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第五十一話:街を滅ぼす魔力爆弾を「無害化」したユーマと、戦慄するゼノン

暗く湿った洞窟の奥で、ルージュは不機嫌そうに溜息をついた。


「まったく、引っ越しはこれだから嫌だわ。あんな魔王城でも、それに慣れたあとここへ来ると、ただの不衛生な岩穴にしか見えないわね」


彼女がわざわざ旧居であるダンジョンに戻ってきたのは、ドラゴンの姿だった頃にお気に入りだった、魔力を溜め込む性質のある「鱗の欠片」を回収するためだった。今は人間の姿をしているが、あれは彼女にとって大事な宝物の一つだった。


(ん……誰かしら)


回収を終えて帰ろうとしていると、不意に前方から話し声が聞こえ、ふと足を止めた。岩陰に身を潜め、様子を伺うルージュ。


「ちょっと! ちゃんと私の指示通りに動いてください!」


(女神が……なぜここに?)


ルージュは、しばらくの間、岩陰から様子を伺った。


やたら張り切って指示を飛ばしている女神。その側には聡明な雰囲気を醸し出して、

記録を取っている女や、周囲を警戒する猫族の娘がいる。


(……あら、あのお姉様、胸だけが異様にでかいわね。肩が凝らないのかしら)


その爆乳のお姉様に支えられ、情けない声を上げている男がいる。


「うわぁ、暗いよ怖いよぉ……シルフィさん、もっと近くにいてくれない? じゃないと僕、暗闇の恐怖で死んじゃうよ」


「もう、ユーマさんは甘えん坊さんなんだから」


「なにが『僕』よ! 気持ちの悪い!」


男は、猫族の娘から蹴りを入れられている……。

三日月目で鼻の下を伸ばして、確信犯的に大きな胸に自分の肘をぷにぷに押しつけている。


(あぁ……なんてアホそうな男なの)


あまりの馬鹿馬鹿しさに、ルージュは岩陰に隠れている自分が滑稽に思えてきた。その間も女神は、この阿呆みたいな状況下にあって尚、得意げに指示を出している。


「ここは元々、神話級のドラゴンが住み着いていたヤバい場所なんですよ? その主がいなくなった今、パワーバランスが崩壊して、魔物たちが殺気だっているかもしれないんですよ」


そう言って、女神が顔を正面に戻すと。


「あ……出た!!」


そこにルージュの顔があった。


「うあっ、びっくっったー!!」


「あら、女神様ともあろうお方が、こんなところで一体何をしているのかしら?」


ルージュは皮肉めいた口調で尋ねる。すると女神は不機嫌そうに、こう言った。


「何って、お片付けに決まってるでしょ! あなたが急に引っ越すもんだから、ここの魔力バランスがガタガタになってるじゃない! 全く、立つトリが跡を濁しまくってるじゃないの! 天界の女神が直々にメンテナンスしてあげてることに、感謝してほしいくらいよ!」


そう言ってぷりぷり怒り散らす女神の側に、同行者の姿が──賢そうな女、猫族の娘、そして異常なほど胸の大きな女。


「三人の美女に囲まれる、アホそうな男ご一行、といったところかしら?」


ルージュが冷笑する。


「初対面でアホそうとか、失礼な奴だな!」


そう叫ぶユーマに、すかさず「前に会ってるでしょ……」と、小声で耳打ちするティアラ。


「え。そうだっけ?」


「あんたさぁ、私と初めて会った頃に比べて、どんどんアホになってない?」


ティアラの言うことも最もだ。理由は不明だが、以前はここまで鈍くもなかったし、忘れっぽくもなかった。


二人のアホみたいな会話がこれ以上続かないよう、ここでミラが適当な話を振った。


「……あ、そうそう。因みになんですが、クロム様とバッシュはですね、今回は一身上の都合で来られなかったのですよ、ルージュさん」


「なぜ、私の名を?」


意外そうな顔をするルージュ。


「一応これでも、私はギルド職員です。あなたの存在と名前くらいは知っていますよ」


「ほぉ……」


「まさか今回、あなたが関わっていたなんて、思いもしませんでしたけどね」


そう言って話をひと段落させようとするミラを押しのけて、女神が楽しそうに補足を入れた。


「あの二人は、ダンジョンで迷子になって、それがトラウマになったようです。だから今日も、誘っても凄い剣幕で『あの場所には二度と近づかん!』って、バッシュと一緒に屋敷で震えています」


ルージュは「以前の魔王なら、私も知っているわ。なるほど、そんなことが──」と失笑していた。


その後もどうでもいいような会話が続いたが、ダンジョンから立ち去る際に、ルージュははこう言い残して去って行った。


「魔族の内情なんて、詳細までは知らないけど、今の魔王は腑抜けているわ。確かに憎めない性格だけど……魔王の器ではないことだけは確かね」



魔王城に戻ったルージュは、事務机で眉間に皺を寄せているゼノンを見つけるなり、椅子を引いて座った。


「ただいま。ねえゼノン、さっきダンジョンに荷物を取りに行ったのだけど、変な集団がいたわよ。女神を含めた五人」


ゼノンが顔を上げる。


「ほう、どなたですかな。まさか兄上とバッシュがいたのでは?」


「いいえ。女神に聞いたけれど、あの二人は以前、あのダンジョンで迷子になったのがトラウマで、死んでも行きたくないって屋敷で震えて留守番してるそうよ」


一瞬、間があり、ゼノンは椅子から転げ落ちんばかりに身をよじらせた。


「ぶはっ!! はっはっはー! あの最強の元魔王ともあろう兄上が、ただの迷子で引きこもりとは! いやはや愉快、実にも愉快ですぞ!」


床を叩いて爆笑したゼノンが、ようやく呼吸を整えてルージュに向き直る。


「失礼。……それで? 女神の他に誰がいたのです?」


「そうね、まずは……。やたらと賢そうで、堅い雰囲気の女」


「元四天王筆頭の、ミラですな」


「次に、活発そうな猫族の娘」


「ふむ、ユーマという男の『女』だと報告にある娘ですな。……それで?」


「あとは、そう。歩くたびに揺れて、視線をどこに置いていいか分からないほど胸だけが異様に大きい、落ち着いた女性」


「間違いありません。元四天王のシルフィですな。で、最後の一人は? その者が率いてたのでは?」


「率いる? まさか。胸の大きな女に支えられながら、鼻血を出してヘラヘラしていた、最高にアホそうな男よ」


ゼノンはガタッと椅子を蹴って立ち上がった。


「そいつだ!!」


「えっ、なによ急に」


「ルージュ殿! 私はこれより、旧居ダンジョンから魔王城へ、転居受け入れ先の『大家として』女神殿に正式な挨拶に向かいますぞ!」


「……あなた、さっきの爆笑はどこへ行ったのよ」


怪訝な顔をするルージュを尻目に、ゼノンは内心で猛烈な期待と警戒を走らせていた。


(兄上が不在の今こそ、チャンスだ。あの男のこと……)


ゼノンは考えた。これまでの報告通りなら、先生と似た力を持つ『ユーマ』という男を、この目で直接確かめるチャンスかもしれない! と。



ダンジョンへ急行したゼノンは、作業中の女神に歩み寄った。


「これはこれは女神殿。お噂はかねがね聞いておりますぞ──。現魔王として、そして大家として、厚く御礼申し上げます」


皆が動きを止める中、シルフィだけは視線を一瞬向けただけで、すぐに作業へ戻った。


「あ、魔王の弟さんじゃない! 律儀ですね。でも、まあ、感謝するならもっとお供え物とか持ってきてもいいんですよ?」


ゼノンと女神は、ひと通り「大家と不動産屋の会話」のような茶番を済ませたあと、ほんの一瞬、腹の探り合いのような空気になる。が、ゼノンはそこでふと、端で独り言を言っているユーマに目がとまった。


ユーマが見つめているのは、壁から突き出た「極大魔力結晶」だった。

それは、数百年もの間ドラゴンの魔力に晒され続けたことで変異した、言わば『魔力の爆弾』だ。熟練の魔導師が全力の結界を張ってようやく数秒耐えられるかというほどの、凶悪な放射魔力を放っている。


「うわ、これ、光るのか。……ってか、触ると熱いな。現実的に考えて、石が自ら発熱するとか、どんな熱力学だよ。危なくてしょうがないっての」


「あ、ちょっとユーマさん、ダメですダメです! それに素手で触れたら、このダンジョンごと消し飛んで、私たちみんなお星様になりますよ!」


女神が顔を真っ青にして叫ぶ。ゼノンも反射的に防御魔法を構築しようと身構えた。


危うい瞬間だった。


シルフィは、ゼノンの術式を冷めた目で一瞥していた。

ミラは結晶ではなく、ゼノンを注視していた。


「あっ!」


女神が声を上げる。


しかし、ユーマの指が結晶に触れた瞬間、パチパチと周囲の空間を歪めていた極大の魔力が、ふっと霧散した。


それは中和されたのではない。まるで最初からそこに「魔法的な力」など宿っていなかったかのように、世界側がユーマの常識に合わせてくれたようにも映る瞬間だった。


「お、取れた。意外と脆いな」


ユーマがポロッともぎ取ったのは、ただの「光るだけの石ころ」だった。

かつて街一つを滅ぼしかねなかった高密度の魔力は、どこにも存在しなかった。


ゼノンの背筋を、これまで経験したことのない戦慄が駆け抜ける。


(……ありえん。魔力の中和でも、吸収でもない。あの男が触れた瞬間、あの結晶は『この世界の理』から切り離された……? まさかな)


ゼノンは、数日前に先生が最強の結界を「建付けの悪い扉」として蹴り飛ばした光景を、鮮烈に思い出す。


先生が門を蹴った時の、あの、魔法そのものがゴミのように扱われた感覚。そして今、このアホそうな男が結晶を「ただの石」に変えた光景。


(……偶然ではない。もし、彼らが共通の『何か』を持っているのだとしたら。……いや、まさかな。あんなにデレデレしている男と、畏怖の対象である先生を並べて考えるなど、あまりに馬鹿げている)


ゼノンは震える手で、額の汗をぬぐった。


「ちょ、ちょっと見て見て! この石メッチャ綺麗だよ! 魔王城の庭にでも飾ったら?」


能天気なユーマが、その「無害化した爆弾」をゼノンの鼻先に突きつけてくる。ゼノンは引きつった笑顔を浮かべた。


「……ええ、そうですね。非常に『普通』の石に見えますな」


結局、ゼノンはそれ以上の思考を止めた。

だが、胸の奥底にトゲのように刺さった「重なる既視感」は、消えることなく澱のように沈んでいった。


魔王城へ帰る道すがら、ゼノンはもう一度、兄クロムが迷子になったという情けない話を思い出し、必死に笑い飛ばそうと試みるのであった。


「……笑えん」

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