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第四十六話:擬人化幼女は「人妻の旦那」性別誤認の残念な結末

魔族側の足音が完全に消え、ダンジョン内に再び静寂が戻った。

ユーマたちが、最深部の中心部──かつて何かが封印されていたかのような、広大な円形の広場に立ち一息入れていた、その時。


不意に女神が両手で頭を押さえ、声を上げた。


「あ! 思い出しました!!」


その声に、びくっと体を震わせるユーマ。


「な、なんだよォ! 急に大声出すなよ、ビックリしただろ!」


「すみません」


「……で、何を思い出したんだよ?」


「夢の続きです! 以前、私が適当に……いえ、慈悲深く仲裁した、あの二体のドラゴンのことです!」


女神以外は皆、目が点になった。その説明では全く要領を得ず、何が言いたいのか理解できない。しかし女神の瞳には、かつての(ろくでもない)記憶が戻っていた。


「どういうことよ、女神。早く教えなさいよ」


ティアラが、女神を急かす。


「はるか昔この地には、世界を物理的に粉砕しかねないほどの、仲の悪い最強のドラゴンが二体いたんです。戦えば地割れが起き、咆哮一つで街が吹き飛ぶ。困り果てた私は三日三晩かけて、彼らを話し合わせました。そうしたら……」


「そうしたら?」


「なんか、意気投合して、恋人同士になっちゃったんですよねぇ」


「あんた話、盛りすぎじゃない?」


「でね、でね! だから私、ちょうど空いてたこの極悪ダンジョンを『新居』として提供して、結婚させちゃったんです!」


「……はい?」


ユーマの口が半開きになる。


「つまり、ここはかつての強力なドラゴンの住処すみかだったんですか!? なんて恐ろしい……」


思わずシルフィは、周囲の岩壁を見渡して、警戒の色を強める。


「そう! そして今の揺れの原因も、きっとその二体に関係があるはずです! ほら空気がピリピリしてきたでしょ?」


女神がそう言った、まさにその直後。


「──キサマかぁぁぁ!! 私の夫を、どこへやったぁぁぁ!!」


鼓膜を突き破らんばかりの咆哮とともに、空間が真っ赤に染まった。闇を切り裂いて現れたのは、禍々しくも美しい威容を誇る、巨大な赤いドラゴンであった。


「うわっ!? とんでもないのが出たぞ!」


「ユーマ下がって! この殺気……尋常じゃないわ!」


ティアラとシルフィが武器を構えるが、ドラゴンの放つ熱量に押され、近づくことすらままならない。ドラゴンは狂乱したように周囲を破壊し、女神に向かって炎を吐きかけようとする。


「逃げたな!? あの不実なろくでなしめ! どこだ。どこに隠した!!」


「ちょっと、ユーマ! 何か言ってよ! このままだと焼き鳥にされちゃう!」


女神がユーマの背後に隠れ、悲鳴を上げる。

ユーマは熱風から顔を背けながら、半ばヤケクソで叫んだ。


「あぁ、もう! 現実的に考えてさぁ、異世界漫画とかだと、こういう時も女の子に変身するよな!? どうせ擬人化するなら俺は、俺は! おっぱい大きいグラマーな子がいいかなぁぁ!!」


ユーマがそう言った瞬間、突如、シュオォォォォ……! と、激しい蒸気とともに、ドラゴンの巨体が収縮していった。

光の中から現れたのは、燃えるような赤い髪をなびかせ、はち切れんばかりのダイナマイトボディを露わにした、大人の色気漂う美女であった。


「……へ?」


暗闇の中、ユーマの視力が、なぜかこの瞬間だけ”都合良く”その眩しすぎる「絶景」を完璧に捉えた。


擬人化した美女ドラゴンは、自身の体をまじまじと見つめると、すぐに女神の胸ぐらを掴んで詰め寄った。


「おい、女神……どうなってるんだ!」


そこからドラゴン美女と女神の間で、神聖言語による会話が数分間に渡って行われた。 ユーマたちには、その内容は一切聞き取れなかった。ただ女神が冷汗を流しながら必死に言い訳をし、ドラゴン美女が次第に呆れ顔に変わっていく様子だけは何となく想像できた。


やがて、ドラゴン美女は深くため息をつくと、裸のまま(女神が慌てて出した布を巻きながら)どこかへと去っていった。


一連の嵐が去り、ダンジョンに再び静寂が戻る。


「……おい女神。説明しろよ。今のは何だったんだ?」


ユーマが鼻血が出そうな興奮を抑えながら問い詰める。


「えーと……。結論から言うと、一件落着です!」


女神が何事もなかったかのように親指を立てた。


「「「まだ落着してねーわ!」」」


三人の声が揃う。

ここまでくると、もう、全てを話さなくてなならない空気が、完全に出来上がってしまった。


「あのォ……、話が長くなりますが。お、お時間の方は……よろしいでしょうか?」


女神は五十センチほどの小さな子供のように縮こまり、おずおずとそう言ったあと、腕組みをする三人から見下ろされ、しぶしぶ昔話を始めた。


「さっきの彼女は──実は以前、私が結婚させたドラゴンの奥さんの方だったんです。それで最近、旦那さんが浮気をしているんじゃないかって疑っていて、家中(ダンジョン中)を探し回っていたのが、今回の異変の正体で……。つまり、ただの夫婦喧嘩だったんですね」


「はぁぁぁぁ!? 夫婦喧嘩?」


ティアラが、引き攣った笑顔で尋ねる。


「はい。しかも旦那さんは旦那さんで、奥さんの束縛があまりに怖くて、外へ逃げ出していたみたいなんですよ。旦那さんの浮気相手を探し回って、魔王城上空なんかも飛んでいたみたいです」


「……つまり、この被害は全部、ただの夫婦喧嘩の余波だったってことか?」


ユーマの目に怒りの炎が灯る。


「ま、はい……。そうなりますかねぇ……? 私が昔、世界を揺るがす二体を無理やりこの狭いダンジョンに押し込めて結婚させて『めでたし』……って、あ、あれれェェ?」


「「「元凶はテメーか!!」」」


一同の怒りのツッコミが、女神の頭に炸裂した。


女神のいい加減な「結婚させれば解決」という采配を振るい、誰も寄り付かない最古のダンジョンに住まわせ、それっきり数千年もの間ほったらかし……その結果が、今回の最悪の夫婦喧嘩騒動を招いていたのである。


「よくもまぁ、数千年も放置しましたね……」


「普通それだけ時間あれば、せめて一回くらい様子を見に行ったりとかしない? ましてや神話級のドラゴンなんだから」


「そもそもダンジョンを新居にすんな! って話だよ!」


三人からのクレームは、このあとも続くこととなる。



「……被害は一応収束したみたいだけど。……女神、お前、反省してるか?」


屋敷に戻ったあと、ユーマからジト目で責められる女神。


「反省? うーん……。世界は平和になったし、水道も直ったじゃないですか。 終わりよければすべて良し、ですよ!」


女神は今日も、一切反省していなかった。



翌日、魔王城では。


平和が戻った城内で、ゼノンとチート勇者は、例の「ドラゴンの女の子」を眺めながら茶をしばいていた。少女は相変わらずチート勇者の懐に収まり、幸せそうにお菓子を食べている。


「ところでよ、ゼノン。改めて見るとこの子……なんでこんなに黒いんだ?」


チート勇者がふと、少女の角や髪を指差して尋ねた。


「え? 何を今更。ドラゴンだった時も、漆黒の鱗だったではありませんか」


ゼノンが不思議そうに答える。


「いや、だってよ。城の上を飛んでたのは、真っ赤なドラゴンだったじゃねーか。だから俺はてっきり、赤いお姉さんを想像してたんだが……」


チート勇者の言葉に、お菓子を食べていた少女が、不思議そうに首を傾げて言った。


「え? 赤いのはボクの奥さんだよ? ボクは最初から、自分のこと『ボク』って言ってたでしょ?」


「「…………え」」


チート勇者とゼノンの動きが、完全に停止した。

城の上空にいたのは「浮気(勘違い)を疑って激昂していた奥さん(赤)」であり、ここにいるのは「奥さんの恐怖から逃げ出していた旦那さん(黒)」だったのである。


「……え、じゃあ、俺がさっき頭撫でて『酒飲もう』とか言ってたのは……」


チート勇者は、苦虫を噛み潰した顔をした。


「うん! お酒、楽しみにしてるよ、おじさん!」


無邪気な「旦那さん(幼女化)」の笑顔。


性別誤認。そして、人妻(赤ドラゴン)の、旦那(黒ドラゴン)を幼女化し、懐かせてしまったという、なんとも珍妙な結末に、流石のチート勇者も思わず頭を抱えてしまった……。


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