第五十五話:招かれざる客(?)暴走する女子大生、朝倉咲・十九歳
屋敷の庭では、今日も今日とて騒がしい光景が繰り広げられていた。
いつもの定期で二人は喧嘩し、バッシュが抜刀せんばかりの勢いでユーマを追い回し、それを縁側でクロムがお茶をすすりながら眺めている。
そこへ、塀を乗り越えて一人の少女が着地した。
「ターゲット、補足しました!」
「うおっ!? また出たな箱お尻女!」
ユーマが飛び退くと、ポニーテールを揺らした咲が鼻息荒く立ち上がる。
「お尻女ではありません、朝倉咲、十九歳、女子大生です! 現世では古生物学を専攻していました。現在は、ユーマさんに起きた『あの感じ』の正体を突き止めるべく、勝手に随行しております!」
「誰だその騒がしい小娘は。ユーマ、貴様の知り合いか?」
クロムが怪訝そうに尋ねる。ユーマはバッシュから逃げながら叫んだ。
「知らねーよ! 街でいきなり絡んできた同郷の変人だ!」
ミラが溜息をつきながら歩み寄る。
「……あの方は朝倉咲さん。先日、ダンジョンとギルドで少しお会いした方です。どうやら自力でここを突き止めたようですね」
咲はミラの紹介も待たず、クロムの前に進み出た。
「……そ、その角、その気品! あなたがミラさんが仰っていた、元魔王のクロムさんですね!? これは研究意欲がわきますね!」
バッシュを撒いて、縁側まで戻って来たユーマが、横から茶々を入れる。
「そうそう……弟に玉座を奪われた元魔王だぞ。怒らせたら焼き払われんだからな!」
「ユーマ! 私はそんな野蛮人ではないぞ!」
クロムがむっとして反論するが、咲の目は既に次の獲物に向いていた。
「では、あちらで暴れている方は?」
「あ、そいつはバッシュ。趣味は主と仲良く迷路に迷うことだ」
「貴様ぁぁ、閣下まで愚弄する気か! 其処に跪れ! 刀の錆にしてくれるわ!」
バッシュが激昂し、ユーマは「うわああ!」と叫びながら、屋敷の中へと逃げ込んでいった。
「おーい、ティアラーっ、助けてェーー! バシュ美ちゃんが怒ってはるー」
「なっ! 黙れユーマ! なぜその話を知ってる! どこで聞いたーーーっ?」
二人のその様子を、台所でクスクスと笑いながら見つめるシルフィ。
庭に残されたのは呆れ顔の面々と、メモ帳を開いた咲。ミラが遠巻きに見ているカガミに声をかける。
「カガミはきっと、あの子と気が合うんじゃない? ほら、あなたたち……その、二人ともオタクなのでしょう?」
カガミは静かに首を振った。
「……いえ。咲氏は……陽キャのオタク系です。しかしカガミは……陰キ……インドア派のオタク寄りなんです……相性が悪いです」
((今、陰キャって言いかけた……?))
クロムとミラが心の中で突っ込む中、咲が胸を張る。
「私はオタクではありません! 興味のあることには思考も行動も全振りする、その道のプロフェッショナル……とだけ言っておきましょう」
((それが、オタクなのでは?))
すかさずクロムとミラが、内心で突っ込んだ。
咲はふと、思い出したようにミラに尋ねた。
「……ところで、ミラさん。先日の地竜の件ですが。ギルド職員として現場におられましたか? あの時、一瞬だけ変な感じがしませんでした? 何というか……急におかしな現象に見舞われたり」
ミラは眉を微かに動かした。
「……いえ、私は現場にはいませんでしたが。──彼が何かを口にしたり、確信を持ったりした際、時折説明のつかない現象が起きることは、私たちも把握しています」
「やっぱり! それは魔法ではないんですよね」
半ば確信を持って、そう尋ねる咲。
「違いますね。そもそもユーマさんは、この世界の住人ではないので、魔力を一切持っていません」
「そのことは、ユーマさんは?」
「ユーマさん自身は、魔法だとかスキルだとか加護だとか、そういうものに興味を示しませんし、自分の能力にすらも気づいていませんからね」
咲は、先ほどユーマが逃げ込んでいった扉を指差し、呆れたように呟いた。
「あの人……馬鹿なんですね」
話を聞いていたクロムが「わっはっはっはー!」と豪快に笑う。
咲は「でも、観察のしがいがあります」と満足げに頷くと、縁側でお茶をすすりながら、クロムのせんべいを無言で食べ始めた。
(図々しい娘め……!)
「これ……ちょっと湿気てません?」
「……なっ!」
(図々しい娘ね……)
ミラも眉をひそめる。
*
その後「しばらくしたら帰るだろう」そう甘く考えて放置していたのがいけなかったのか? 咲はちゃっかり昼食まで食べた挙句『研究欲』とやらを刺激されて、暴走を加速させることとなる。
「この屋敷の土壌にはユーマさんの『現実』が染み付いているはずです!」
そう叫ぶなり、咲は庭の隅で巨大な穴を掘り始めたのだ。
「貴様、我が主の庭を墓場にする気か!」抜刀するバッシュを、ユーマが「やめろバッシュ! 咲、お前も大概図々しい奴っちゃなー!」と必死に止める地獄絵図が完成する。
そんな騒動の背後、庭の植え込みの影に、不自然な人物が立っていた。
黒いスーツに身を包み、真っ黒なサングラスをかけた怪しい男。
彼は誰とも目を合わさず、ただじっとユーマの挙動を凝視していた。
クロムに見つからぬよう息を潜めるその姿は、完全にエキストラのそれであったが、そのメモ帳にはユーマの能力とチート勇者の能力を比較する、実に鋭い分析が書き込まれていた。
「いい加減にしてください、咲さん! 無許可の掘削はダメです!」
ミラが悲鳴を上げる。咲は「この屋敷は、研究意欲の魔石箱やー!」などと、また意味不明なことを口走る始末。ミラは面倒くささのあまり、つい口を滑らせてしまった。
「分かりました! それならあなたは今から、ギルド暫定承認『現実性確認調査官(仮)』です! ですから穴掘りはやめて、ギルドの資料室で大人しくしていてください!」
咲は「調査官(仮)? 公認の役職ですね!」と大喜びでし、その足でギルドに向かって激走し、資料室へ突撃していった。
「……ミラさん。そんな役職、ギルドにあったっけ?」
ユーマがきょとんとした顔で聞くと、ミラは溜息をつき、虚ろな目でこう答えた。
「……あるわけないでしょう。適当です。肩書きを与えれば少しは大人しくなるかと思ったんです……」
しかし、現実は残酷だった。
ギルドに駆け付けたユーマとミラは、酷い惨状を目の当たりにする。
デタラメな肩書きを得た咲は、ギルドの貴重な図鑑を広げ「このドラゴンの骨格、重力無視しすぎです!」やら「ここ、軟骨じゃないとおかしいです!」などと、現世の生物学に当てはめながら、片っ端から赤ペンで添削を始めたいた。
「ああーっ、もう! それは国宝級の初版本も混じっているんですよ!」
ミラの絶叫が資料室に響き渡り、ユーマが慌てて咲を引き剥がしに向かう。
そして騒動がギルドへと移る中、屋敷の庭の片隅から、熱い眼差しでクロムをジッと見ていた黒スーツ男の影が、寂し気に姿を消した……。
こうして、誰も気づかない日常の歪みが、また一つ、深まっていった。
あの……そろそろ、飽きてません??
もう全体の半分は過ぎました。ここまで頑張って来たじゃないですかぁぁ?? もう少し…あと少しです! どうか歯を食いしばって、最後までお付き合いくださいませ。




