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第五十四話:弾丸ポニーテール少女・朝倉咲参上!異世界の態系を解明せよ

街の冒険者ギルド。


受付カウンターで、ミラは一人の少女に詰め寄られていた。


「ですから! あの時の彼ですってば! あの箱が、こ……こうなった瞬間の、あの感じです!」


探しているのはどうやらユーマようだが、興奮しすぎて支離滅裂になっている。

彼女曰く『ダンジョンにいたんだから、きっと冒険者に違いない』と当たりを付けてギルドにやって来たとのこと。


「絶対おかしいですよ!? 私、もう一回ちゃんと見たいんです!」


「……個人情報はお教えできません」


「場所だけでも! よく行くお店とか、だいたいの方角とかでも!」


「お教えできません」


咲は唇を噛む。


「あなたも、あの時、いましたよねー?」


「何を言われても、お教えすることはできません」


「理屈とかはいいんです! もう一回『アレ』を見たいんですってば!」


いくら力説されても、ミラは事務的な笑みを崩さない。


「朝倉咲さん。まずは依頼をこなして、経験を積んではいかがですか? 薬草採取など──」


「うぅ……! 私は冒険者になりたいわけじゃないんです!」


咲は一瞬だけ考える。

そして顔を上げた。


「……分かりました。なら自力で探します!」


どう反応していいのやら、ミラも困っている。


「ターゲットは逃げませんから……」


ユーマさんは、きっと逃げますよ。そう言いたい気持ちをぐっと我慢して、ミラは受付スマイルを崩さなかった。恐らくそれは正しい。面倒くさがりやのユーマのことだから。


「あれは、絶っっ対に『たまたま』じゃないですからー!」


ダッ、と床を蹴る。


「あ、ちょっと……!」


彼女はポニーテールを盛大に揺らして、雑踏に消えていった。

ミラは小さく息を吐いた。


(……絶対に面倒な方向へ行くわね)


カウンターの上に置き忘れた、メモ帳のページを破ったであろう切れ端。そこには殴り書きで、こう書かれていた。


『あの瞬間“ただの箱”に見えた』


ミラは大きく息を吐いた。


「ハァ…………まったく」



街の中心部。


ユーマとティアラが、買い出しのため街にやって来ると、まるで待ち構えていたかのように、若い女の子の声が響き渡った。


「見つけました! ターゲット捕捉、確保ですよ確保!」


人混みを割って、弾丸のような勢いで突撃してきたのは、ダンジョンでミミックに喰われかけていた、あのポニーテール少女──朝倉咲だった。


「うわっ、出た! あの時の箱お尻女!」


「お尻女って言わないでください! 私は朝倉咲、十九歳、女子大生です! 現世では古生物学を専攻して、毎日化石と格闘してたんですよ!」


面倒ごとに巻き込まれやすい体質のユーマは、一目見て「これは関わらない方がいい」と判断した。


「あ、そ。じゃーな。化石との格闘頑張ってッ」


「あ、待ってください! 私、あのあと凄いことに気づいたんです」


ユーマは「知らねーよ!」とティアラの手を引いて逃げ出した。だが咲は、驚異的な脚力でピタリと背後に張り付いてくる。


あなた、私と同じ世界の人間ですよね!?」


追う咲。


「は!? なんでだよっ!」


逃げるユーマ。


「だってホラ。その靴、エアが入ってますよね?」


「あんた、しつこい!」


追いかけっこに付き合い、並走するティアラ。

三人は会話をしながら、追う者、逃げる者、全力で街中を駆ける。


「エア? お、お前!? この世界の人間じゃねーのかよ!? 転移者だったんか!」


「だから大学生だって、言ってるでしょ! 私もあなたと同じで、気づいたらこのヘンテコな異世界に放り出されてた身なんです。でも絶望してる暇なんてありません!」


「はいはい。なら絶望する前に、とっとと帰れよ!」


「帰れません! あなたもそうですよね? それに帰る方法を探すより先に、この世界のデタラメな生態系を解明するのが先決なんです!」


「ってか! だったら女子大生が一人でダンジョンなんか籠って、一体何やってたんだよ!」


「何って、フィールドワークですよ! 現世では絶滅したはずの骨格が、ここでは生きたまま動いてるんです。古生物学者として、これ以上の天国ラボがどこにありますか!? あのミミックだって、咀嚼圧の計算さえ合えば……」


「数式なんていいから、も、あっち行けよ! ホラあっち」


そんな不毛な逃走劇が終わりを迎えたのは、街の北門付近がパニックに包まれた時だった。


「地竜だ! 防衛線を突破したぞ! 逃げろ!」


地響きと共に現れたのは、翼を持たない巨大な竜──地竜アースドラゴンだった。建物を容易に粉砕しそうなその巨体が、怒号と共に街路へ踏み込んでくる。


「げっ、またトカゲかよ。現実的に考えて、異世界に来てからトカゲ遭遇率高すぎだろ……」


ユーマが毒づいた、その瞬間だった。


(……え?)


後方で観察していた咲の視界が、異様な光景を捉えた。


さっきまで地面を割り、内臓を揺らすような凶悪な地響きが、急に軽くなったのだ。地竜の巨体はそのままだが、放たれる「威圧感」や「質量」のようなものが、霧が晴れるように薄れていく。


咲は目を疑った。目の前の怪物が、まるで「ただの背景」か「書き割り」にでもなったかのように、存在の強度がガクンと落ちたのだ。


「……ユーマさん。今、何をしました?」


咲が震える声で問う。


「は? ただ、デカいトカゲだなーって、思っただけだが?」


その言葉と同時に、地竜が前足を振り下ろした。本来なら石畳を粉砕するはずの一撃。だが、それは乾いた音を立てて地面を叩くだけで、衝撃波すら起きない。


咲の手帳を持つ手が、止まった。


(おかしい。あのサイズの生物なら、今の振動だけで周囲の人間は立っていられないはず。なのに、ユーマさんは平然とあくびまでしている……。今、あの魔物の『重さ』が変わった?)


「待ってください」


咲が、思わずユーマの前に踏み出した。


「あれは──恐竜ですよね?」


「は? ドラゴンだろ、普通に考えて」


「いえ、ティラノサウルスです。異世界だからって何でもドラゴンで済ましていませんか? 私たちの世界にもいたでしょう、あのサイズ、あの重量、あの咆哮。生物学的に見てそうでしょう?」


「……あ、そういやそうか。ティラノサウルスとかいたもんな、現実に」


もちろんティラノサウルスではない。異世界固有の種だ。しかしユーマが納得した、その刹那。


──ずん!!


足元から突き上げるような、圧倒的な「重さ」が戻ってきた。


地竜の咆哮が、物理的な圧力となってユーマの頬を打つ。先ほどまで「ただの大きなトカゲ」に見えていた怪物が、再び世界を支配する「暴君」としての実在感を取り戻したのだ。


「うおっ!? 急に元気になりやがったな、あいつ!」


「あ、やっぱり! やっぱりそうです!」


咲は興奮で顔を紅潮させ、ペンを走らせる。


「ユーマさん、喉元です! 恐竜的な構造なら、あそこが一番放熱のために皮膚が薄いはず! 叩くならそこです!」


「あ、ああ!?」


「信じてください! 私は古生物学を専攻しています」


(……)


一瞬考え込むユーマ。しかしこの状況で長々と考えている余裕もない。


「ティアラ、行けるか!?」


「任せて!」


ユーマの指示を受けたティアラが、地竜の喉元へ一撃を叩き込む。

実在感を取り戻した地竜は、その痛みから逃れるように森へと撤退していった。


騒動が収まり、周囲に安堵の溜息が広がる中。

咲は、逃げようとするユーマの肩をガシッと掴んだ。


「……ユーマさん。一つだけ聞かせてください」


「なんだよ、怖い顔して」


「さっき、あの魔物を『トカゲ』だと思った瞬間と、私が『恐竜だ』と言った瞬間で……何か感覚が変わりませんでしたか」


「んん? なんだそれ」


「お願いです。答えてください」


「……ま、まあ。急にアイツがやる気出したような気はしたけど。別にいつものことだしな」


「本当に、それだけですか?」


「だってトカゲはトカゲじゃん? 恐竜だろうが何だろうが、デカい爬虫類だろ」


ユーマは面倒くさそうに鼻をかいた。


咲は何も言わず、手帳に視線を落とした。ユーマには見えない角度で、彼女は震える文字を書き記す。


『仮説:彼の「認識」が、対象の物理法則を書き換えている?』


その一文に力強く線を引き、その下に決意を込めてもう一行。


『要:継続観察。これじゃノーベル賞どころの騒ぎじゃありません!』


咲は顔を上げると、逃げ腰のユーマに向かって、今日一番の元気な笑顔を見せた。


「決めました! 私、今日からあなたの私設研究員になりますから! よろしくお願いしますね、ユーマさん!」


だよ!!」


ユーマの絶叫が、夕暮れの街に空虚に響き渡った。

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