第四十四話:視界ゼロの深淵。勇者の指先が迷い込んだ、戦慄と豊潤の「尻」迷宮
ダンジョン内は、入り口の陽光が届かない、完全な「無」の闇に支配されていた。湿り気を帯びた空気は重く、壁を伝う水滴が「ピチャ……ピチャ……」と不気味な音を刻んでいた。
「……っ。クっソ。マジで何も見えねぇ!!」
自分の鼻先すら見えない暗黒に、思わず足を止めるユーマ。
人間であるユーマにとって、光のない場所は、五感の一つを完全に奪われたに等しい。一歩踏み出すたびに、底のない穴に落ちるのではないかという恐怖が背筋を這い上がる。
「ユーマ、足元気をつけてね。そこに大きな岩の角があるわよ」
前方を歩くティアラが声をかける。彼女たちのような獣人や魔族にとって、この程度の暗闇は黄昏時のようなもの。ティアラの瞳は、暗闇の中でも鋭く爛々と輝いていた。
「……お前ら、平気なのか? 冗談抜きで、俺は自分の手すら見えないんだぞ」
「あらあら、ご主人様。そんなに心細いのでしたら、私がずっとお傍についていてあげますからね」
すぐ真横から、シルフィの甘い声と柔らかな体温が伝わってきた。こんな状況でもメイド設定を忘れず楽しんでいるようだ。
「あ! シルフィ、どさくさに紛れて何やってんのよ!」
ティアラの反応を楽しむかのように、シルフィはここぞとばかりにユーマの右腕を、自らの爆乳に”ぎゅっ!”と抱き込み密着する。
「ちょっとシルフィさん! 密着しすぎだよォー! 動きにくいだろ!?」
これは本心だった。もしここが屋敷なら、その柔らかな感触を楽しみつつ、ユサユサ揺れる谷間の奥を、これでもかと覗き込んでいたことだろう。
「いいえ、ご主人様の安全を確保するための『密着警護』です。私の魔力を通じて、周囲の地形を『肌感覚』でご主人様に感じ取って貰います。さあ、そのまま身を委ねてください」
谷の間にユーマの腕が完全に挟まれ、その特大な白大福からモッチリと圧をかけられる。
「うはっ!」
「ちょっとシルフィ、いい加減にしなさいよ! ユーマも、そいつから離れなさい! 私の後ろを歩けば安全なんだから!」
ティアラが苛立ち混じりに振り返り、お尻を振りながら尻尾で「おいで、おいで」とユーマを激しく誘導する。
その緊張感を切り裂いたのは、通路の奥から響いた「ギチ、ギチギチ……」という、硬い殻が擦れ合う不吉な音だった。
「──来たわね。ユーマ、下がってて!」
ティアラの声のトーンが一瞬で変わる。
その瞬間、獣人としての本能が弾け、普段は細身のその体に一気に力が満ちていく。しなやかだったラインが張り詰め、想像もつかないほど肉厚な尻と太ももへと力強く膨張していく。
闇の奥から現れたのは、巨大な鎌のような前足を持つ暗殺蜘蛛の群れだ。
「ご主人様、ここからはお掃除の時間です。お怪我のないよう、私の後ろに控えていてください」
シルフィは、ユーマの腕を名残惜しそうに離すと、優雅な動作で詠唱を始めた。
「ふんっ!」
シルフィが魔法を紡ぐ間、ティアラが前に躍り出る。
鋭い爪が空を裂き、肉を断つ乾いた音が幾重にも重なった。先頭の蜘蛛が怯み、群れの動きが一瞬乱れる──その刹那、シルフィの詠唱が完成した!
不可視の衝撃波が一閃! 逃げ場を失った魔物たちを壁へと叩きつける。甲殻が砕け散り、闇の中に鈍い破砕音が反響した。
そして、静寂。
蜘蛛の群れは跡形もなく粉砕されていた。
「……すげぇ」
ユーマは、闇の中で展開される「音だけの戦闘」に圧倒されていた。
これまで、彼女らと「家族」のようにだらだらと過ごしてきたが、こうして戦闘になれば、これほど心強い存在もいない。自分には見えない敵を、彼女らは正確に、そして冷酷に屠っていく。
「片付いたわ。ユーマ、大丈夫?」
ティアラが息一つ乱さず戻ってくる。
「ああ……でも、今回、俺だけマジで何も役に立ってねーな」
「そんなことないわよ。あんたは……その、真ん中にいてくれるだけでいいんだから。……っ、と、とにかく進むわよ!」
言ったあと慌てて下を向き、再び歩き出すティアラ。
ユーマは少しでも役に立とうと、彼女たちの気配を頼りに自分も一歩前へ踏み出した。だが、そこは魔物の体液でヌルヌルと濡れ、滑りやすい岩場だった。
「わわわっ!? しまった!」
足が虚空を掴み、ユーマの体は激しく前方へ投げ出された。
「ユーマ!?」
「ご主人様!」
咄嗟に手を伸ばしたユーマの指先に、柔らかく、それでいて弾力のある「何か」が触れた。
「──っ!? ひゃ、ひゃうんっ!?」
暗闇に、ティアラらしからぬ”女の悲鳴”が木霊する。
「ちょっ、ちょっとユーマ!? どこ触ってるのよ! あんた、わざとでしょ!?」
「ち、違う! 滑ったんだ! 掴もうとしたら、たまたまそこに!」
「たまたまで、女の子のお尻をあんなに、力一杯掴めるわけないでしょーが! この、アホ! スケベ!!」
「ご主人様……そ、そちらは私ではありません、ティアラのお尻です。私の体なら、いつでもご主人様に提供する準備ができていましたのに……」
そう言って豊潤な胸の谷間を、ユーマの胸板にぷにゅりと密着させて、じっと見つめるシルフィ。
「もぉぉ、爆乳魔人! あんた少しは黙ってなさいよ! あっ、も、ちょっとォー! いつまで私のお尻を掴んでるのよーっ!?」
暗闇で転倒しかけ、慌てて手を伸ばして捕まれば、それは戦闘で膨張したティアラの豊尻。そこへ悪戯心からユーマの胸板に豊満な爆乳を押し付けるシルフィ。
明るい場所で見れば本来は両手に花なのだが、暗闇で何も見えないユーマに取っては、一体今どのような状況なのかが全く分かっていない。分かっているのは「感触」だけ──。
「離してるよ! もう離してるって!」
暗闇の中、正確無比な角度でティアラの平手打ちがユーマの頬に炸裂した。 乾いた「パーン!」という音が、ダンジョンの奥深くまで響き渡る。
「痛ってぇ。マジで見えないんだよ、信じてくれよ……」
「……はぁ。見苦しいですねぇ、皆さん。闇に惑わされ、欲に溺れるとは。ここはひとつ、私が女神としての慈悲を見せてあげましょう!」
「め、女神! お前……いたんだ?」
「ま! 失礼ですねー!!」
「何か光魔法的なやつで照らしてくれるのか?」
ユーマが期待を込めて言ったが、女神が放ったのは想像していた「松明代わりの優しい光」ではなかった。
「聖なる裁きの閃光!!」
パシャァァァァン!! と、洞窟内が数万ワットはあるかという超高出力の閃光で満たされた。しかも一度きりではない。カメラのフラッシュのような点滅が、狂ったような速度で繰り返される。
「うわああああ! まぶしっ! 目が、目がぁぁぁ!!」
「ちょっと女神! 逆に何も見えないわよ! 網膜が焼けるーっ!!」
「あはは! 見てください、魔物たちが混乱して自滅していきますよ! これぞ神の叡智!」
女神の放ったストロボ攻撃により、暗闇に紛れて様子を伺っていた魔物たちが、絶叫しながら壁に激突した。ティアラたちは目を押さえてのたうち回り、ユーマは視界が真っ白なまま、さらにパニックに陥った。
「女神お前、照らすなら、もっと普通に照らせよ!」
「失礼ですね! 暗闇が怖いって言ったから、徹底的に光らせてあげたんじゃないですかー!」
そこでティアラが、ふと気づく。
「ユーーマーーっ!!」
「いや! 違う! 違うから」
女神のストロボ連射に慌てたユーマが、今度はティアラの”ちっぱい”をむぎゅりと掴んでいたのだ。
「痛ったァーいっ! もぉ、何してんのよ! 放して!」
またしても、ティアラからの鋭い平手打ちを受けるユーマ。とうとう両方の頬が赤く腫れあがってしまった。
「あ、痛て、ててて……。だから、眩しくて逆に距離感が掴めないんだって。信じてくれよぉ」
「信じられるか! ほら、シルフィ、女神、ユーマをしっかり掴まえておきなさい! ラッキースケベだとか、そんな都合のいいことは言わせないからね!」
ティアラの怒号が響き渡る。
女神の、あまりにも極端な補助魔法により、余計にカオスを極めた一行は、目をチカチカさせながらダンジョンの深部へと進んでいくのであった。




