第四十八話:「私と比べたら?」不器用なティアラと、デリカシー皆無な男
数日間に及ぶダンジョン調査と、それに伴う「夫婦喧嘩」の余波が収まり、屋敷にはようやく日常が戻りつつあった。
そこへ、ギルドでの山のような事後処理を終えたミラが、疲れ果てた様子で帰宅した。
「ただいま戻りました……。全く、街の復旧予算の申請だけで一苦労ですよ」
ミラがリビングのソファに腰を下ろすと同時に、ユーマがこれまでの経緯をざっと説明した。もちろん、ドラゴンが擬人化してムチムチの美女になったという、ギルドには報告しづらい詳細は、ちゃんと口止めをした上で……。
「……なるほど。ドラゴンの夫婦喧嘩ですか。原因はともかく、彼らが暴れる理由がなくなったのであれば、ギルドとしても『自然沈静化』として処理できます。ですが……」
ミラは鋭い目で女神を見やった。
「女神の先ほどのお話、少しおかしくありませんか? ダンジョンは彼らのマイホーム(新居)だったのでしょう? 奥さんの方は、一体どこへ去って行ったのですか 行き先が不明ではギルドとしても不安が残ります」
「えっと……私も詳しくは知らないんですがぁ、彼女と話しているうちに、彼女自身が『ああ、私が束縛しすぎたから逃げたのね』って気づいたみたいで……」
女神が頭を掻きながら、視線を泳がせる。
「つまり、浮気じゃなくて、ただの家出だったと?」
ミラの言葉に、即答する女神。
「そうです、そうです! それで彼女『旦那を探して謝りに行く』って言って、どこかに去って行きました。旦那さん、今頃どこに隠れてるんでしょうねぇ。うふふ」
「おい女神! そんな話、俺たちは聞いてないぞ。お前ホントその場のノリで適当なこと言うよなぁ。そういう大事な話は、ちゃんとその場で報告しろよォォ」
そう言ってユーマは呆れ果てた。
すると隣でお茶を飲んでいたシルフィが、思い出したように会話に割って入った。
「あの! ダンジョンで先客がいた時のこと、覚えていますか?」
「ああ、いたわね。なんかエコーのかかった不気味な声のやつらね」
ティアラがそう答えると、そこでシルフィは再確認をした。
「その最後尾に、幼い女の子がいましたよね?」
「それが、どう関係あるのよ?」
不思議そうに首を傾げるティアラ。
女神は「それだ!」と言わんばかりに横入りする。
「なるほどー! その子、角が生えてましたよね。奥さんのドラゴンがああやって擬人化したのでしたら、その女の子もドラゴンが擬人化した姿なのでは?」
「ん……いや、まぁ。それなら幼女は一体誰が擬人化させたんだよ……妙な話だよなァ」
ユーマが首を捻り、心底不思議そうに呟いた。その瞬間リビングに微妙な空気が流れた。
全員の視線が、一点に、すなわちユーマへと注がれる。
(……それ、お前が言うか?)
奥さんドラゴンを前にし「どうせ擬人化するなら、おっぱい大きいグラマーな子がいい」なんてことを叫び、実際にその通りに擬人化させてしまった張本人は、間違いなく目の前のこの男なのだ。
だがユーマ本人は、いまだ「現実主義」という特殊なスキルを、全く自覚していない。
「な、なんだよ。みんなして俺の顔見てさ。俺なんか変なこと言ったか?」
(自覚がない、この男が、一番恐ろしい……)
その場にいた皆に、強固な連帯感を含んだ呆れが充満した。
「……あの。もう一つ、いいでしょうか? その女の子が、もし旦那さんのドラゴンだったとしたら、一つ決定的な矛盾がありますわね」
そう言ってシルフィが、強引に話を戻した。
「あ、そっか! もし旦那ドラゴンが擬人化したんだったら、男の子じゃないとおかしいよね? あの子、誰がどう見ても幼い女の子だったし」
今日のティアラは、いつもより冴えていた。
「ええ、そうです。あの集団の最後尾にいたのは、紛れもなく可憐な少女でした」
シルフィも確信を持って頷く。
謎は、深まるばかり──。
もしその「角の生えた子」が本当に旦那だったとして、「女の子」の姿をしていたのはなぜ?
それはユーマの「現実主義」とは別ベクトルの、さらにデタラメな何かが、このダンジョンのどこかで、ユーマたちとすれ違っていたことを意味している。
そんな者は、ただ一人だ。
しかしダンジョン内では、遠目で人物の確認は取れなかった。つまり誰もその核心に触れることはなかった。
「……ま、結局よく分からないけど、今回の話は全体的に妙な感じだったよな。とりあえず、もう大きな揺れは来ないんだろ? ならいいよ」
誰も、その「違和感」の正体に気づくこともなく、ユーマの適当な締めで、あっけらかんと”その話”は締めくくられた。
その正体を知るのは、もう少し先の話になる。
「……ところで」
ミラが立ち上がり、廊下の壁に飾られた、あの「完璧な円形」が描かれた額縁に目を留めた。
「この『元魔王軍・聖戦の記録』というのは? この不可解な幾何学模様は、一体何なのですか?」
「ああ、それ……」
ユーマが、先ほどまでの不思議な空気など忘れたかのように、吹き出しながら答える。
「バッシュたちの『安全へのこだわり』が産んだ、結晶みたいなもんだよ」
「……? よく分かりませんが、この歪なまでに綺麗な円からは、ある種の狂気すら感じますね」
ミラの冷徹な一言に、自室で静養していたクロムとバッシュの微かなすすり泣きが聞こえてきたのは言うまでもない……。
◇
──その夜。
「……ねえ、ユーマ」
報告会が終わった後、ユーマがソファに座っていると、ティアラその隣に座った。
「ん? どうした」
「あのドラゴンが擬人化した美女……どうだったの?」
「え? 何が?」
「だから! 見た目とか……その、どんな感じだったのかなって」
ティアラの声に、いつもと違う微妙なトーンがある。しかしユーマは、それに気づかない。
「ああ。まあ、確かにすごい美人だったな。スタイルも良かったし」
「……ふーん」
ティアラが視線を逸らす。
「なんだよ? つーかお前も現場にいただろ」
「そうね……うん。ただ聞いただけ……」
「なんかお前、変な質問するなぁ」
「変じゃないわよ。情報収集よ、情報収集」
「情報収集? 何の?」
「今後の参考」
「意味分かんねえ」
ユーマが首を傾げると、ティアラは少しだけ語気を強めた。
「で、その美女、どれくらい美人だったわけ?」
「だから、すごい美人だったって言っただろ。それにお前だって、目の前で見ただろ? なんでわざわざそんなこと聞くんだよ」
「あんた、ダンジョン内で『暗くて見えな~い♪』とか言ってシルフィにベッタリだったけど、擬人化したあの時だけはやけに目がパッチリ開いてたじゃない!」
「はぁぁぁ? 俺、そんな言い方してなかっただろっ! パッチリも開いてないわ!」
「そんなことはいいのよ! で、具体的には?」
「具体的って……お前、何と比べればいいんだよ」
「…………例えば、私と比べたら?」
テーブルのあと片付けをしていたシルフィが、横からそっと口を挟んだ。
「ティアラさん、それは比較対象として不適切ですよ」
「何よ、シルフィ! だって……」
「いえ、そういう意味ではなく。ご主人様は『比較する』という発想自体を持っていないでしょうから」
「……は? どういうこと」
ティアラとシルフィの視線が、ユーマに向く。
「いや、だって比べようがねえだろ。タイプが全然違うし」
「タイプ?」
「あっちはドラゴンだし、お前は……まあ。猫──いや、お、お前だし」
「『お前』って何よ!」
「お前は、お前だろ」
「だから、それが何なのよ!」
「知るか! お前が勝手に聞いてきたんだろ!」
ティアラが立ち上がり、ユーマの頭をクッションで叩く。
「もういい! 聞いた私がバカだったわ!」
「最初からそう言ってんだろ!」
二人の、いつも通りの軽い小競り合いが始まった。
シルフィは、そんな二人を眺めながら、小さく微笑んだ。
「……ご主人様も、ティアラさんも、不器用ですね」
その呟きは、二人には聞こえていなかった。




