第四十七話:地獄のライブ配信!慎重が故に正解(真ん中)を外し続ける円舞曲
ダンジョンの騒動が一段落してから数日が経過した。
街の水道も無事に復旧し、屋敷にはいつもの少し騒がしい、けれど平和な日常が戻っていた。
リビングで淹れたてのお茶を啜っていたユーマだったが、ふと胸の中にあった「小さな違和感」に気づく。
「……あれ? そういえばさ。クロムとバッシュ、まだ帰ってきてなくない?」
ユーマが思い出したように呟いた。その一言に、その場にいた全員の動きがピタリと止まった。
「「「あ……」」」
一同が顔を見合わせる。
ダンジョン調査からすでに三日が経過している。二手に分かれた際、意気揚々と右の通路へ消えていったあのポンコツコンビの姿を、そういえば帰還してから一度も見ていない。
「ねぇカガミ『天界の純水晶片』は、どうなったの? あいつらの映像とかは見てなかったわけ?」
ティアラが視線を向けると、カガミはリビングの隅で、置物のように静まり返っていた大きな水晶を慌てて起動させ、顔を青くして中を覗き込んだ。
「……い、今、同期に成功しました……。ど、どうやら今はバッシュが……持っているようです。魔力の波形が、激しく乱れています……!」
「あ、そうだったわ! 俺、ダンジョン入る前に、バッシュにふんだくられてたんだった……」
ユーマが頭を掻く。あの時、バッシュは「我々の勇姿を映せ!」と鼻息荒く水晶片を奪っていったのだ。
「ずっと……砂嵐のような、変な映像が流れているのですが……。み、皆さんも、見てください……。角度を調整します……」
カガミが水晶の向きをゆっくりと変えると、そこに映し出されたのは、一同の予想を遥かに超える「地獄」の光景だった。
◇
どうしてこんなにポンコツなんだろう? 口にこそ出さないが、皆がそう思っていた。
「カガミ、いい加減こっちから『そっちは行き止まりのゴミ捨て場だぞ』って教えてやれよ! 腹痛てぇ、もう見てられねぇよ!」
ユーマが笑い転げながら叫ぶが、カガミは困り果てた顔で水晶を操作していた。
「あ……言っていませんでしたっけ? これ、映像と音声を『受信』することはできますが……こちらの声を届ける機能は……ないんです。天界の安物ですから……」
「え、つまり? あいつらのアホ面を眺めることしかできないってのか!?」
「はい……一方通行です……」
カガミの無情な宣告とともに、水晶から「ザザッ……」とノイズ混じりの音声が流れ始めた。
◇
『閣下! この一本道、あまりにも簡単すぎます! ここは迂回した方が……』
水晶の中でバッシュが壁を指差している。目の前には、何の変哲もない真っ直ぐな通路が続いているだけだ。
『うむ……確かに、こうも素直な道は逆に怪しいぞ』
クロムが顎に手を当て、深刻な表情で頷く。
『では、こちらの横穴に!』
「横穴ってどこだよ!? お前が今、拳で空けたとこじゃねえか!」
ユーマが水晶を指差して叫ぶ。
映像の中のバッシュは、壁に豪快な穴を開け、そこから横道へと進んでいく。クロムもそれに続いた。
『閣下! これは罠かもしれません。横穴に入りましょう』
数分後、またしてもバッシュが別の壁を殴り、ぶち抜いていた。
『閣下! 今度こそ罠です! 横穴を!』
さらに数分後、三度目の壁破壊。
『……お前はさっきから、そればっかりではないか!』
クロムがついにバッシュをたしなめた。
「やっと気づいたわね……」
シルフィが呆れた表情で水晶を眺める。
「でも遅いわよね。もう何か所、壁に穴開けたのよ」
ティアラが肩を震わせて笑いを堪えている。
◇
『私は……反省したぞ。これからは公平に意見を出し合おう』
『その通りです、閣下!』
水晶の中で、二人が真剣な表情で頷き合っていた。しばらくして道が二手に分かれた場所に差し掛かった。
『閣下、私は右かと思いますが……閣下のご判断は?』
『私は左だと思うが……』
クロムが腕を組んで考え込む。
『……いや、バッシュ。お前の直感を信じよう。よし、右だ!』
『いえ、閣下の直感こそ正義です! 左へ参りましょう!』
「どっちかにしろよ!」
ユーマが水晶に突っ込む。
『……では、折衷案で真ん中を行くぞ』
『御意!』
二人は意気揚々と、右でも左でもない中央の通路へと進んでいった。
数分後──。
『……ん? ここは、さっき通らなかったかのう?』
『いえ、初めてかと……あ、いや、この壁の傷……』
また分岐点。
『閣下、今度は左かと……』
『私は右だと思うが……いや、お前の意見を尊重しよう。左だ』
『いえいえ、閣下こそ! 右へ!』
『……真ん中だな』
『御意!』
「ループしてるわよ! きっと真ん中は全部ループ構造なのよ!」
ティアラが水晶を叩いて叫ぶが、当然声は届かない。
三度目の同じ分岐点。
『……おかしいのー。どうも同じところをぐるぐると……』
『きっと高度な幻惑魔法です、閣下! 惑わされてはなりません!』
『うむ! ならば今度こそ真ん中を!』
「学習しろよォォォォ!」
ユーマが水晶に向かって絶叫した。
◇
四度目の分岐。今度は左右に石像が立っており、どちらかを動かせば扉が開く仕組みのようだ。
『閣下、どちらを……』
『お前の判断で行け』
『いえ、閣下のご判断を!』
『いや、さっきはきつく言いすぎたしな……お前を信じる』
『私はさっき一本道を警戒しすぎて閣下にご迷惑を……ですから、閣下のご判断こそ!』
『いやいや……』
『いえいえ……』
「どっちでもいいから、早く動かせよ!」
ユーマが頭を抱える。
そして──。
ガシャン!
扉が自動で閉まった。
『……あ』
『……閣下』
『……うむ』
沈黙。
「……ぷっ」
シルフィが吹き出す。
「あははははは! タイムオーバーよ! 譲り合いの精神が仇になったわね!」
ティアラが床を転げ回って笑っている。
◇
『……よし、バッシュ。もうこれ以上迷うのはやめだ』
『御意! では、どうしましょう』
『危うそうなところは全て避ける! 安全な道だけを選ぶぞ!』
『なんと賢明な! さすが閣下!』
二人は意気揚々と歩き始めた。
床に亀裂がある通路──回避。
天井から水滴が垂れている通路──回避。
壁に苔が生えている通路──回避。
「……あのさ」
ユーマが水晶を見ながら、カガミに尋ねる。
「あいつら、今どのルート通ってる?」
「ええと……」
カガミが水晶に手をかざすと、ダンジョンの全体図が浮かび上がった。そこにはクロムとバッシュが通った道筋が、光の軌跡として記録されていた。
その軌跡は、完璧な円を描いていた。
「……円、だな」
「……ええ、円ですね」
「しかも三周目か」
「四周目に入りました」
沈黙。
そして──。
「うひひひひひ!」
ユーマが床を叩いて笑い転げる。
「あーはっはっは! もうダメ、お腹痛い!」
ティアラも涙を流して笑っている。
「ご主人様……彼ら円を描いていることに、全く気づいていないようですね……」
シルフィも口元を押さえながら、肩を震わせている。
水晶の中では、クロムとバッシュが真剣な表情で「安全な道」を選び続けていた。
『閣下、順調ですな!』
『うむ! この調子で進めば、必ず出口に……』
五周目突入。
「誰か止めてやれよォォォォ!」
ユーマの絶叫が、屋敷のリビングに響き渡った。
それから程なくして──その瞬間は、やってきた!
屋敷のリビングでは、もはや笑いすぎて息も絶え絶えなユーマたちが、水晶に映る「五周目」を終えようとするポンコツコンビを眺めていた。
「おい、見てろよ……。またあの分岐に来るぞ……!」
ユーマが涙を拭いながら画面を指差す。
水晶の中では、泥まみれのバッシュが、もはや一周回って神々しいほどの真剣な表情で、見慣れた壁の苔を確認していた。
『閣下、確信しました。この先の微かな風……。これこそが敵の目を欺き、安全へと導く唯一の福音です!』
『うむ、バッシュよ。お前の慧眼には恐れ入る。さあ六周目だ! 慎重に進むぞ!』
「六周目入ったァァァァ!」
ティアラがソファをバンバン叩いて悶絶する。
だが、その時だった。
二人が「完璧な円」の六周目を描き切った瞬間、水晶の中に地響きのような音が鳴り響いた。
『なっ、なんだ!? 敵の襲来か!』
『いえ、閣下! 見てください、円の中心の壁が……!』
二人が「危ないから」と頑なに避け続けていた円のど真ん中の壁が、ガラガラと崩れ、そこから眩いばかりの日の光が差し込んできたのだ。
「……え、出た?」
ユーマが呆然と呟く。
「……解析しました。どうやらその通路……古の設計者が『慎重に慎重を重ね、同じ道を六回確認するほどの臆病……いえ、慎重さを持つ者』にだけ開くよう……設定した隠し通路だったようです」
カガミが、何とも言えない表情でデータを読み上げた。
「……あいつら正解引いたのかよ。一番バカな方法で!」
◇
夕暮れ時。
二人の「戦士」が屋敷の門をくぐった。
鎧は泥と苔でコーティングされ、もはや何色の金属だったかも判別不能。だがその表情には、巨大な試練を乗り越えた者だけが持つ、清々しいまでの達成感が宿っていた。
「ただいま戻ったぞ、ユーマ! ふっ、少々手こずらせてくれたわ」
クロムが、ボロボロのマントを翻して胸を張る。
「ユーマよ! 私たちはついに、あの魔宮の仕掛けを全て解き明かしたぞ! 私の判断は全て……全て正解だったのだな!?」
バッシュがすがるような、しかし確信に満ちた目でカガミに問う。
「……はい。ルートの選択……罠の回避……そして最終的な解錠条件の達成……理論上、全て『正解』でした」
カガミが事務的に、しかし残酷な補足を続ける。
「最短ルートに比べ、距離にして十倍……、時間にして二十倍かかりましたが……安全性だけは100%でした。……お見事です」
「十倍?」
バッシュの笑顔が、パキリと凍りついた。
「まあ、いいじゃない。おかげでこっちは、最高のエンターテインメントを楽しめたんだからさ」
ユーマが肩を震わせながら、二人の背中を叩いた。
後日談──。
消えない呪縛
その日の夜。夕食を終え、各自が自室へ戻ろうとした時のことだった。
二階へ続く廊下には、左右に分かれる階段の分岐で、先頭を歩いていたバッシュが、不意に石像のように硬直した。
「……バッシュ、どうした。早く行くぞ」
後ろから来たクロムも、バッシュの視線の先──左右の階段を見た瞬間、その場でぴたりと動きを止めた。
「……閣下。どう、思われますか」
「……うむ。右は……手すりに傷がある。罠の可能性があるぞ」
「左は……照明が少し暗い。伏兵が潜んでいるかもしれません……」
「……」
「……」
二人が真剣な顔で、リビングから部屋までたった十メートルの廊下で「熟考」を始めた。
「「「やめろォー!!」」」
後ろから来たユーマ、ティアラ、シルフィの三人が、同時に叫んで二人を蹴り飛ばした。
*
翌朝。
その廊下の突き当たりには、一枚の立派な額縁が飾られていた。
カガミが昨夜、徹夜で清書したというその地図には、完璧な黄金の円を描く「光の軌跡」が記され、下には丁寧な文字でこう題されていた。
【元魔王軍・聖戦の記録 ── 勇気ある六周の円舞 ──】
「……カガミ。これ、いい加減に外してはくれんか」
クロムが額縁の前で膝をつきながら、消え入るような声で懇願する。
「いえ、これは皆さんの安全意識の高さを象徴する、歴史的資料ですから」
カガミはいつになく断固とした態度で、水晶を磨きながら答えた。
その横を通るたびに、ユーマの笑い声が屋敷中に響き渡り、クロムとバッシュは、しばらくの間、屋敷の「角」を見るたびに激しい動悸に襲われることになるのであった。




