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第五十九話:勇者はユーマさんじゃない? 女神が震える致命的なミス

村の集会所の片隅。


女神たちがアイスを食べに席を外す中、クロムは、切り株に座る「サトス」こと佐藤と向き合っていた。


クロムは先ほどから、暗い表情で現在の魔王城の惨状……そして弟ゼノンに起きている悲劇について、佐藤にアドバイスを仰いでいた。


「……信じられぬかもしれぬが、これが現在の魔王城の現状なのだ」


ひと通りの説明を終えたクロムが、沈痛な面持ちで天を仰ぐ。その姿を見て、佐藤は静かに口を開いた。


「なるほど、事情は把握しました。つまり、その『チート勇者』なる人物に城を奪われ、弟さんは現在、その男の身の回りの世話をさせられている……と」


彼は静かに一度咳払いし、冷静な問いを投げかけた。


「では、確認ですが。その勇者が現れた際、あるいは現れた後、魔族や人間に実質的な損害……例えば、虐殺や街の破壊などは発生したのですか?」


「…………いや。今のところ、城の酒蔵や食糧庫が空になったという報告以外、民や配下が根絶やしにされたという話は聞いておらぬ」


「そうですか。では、弟さんは現在、その勇者の欲望……酒や女性の手配などを、完璧にこなしているわけですね?」


「……ああ。あやつに不自由をさせぬよう、細心の注意を払っていると聞く。……嗚呼、代われるものなら、代わってやりたい! 弟がどれほどの屈辱に耐え、泥をすすっているかと思うと……」


クロムが拳を握りしめ、震える声で訴える。しかし、佐藤の返答は極めて淡々としたものだった。


「失礼ながら、クロムさん。それは私の世界で言うところの『接待』あるいは『過剰な忖度そんたく』ではないでしょうか。私の聞く限り、弟さんは自ら進んでその環境を構築しているように見受けられますが」


「……!!」


クロムの目が見開かれた。


「やはりそうか! 私を逃がし、魔族根絶という最悪な結果を防ぐために、自ら悪役を……健気な奴め!」


「いえ、そ、そうではなく……。もし魔族の皆さんが本気で不満を抱いているのなら、話は別ですが。もし、特に不満がないのであれば、話は変わってきます」


「何が違うのだ? もし不満がなければ、どうなるのだ?」


「それはやはり弟さんの独断で、その接待をよしとしているのかもしれません。きっと」


「な、なぜだ!? なぜ、あやつがそんな屈辱を、快く受け入れている、などと言えるのだ!」


クロムが激昂しかけた時、佐藤は静かに、射抜くような視線を向けた。


「そう言えば最初は、弟さんがあなたを裏切ったんだと、そう考えた時期もあったと言いましたね?」


「いや……それは」


「……あなたも、本当はどこかで気づいているのではありませんか?」


「…………ッ」


クロムが言葉を失う。

しばらくの間、無言で何かに思いを馳せていた。


「弟は……。子供の頃のあやつは、いつも私の服の裾を掴んで離さないような、本当にお兄ちゃん子で可愛い奴だったのだ。そして、少し……臆病なところもあった。兄を追放して魔王の座を奪おうだなどと、そんな根性……あるはずがなかろう」


「…………」


佐藤はそれ以上、何も言わなかった。


「貴殿は神などという、大層なものではないのかもしれぬ……、だが聖者殿だ」


佐藤は困ったように「いえ、私はただ、私の意見を述べただけでして……」と、申し訳なさそうに胃を押さえるのだった。



村の出口。


「私は、天界に用があるので、一足先に村を離れます」


そう言い残し、女神が先に村を去る。

そのあとバッシュが馬車の準備を整え、小一時間ほどして一行は出発した。


「いやあ、結局あの『サトス様』の正体は、ただの佐藤さんだったわけだけど……。でも村が平和になったのは事実だし、結果オーライか」


「何言ってるのよー、ユーマ! 良い話みたいに締めようとしてるけど、あんたは今回、何もしてないでしょ」


「お前だって、何もしてないだろ!」


そんな言い争いをしながらも、馬車の中では、ちゃっかり隣同士に座る二人。

最後にクロムが馬車に乗り込み、屋根を叩く。


「では、出発だ!」


馬車が動き出し、村の広場が遠ざかっていく。


車内では、クロムが先ほどの佐藤との対話を反芻するように考えこみ。女神は相変わらず「あー、あのアイス美味しかったわねー」などと言い、呑気に鼻歌を歌っている。


……数分後。


ユーマは、馬車の隅に座っている「影」に、ふと目を向けた。


「え……あれ?」


「…………」


そこには、村で着ていた粗末な麻の服のまま、所在なげに膝を揃えて座っている佐藤の姿があった。


「ちょ……佐藤さん? なんでここにいるんですか?」


ユーマの問いに、佐藤はハッと顔を上げ、申し訳なさそうに小さく会釈した。


「ああ、すみません……。村の皆さんから『聖者様、どうかこの方々に知恵を授けてやってください』と背中を押されまして。荷物も勝手に積み込まれ、気づけば皆様と一緒に座っておりまして。やはり、一度降りた方がよろしいでしょうか?」


「うわぁ……。ついて来ちゃったのかよ!?」


困惑するユーマの隣で、ティアラも目を丸くしていた。

ユーマは思った。


(こんな優柔不断なのに、よく聖者扱いされてたな……)



一方、ユーマたちの馬車には乗らず、今回の件を報告するため、一足お先に天界へ戻った女神は、天界の更に上に位置する「神界」へと来ていた。


彼女の目の前には、「上位神」たちが、威厳たっぷりに並んでいた。


「……というわけなんです。それで、地上に神様と勘違いされていた、あちらの世界の人間がいたんですよ。笑っちゃいますよね『生産性』とか言って村人に崇められてるんですもの!」


女神がゲラゲラと笑いながら話すと、上位神たちの表情が、見る間に険しくなった。


「……笑い事ではないぞ、女神!」


「えっ?」


「召喚もなし、神の介在もなしに、勝手にこちらの世界へ渡ってくることなど不可能。誰かが召喚の儀を執り行ったか、あるいは……」


女神は要領を掴めず「はぁ……」と間の抜けた返事をする。

すると別の上位神がこんなことを言った。


「……だが『正式な勇者召喚』は、最近、地上で行われた形跡はない。となれば、転移ではなく転生──つまり、女神。お前の管轄ではないのか?」


女神の愛想笑いが、凍りつく。


「さ……佐藤さんが、私の管轄?」


そう言って、すぐにかき消す。


(ないないないない! だって私が呼んだ勇者は……ユーマさんでしょ? 私、あの時、一人しか天界に呼んでないもの……。だったら佐藤さんって、誰?)


天界に呼んだ勇者ユーマは、確かに思ってたよりもポンコツだった。しかしユーマ以外に呼んでいない。それは揺るぎない事実だと確信していた。


(いらんこと報告するんじゃなかったわ……めんどっちぃ!)


「え、えーと……私、ちゃんと天界に勇者を呼びましたよ? でもそれは佐藤さんじゃないです。ユーマって男の子なんですけど……」


焦る女神。


(ちょ……ちょっと待って。思い出すのよ、私!!)


ユーマが天界を訪れた、あの日──。

女神は必死に記憶を巻き戻した。


(……あの時、私の呼んだ勇者ユーマさんが、天界に来れず彷徨っていた。その迷子になってる姿が見えたから、私は『待って待って、そっちじゃないわよ!』って、強引に天界に引き寄せたわよね?)


嫌な汗が、女神の背中を伝う。


(その迷子になってた魂はユーマさん──だけど、ちょ、ちょっと待ってよ!!)


今更ながら、女神はある疑問が脳裏に浮かんだのである。


(ユーマさんは、本当に私が呼んだ勇者候補だったのかしら?)


それは根本的な疑問だった。

一瞬、あまりにも巨大な失態の可能性が頭をよぎった。しかし、その真偽を確かめるより先に、今この状況をどう収めるか?


「……ま、まあ、どっかの無名の神様か、つ……追放された神様が? それとももぐりの違法召喚士とか……かなァ? あははは。こっそり足が付かないように召喚して、失敗でもしたんじゃないですかね!? 私は完璧ですよ、完璧! おほほほ!」


女神の白々しい高笑いが、静まり返った広間に響き渡る。

しかし、並み居る上位神たちの眼光は、少しも緩むことはなかった。


「……ふん、相変わらずのポンコツよのぉ。だが、正体不明の魂が迷い込んでいるという事実は看過できん。その『サトス』なる男の動向、そして、お前が天界に呼びよせたユーマなる勇者の現状……逐一、正確に報告せよ。もし偽りがあれば、相応の罰を覚悟しておくことだ」


「ひっ! は、はいっ! 承知いたしましたぁーっ!」


女神は深々と頭を下げ、逃げるようにその場を後にした。

回廊を一人、早足で駆け抜けながら、女神は滝のような冷や汗を拭う。


(やばい、やばいやばいやばい……! もし私が何かやらかしてるんだったら、神格剥奪どころか、消滅させられちゃうかも……!?)


女神は真実を確かめるべく、大急ぎでユーマたちの待つ屋敷へと舞い戻るのだった。


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