第四十五話:チート勇者の一言で幼女化。異世界の法則無視の能力
魔王城の地下で突如として見つかった、巨大な穴。ゼノンとチート勇者がその闇を突き進んだ先は、何やら歴史がありそうな未知のダンジョンへと繋がっていた。
襲い来る魔物を蹴散らし、驚異的な速度で深部を突き進んだ二人は、ついにその最深部へと足を踏み入れる。
*
ダンジョン最深部
「なぁ、ゼノン。自分の城の地下が、ダンジョンに繋がってる気分はどうだ?」
「気分が良いわけないでしょ!! 城の構造が根底から崩れているんですよ!? これが平常心でいられますか!」
「おいおい、怒るなってー。血圧上がるぞ? 魔王様」
チート勇者は、わざとらしく肩をすくめながら、松明の明かりに照らされた通路を気楽な足取りで進んでいく。
一方のゼノンは、額に青筋を浮かべ、今にも噛みつきそうな勢いでその背中を睨みつけていた。
「そもそも、なぜあなたは、こんな状況でそんなに呑気なのですか!?」
「ん? ダンジョンなんて特別珍しいもんでもねーんだろ? 城にちょろっと穴あいただけじゃん」
「“ちょろっと”ではありませんよ!!」
未知の脅威よりも先に、魔王の精神が限界を迎えそうだ……。
松明の明かりに照らされた不気味な洞窟を、チート勇者は、まるで近所の公園でも歩くような気軽さで進んでいた。その後ろを、眉間に深い皺を刻んだゼノンが、周囲を警戒しながら歩いている。
「万が一、洞窟から魔王城へと『刺客』が潜入して、私の寝首を掻こうものならどうするのですか! 魔王軍の危機管理を徹底させねばなりません!」
と言いつつも、ゼノンの内心は(テメーも危機管理を徹底しろ! クソ野郎)が本音だった。
「硬いこと言うなよ。ほら、空気も冷たくて気持ちいいじゃねーか」
チート勇者は、この状況を「ちょっとした冒険」程度にしか考えていない。彼にとって、世界を揺るがす危機も、生活圏の不具合も、すべては「他人事」のように流れていく。
やがて通路が開け、巨大な地底湖を擁する広間へと出た。
「な、なんだ……。これ……は」
「驚くのは、そっちじゃねーだろ?」
チート勇者がニヤリと笑う。
そこには、静かに、しかし圧倒的な質量感を持って、一匹の怪物が横たわっていた。
それは深い闇を煮詰めたような鱗を持つ、巨大なドラゴンであった。その巨躯が呼吸するたびに広間の空気が震え、不気味な地鳴りを引き起こしている。
「ひ、ひぇぇ!! 先生、あれは古の闇龍か暗黒龍の類ですぞ! 戦ってはなりませぬ! 今すぐ引き返して!」
ゼノンが腰の剣に手をかけ、ガチガチと歯を鳴らす。 だがチート勇者はそのドラゴンの巨大な前足の前にまで歩み寄ると、物珍しそうに鼻先を見上げた。
「おっ、可愛らしいドラゴンじゃねーか。でけぇなぁ」
チート勇者は少しニヤけ、肩をすくめて笑った。
「だが、異世界アニメとか漫画だったら、こういう強そうなドラゴンって、すぐ可愛い女の子に擬人化するよなぁ。そういうベタな展開、俺は嫌いじゃないぜ。……っていうか、むしろ歓迎だ」
その「不用意な一言」が、この世界の法則を、現実な異世界から切り離し、彼の願望通りの世界観へ歪めていく。
直後、その巨大な瞳がカッと見開かれた。空間が激しく明滅し、龍の巨体が眩い光に包まれる。
「な、何事だ!? ドラゴンが自爆するのか!?」
ゼノンの顔に緊張感が走る。一方でチート勇者は、ここでも”いつも通り”だった。
「超新星かよ。わっはっはっはー」
ゼノンが腕で顔を覆った瞬間、爆発的な魔力の奔流が吹き抜け、煙が立ち込めた。やがて煙が晴れたそこには、先ほどまでの威圧感の塊は存在しなかった。
そこに立っていたのは、頭から小さな角を生やし、背中に申し訳程度の翼をつけた、まだ幼さの残る黒髪少女だった。
ダボダボのローブ(のような皮膚の変異)に包まれ、ポカンとした顔でチート勇者を見上げている。
「なっ!? ドラゴンが幼な子に……。先生、何をされたのですか!?」
「おー……。マジでなりやがったか」
チート勇者は感心したように頷いたが、少しだけ残念そうに口を尖らせた。
「……でも、ちょっと若すぎだなぁ、おい。これじゃあ酒に誘って、色っぽい話をするのも気が引けるな。おい、お嬢ちゃん! 名前は?」
訊かれても何も答えず、ただ不思議そうに首を傾げるのみ。チート勇者はその子の頭をポンポンと無造作に撫でた。
「ま、いいか。もう少し大人になったら、一緒に酒でも飲もうな。それまでその姿で、大人しくしてろよ」
いつものスケベ心を出そうにも、チート勇者ですら「対象外だ」と判断するほど幼く、実に健全な(彼にしては)態度でその幼児を扱った。
しかしゼノンは、ただただ絶句していた。突然擬人化したのだから、普通なら当然の反応だ。一言で、天災級の魔物を無力化し、その存在の根源すらも書き換えてしまう。
(この男……やはり底が知れない!)
恐怖に言葉を失うゼノンと、どこか楽しげなチート勇者。そして自分が何者だったのかすら忘れかけた「元・ドラゴン」の幼な子。
しばしの沈黙のあと、チート勇者が肩をすくめる。
「……ま、原因はだいたい分かったな」
「ですな……」
「さぁ、もう帰ろうぜ。どうせ、こいつが全部の元凶だったんだろ?」
まるで祭りが終わった後のような引き際で、彼は踵を返し帰って行った。
◇
一方、ユーマたちの方はというと……。
女神の放った閃光の残像が消えぬまま、ユーマたちはダンジョン最深部へと足を踏み入れた。そこは巨大なドーム状の空間となっており、天井の高さは計り知れない。
相変わらず視界が利かないユーマは、腕に感じるシルフィの大きなおっぱいの感触に支えられて慎重に歩みを進めていた。
「ん? ……ユーマ、止まって。先客がいるみたい」
前方を歩いていたティアラが足を止める。その瞳は暗闇の先、広場の最深部に揺れる微かな影を捉えていた。
「先客? 魔物じゃなくて?」
「いえ人影です。……複数人いますね。あちらの方角から、別の入り口を抜けてきたようです」
シルフィが冷徹な声で状況を伝える。
ユーマには何も見えない。しかし遥か前方の広大な空間から、何者かの不遜な笑い声が漂ってきた。
だが、その声は巨大なドーム状の地形により、まるで幾重にも重なる重唱のように激しく反響し、不自然なエコーがかかっている。
「おい! そこの人たち! あんまり奥に行くと危ないぞ!」
ユーマは暗闇に向かって、純粋な警告として声を上げた。自分たちが散々な目に遭ってきた以上、不用意に近づく者への善意の忠告だった。
すると、前方の影がこちらを向いた。が、返ってきたのは聞き取りにくいエコーがかった呟きだけだった。
「先生! 何か声が聞こえましたぞ! こんな場所に人がいるとは、もしや幽霊の類では……さあ、早く戻りましょう!」
広い閉ざされた空間で、反響しながら遠ざかっていく声。
「あれって……もしかして」
「どうしたの? シルフィさん?」
ティアラが訊き返すが、聡明なシルフィは無言だった。
それもそのはず、四人の中で”あの時の”水晶に映る「チート勇者」の声と姿を、過去映像として観たのは、この中ではシルフィだけだった。あえてこんな場所で面倒ごとを引き起こす必要もないと、シルフィは考えたのだ。
「なんでもないですわ。でも……少し変な感じでしたわね? 大丈夫かしら、あの子」
そう言って話を逸らしたつもりだった。が、夜目の利くティアラが、影の主たちが去っていく、その最後尾を、ちょこちょこと付いていく小さな女の子の姿を捉えた。その頭部には小さな角が生えており、普通の人間ではない。
「あんなところに子供が……。身内なのかな? ね、ユーマ大丈夫なの、あの子」
ティアラが不思議そうに、そう呟く。
「いやでも、俺人間だから夜目が利かないし……」
「あ、そっかぁ」
とは言え、少女が無理やり連れていかれている様子はなかった。
「おーい! そっちの、そこのお嬢ちゃん!」
ユーマが気配に向かって忠告を飛ばす。
「はぐれないように気をつけろよ!」
ユーマの精一杯の善意。それに対し、最後尾から可愛らしい、しかしどこか中性的な声が返ってきた。
「え? 大丈夫だよー! ボク、全然平気だもん!」
その返答を最後に、反響し合っていた足音と声は完全に消え去った。
「……あの子。『ボク』なんて言って。変な子ね」
ティアラが不思議そうに呟いた。




