第四十三話:水晶片を奪って右穴へ消えた、脳筋騎士と迷走魔王
ダンジョン探索行きを決めたユーマたちは、屋敷の広間で最終的な打ち合わせを行っていた。
「……というわけで、私はこれよりギルドの本部へ向かいます」
ミラが制服の襟を正し、事務的なトーンで告げた。
「えぇー、なんでェ? ミラさんも一緒に行かないのォ?」
残念そうな顔で、甘えた声を出すユーマ。
「ユーマ! あんた、ちょっと気持ち悪い!」
ティアラがすかさずツッコむ。
ミラは手に持った書類の束を軽く叩いた。
「これだけの広範囲にわたるインフラ破壊です。ギルドの公式な被害調査を優先しなくてはなりません。正直『女神の夢』という不確かな情報では、ギルド職員として同行する理由には出来ないのです……」
彼女にとって、ギルド職員としての「公務」が最優先というわけだ。
「メッチャ……残念」
「まさか、あんた! 暗い洞窟で、何か企んでたわけじゃないでしょーね!?」
まるで、暗闇でセクハラするつもりだったと、確信を得ているような物言いだ。
「そんなんじゃないよ……わかったよ! じゃあ、ミラさん! もし寂しくなったら、いつでもダンジョンに来てね……」
「はい?」
ミラは怪訝な顔をしたが、気を取り直してカガミの方へ向き直る。
「……それとカガミ。あなたも、こちらに残っていただきますからね」
カガミはコクリと頷いた。彼女自身もそこは心得ている。
「……現地へ行っても、戦闘要員ではないので……きっと足手まといになる……なので、ここで、以前モーラルさんから頂いた『天界の純水晶片』の、テ、テスト運用を行います」
カガミは、かつて魔族の使節団(キャバクラ隊)から、和平交渉という名目で貢物を受け取ったことがあった。その水晶の欠片をユーマに差し出した。
「なんだこれ? 俺が持ってればいいのか?」
「これを持っていれば……本、本体である私の水晶に、皆さんの周りの様子が、映る……はずです。ので、皆さんの安否確認くらいには……なるかと」
『未来のノイズをカットする』『一日をリセットできる』などと豪語していた使節団リーダーのモーラルだったが、カガミの鑑定によれば、流石にそこまでの神機能はなかったようだ。
「要するに、ただの移動式監視カメラだな。まぁいい、お守り代わりに持っておくよ」
ユーマは深く考えず、その欠片をポケットに放り込んだ。
◇
程なくして、ダンジョンの入口に到着。
女神、ユーマ、ティアラ、クロム、バッシュ、シルフィの六名は、巨大な二つの穴を前にして困惑していた。
「どっちなんだ?」
ユーマが尋ねる。
目の前にそびえるのは、岩山が口を開けたような巨大な断崖だった。
黒ずんだ岩肌には、わずかに古い魔法の痕跡が残されていた。淡い光が時折ちらついている。そしてその中央部には、まるで意図的に裂かれたかのように、二つの巨大な穴が並んで口を開けていた。
右側は縦に細長く、内部から乾いた風が吹き抜け、砂の匂いと金属じみた冷たさが漂ってくる。
一方、左側は横に広く、入口付近には湿った苔が張り付き、じっとりとした空気が足元にまとわりつく。
どちらも“正規の入口”と呼ぶには不気味すぎるが、ユーマたちに二つの選択肢を突きつけていた。
「当然こっちだ! 私の魔王としての長年の勘が、右だと言っている!」
クロムが自信満々に、右の通路を指差す。しかしユーマは「うーん……でもな」と言って、あまり乗り気ではない。
「何が不満だ!?」
「いや、あのさぁ。女神が『夢で見たのは、湿っぽい場所だった気がする』って言ってただろ? でも、右は見た目的にも乾燥してそうだし、左の方がそれっぽいんだけど」
懐疑的な目を向けるユーマに、すぐさまバッシュが反論をする。
「何を言っている! 閣下の仰ることに間違いがあるはずなかろう! ユーマ、こっちで間違いない。付いてこい! 左など、ただのドブネズミの巣に決まっている!」
「ちょ、ちょっと、待ってよー! 私たちは、女神の夢をヒントに動いてるんでしょ? だったら、どっちにするかは女神に決めてもらいましょうよ!」
ティアラがそう言うも、女神は戸惑うばかり。自分でも決めかねている様子だ。
「黙れ黙れ、黙れ! 閣下の勘を疑うなど、このバッシュが許さんぞ!」
結局、一歩も引かないクロムとバッシュ。
「いいだろう! ならば私とバッシュで右を調査し、最短で元凶を叩き潰してきてやる。ユーマ、お前たちはそのジメジメした左で、泥遊びでもしているがいい!」
クロムとしては、挑発して激しい議論に持ち込み、そこからトーク術を駆使し、いつの間にか自分の意見に同調させる作戦だったが、意外にもユーマは淡々と判断を下した。
「分かったよ。じゃあ、中で合流できたら会おうぜ!」
「くっ……」
期待していた返答ではなく、下唇を噛むバッシュ。
「あ、そうだ! ちょっとコレを見て欲しいんだけど」
ユーマがそう言ってポケット中の水晶片を取り出し、使い方を説明しようとした、その時だった。
「ぬんっ!」
仕返しのつもりなのか、バッシュが、ユーマの手から水晶片をひったくった。
「な、何すんだよ!」
「そっちは偽の入り口だから、そんなもの必要ないだろう!? お前たちはそっちの穴で泥遊びでもしているがいい!」
二人はユーマの制止も聞かず、水晶片を掲げたまま、軽快な足取りで右の通路へと消えていった。
「……あ。行っちゃった」
女神が呆然と呟く。
「あいつら、本当に人の話聞かねーな。まぁいいや」
こうして、ユーマ、女神、ティアラ、シルフィの四人は、暗くジメジメとした「本命」の左側の入り口へ。クロムとバッシュは右側の入り口へ。別々に足を踏み入れことになった。
実のところティアラは、ユーマを除けば、女ばかりのこのメンバー構成が新鮮に映ったのか、いつもの喧嘩友達モードとは違い、どこか浮き足立った様子でユーマの腕に寄り添っていた。
「両手に花。んーん、両手足に花だよね! ね、ユーマっ!」
そう言ってユーマの腕にぶら下がるように、抱きつくティアラ。勢いだけで押し切るような口調にユーマは肩をすくめる。
「お前ってば、ワードセンス全然ねーよな」
ティアラの笑顔が、一瞬でむくれ顔に変わった。
もし爆乳のシルフィさんが、同じように腕に抱きついたら、もっと違うリアクションをするくせに……。という不満も上乗せされている。
「じゃあ、自称ワードセンスの良いユーマなら、この状況をなんて表すのよ!」
頬を膨らませるティアラ。その横からシルフィが静かに歩み出る。
「ご主人様。これが本当の、ハーレムですね♪」
おっとりとした声でさらりと言ってのけると、シルフィはどこか艶っぽい笑みを浮かべた。以前ユーマに仕えていた"メイド設定"のスイッチが入ったらしい。今日のシルフィは、普段よりも明らかに楽しそうだ。




