ』だよ。テ・ン・プ・レ!」
ユーマが鬼の首を取ったよう息巻くと、ティアラは「また、いつものが始まった」と鼻で笑う。
「またそれ? あんたの言う、その『異世界テンプレ』って、そもそも一体なんなのよ!?」
軽口を叩き合うユーマたちの横で、女神は絶句していた。
「……!」
(ちょっと待って……。確かにユーマさんの言う通り、勇者にする目的以外で、あちらの世界から人間を呼んだことなんて……、一度もないわよね?)
「……あ、あの、ユーマさん。ちょっと、お話があるのですが。……別室で」
「なんだよ、急に……」
*
人気のない応接間へユーマを誘うと、女神は扉を閉めるなり、真剣な表情でユーマと向き合った。
「ユーマさん。……一つ、確認させてください。あなた、あちらの世界で……その、亡くなった自覚はありますか?」
まずは、ユーマが「本来呼ぶはずだった勇者」だったのか? その疑問だ。
「な、なんだよ急に。縁起でもない」
「いいから答えてください! 最初に会った時、あなたは『元の世界に帰してくれ』って言いましたよね? 普通、天界に来た人は、あちらの世界で亡くなった人が来るんですよ。でも、あなたは帰りたいと言いました……」
ユーマは怪訝そうに眉を寄せた。
「……正直、こっちに来た時の記憶はあやふやなんだよなァ。でも、死んだ感覚っていうのは全然なかったけど?」
女神の顔が、みるみる青くなっていく。
「そ、それは絶対ですか? 確実な話なんですか!?」
「確実とは言えないけど。なんでだよ?」
「だったら、どうして『死んでない』なんて言えるんですか! 証拠は!? 根拠はあるんですか!?」
詰め寄る女神の勢いに、ユーマはたじろぎながら答える。
「分っかんねーよ! ただの直感だよ。初めてあの白い空間で女神と会った時、死んだからこっちに来たとか、そんなこと一ミリも思わなかったけど」
女神はその場にへたり込んだ。
もし、ユーマが「死んでいない」のなら、天界という、死した魂が来るべき場所にユーマがいたこと自体がおかしい。
そして、佐藤が異世界に来ている──。
しかし! と思い直す。
それならなぜユーマは、どこにも辿り着かず、妙な場所を迷子のように彷徨っていたのか?
「じゃあ……。私が本来呼ぶはずだった、本物の勇者の魂は……どこへ行ったのよ?」
そう呟いた次の瞬間だった。
”ガタンッ! バタンッ!”
「あいたた、もう、押さないでください!」
シルフィが豊かな胸を床にバウンドさせて倒れ込む。
「私のせいではない、カガミが……!」
バッシュが、シルフィの尻に顔を埋める形で重なっている。そのさらに上にはカガミが、無表情のまま静かに乗っていた。
「……カガミ、違う。……押したの、バッシュ」
「おまっ、この状況で嘘をつくな! 被害者は私だ!」
「いい加減、私のお尻から、どいてもらえますか?」
隣室との仕切りである襖が派手に倒れ込み、聞き耳を立てていた面々が雪崩のように転がり込んできた。
「ユ……ユーマ」
ティアラが、不安げにユーマを見つめる。
「じゃあ、あんたは本当は、ここに来るはずじゃなかったの?」
「つまりユーマは偽者!? お前は呼ばれてもないのに、今まで勇者面していたのか! わっはっはっはー! 傑作だなお前!」
バッシュが腹を抱えて爆笑する横で、咲は「どうりで戦闘力がないわけです。納得しました」と頷いている。
「…………」
その場に漂う何とも言えない微妙な空気。
偽物疑惑をかけられたユーマは、面倒くさそうに口を開いた。
「でもさぁ。呼び間違いかどうかなんて、女神自身も分かんねーんだろ?」
「ま、まぁ……そうですが」
「じゃあ、佐藤さんの方を試してみたらいいいんじゃね?」
「どういう意味でしょうか?」
女神が真面目に訊き返す。
「もし俺が間違いだった場合は、本来の勇者はこのおっさん、って可能性が高いわけだよな?」
「なっ……! わ、私が、勇者ですか!?」
佐藤は驚いて、言葉を詰まらせた。
「それを確かめに、行けばいいんじゃね?」
「確かめる、とは?」
佐藤が恐る恐る訊き返す。
「一度、佐藤さんを連れて魔物とかと戦わせてみればわかんじゃね? ほら、追い詰められたら急にチートスキルが発動したり、そういう『異世界テンプレ』が発動するかもしれないし」
「そ、そんな適当な!?」
呆れるティアラを余所に、あざといユーマは、こんなことを言って皆を納得させた。
「ちょうど借金返済の依頼も溜まってるんだ。ついでにダンジョンまで行って、佐藤さんの『勇者テスト』も済ませちまおうぜ」
「で、でも。佐藤さんの意思はどうなるのよ?」
ティアラの疑問も最もだ。
しかし、当の佐藤さんは。
「わ、私は特に問題はありませんが」
「え! えぇぇぇ? それでいいのぉー!?」
即答する佐藤さんを二度見する、ティアラ。
「ええ、そういった経験を積むことで、私自身のキャリアアップにも繋がると思いますので……」
(いやいや何!? キャリアアップ? 絶対佐藤さんの方向性は”そっち”じゃないでしょーがー!?)
ティアラは心の中で激しく突っ込んだ。
こうして、今回のダンジョン調査のメンバーがその場で決まっていった。
まず、屋敷の主であるクロムは「フン、ユーマの小遣い稼ぎのために、この私が直々に動くなど有り得ん! 私は留守番だ」と、いつものように早々に離脱を宣言。
ギルド職員のミラも「私は立場上、返済目的の依頼に、私が直接手を貸すわけにはいかないです」と、こちらもいつもの如く一線を引いた。
カガミに至っては、戦闘要員ではなく水晶使い。どうしてもメンバーが足りないなどの、余程の理由がない限り参加しないのは、いつもの方針だ。
逆に、最後まで粘ったのは咲だった。
「私も行きます! 佐藤さんの観察は、同じ現世人として私の義務です!」
しかし、そこへ意外な人物が待ったをかけた。
「咲さん。あんたはここで、クロム様のお相手をしてください」
シルフィはそう言って、咲の耳元に口を近づけると、小声でこう呟いた。
「……ほら、クロム様って一人にすると、すぐ拗ねたりするでょう? 咲さんがいない時のクロム様って──」
「え? そうだったんですかぁーっ? えへへ、はい! 分かりましたー!」
元気よく返事する咲。
最後まで言わないところが、シルフィの狡猾なところだ。「クロム様って──」の続きを想像して勝手に思い込んだのは、あくまでも咲なのだから。
佐藤をテストしながらの魔物退治。そこへ戦闘力皆無の咲を連れて行く選択肢などあろうはずもない。
かくして、メンバーは以下の六人に決まった。
・ユーマ(言い出しっぺ&借金持ち)
・ティアラ(物理攻撃の主力)
・女神(佐藤の動向を見張る必要がある)
・バッシュ(戦闘狂。付いて来るに決まってる)
・シルフィ(唯一冷静な判断の出来る見極め役)
・佐藤(テストされる本人)
「じゃ、決まりだな。佐藤さん、悪いけどちょっと付き合ってくれよ」
「は、はあ……。お手柔らかにお願いします」
不安げな佐藤を連れ、一行は屋敷を後にした。




