第四十一話:【男色勇者】Lカップ男乳(シリコン)を弄る←「アホか、私は男だ!」
かつての定食屋──現在はゼノンが心血を注いだ地上の楽園。その扉を、一人の「巨女」が力強く押し開けた。
バキィッ! と、繊細な装飾のドアが悲鳴を上げる。
「失礼……いたす……します。今日から、こちらで世話になる……バシュ美、である……ますッ!」
その力強い声を聞いた瞬間、ゼノンが”ビグッ!”と身を震わせた。
(な、なんだ!? また奇襲か!?)
慌てて顔を上げたゼノンの目に飛び込んできたのは、フリルとレースの隙間から爆発しそうな大胸筋を覗かせ、金髪ウィッグを被った、あまりに「女戦士」すぎる美女であった。
「……ゼ、ゼノ……いえ! 私、私は……この美貌をもって……ナンバーワン夜蝶嬢を目指し、参りました……バ、バシュ美です」
バシュ美は、真っ赤な口紅を塗った、艶やかな唇をワナワナと震わせ、必死に裏声を出しながらゼノンにウインクを送る。
ゼノンは数秒間、口をパクパクさせて固まった。
(……な、何者だ)
女装用 補正下着と、あの後ミラたちが用意した人工乳房を装着し、顔はともかく、体だけはなんとかグラマー美女へと変貌を遂げていた。が、元四天王としての魔戦気だけは隠しきれない。
(こ……これはこれで、一周回って『あり』なのかもしれない……)
最近のゴタゴタで精神的に限界が近いゼノンは、阿呆脳を強烈に拗らせていたため「筋肉美女枠」という特異な攻めパターンも「ありっちゃありだな!」などと、妙な方向性まで許容しはじめていた……。
「わ、わかった! 採用だ! ちょうど『パンチの効いた新人』が欲しかったところだ!」
ゼノンは思わず、この妙に懐かしい魔戦気を纏った、バシュ美と名乗る美女の入店を快諾していた。
「いいか、バシュ美! 早速だが、先生はあちらだ。その嫋やかな美肉で、先生を骨抜きにするのだ!」
「ハッ! 必ずや骨を抜いてご覧に入れましょうぞ!」
「骨は抜かんでいい! 言葉のあやだ」
(……しょうぞ?)
時々、珍妙な口調がひょっこり顔を覗かせるバシュ美に、一抹の不安を抱きながらも、この前の騒動で、辞めていったスタッフの代わりが見つかったと、ひとまず安堵した。
バシュ美は、ドレスの裾を豪快に蹴り上げながら、先生(チート勇者)の座るソファ席へと近づいて行った。
見ると、サキュバスたちに囲まれ「おー、お姉ちゃん。その酒、ちょっと薄くねーか?」などと、相変わらず調子くれて飲んだくれている。
そこへ、突如として立ち塞がる巨大な影。
「お、お初にお目にかかる……ます。今日から新しく入った、バシュ美、ですわ……」
ゆっくりと顔を上げたチート勇者は、眩しいものを見るように目を細めた。
バシュ美は、ミラの教えを思い出し「女の微笑み」を作ろうとする。だが、いくらシリコン入りの美ボディを完成させようとも、元四天王の威圧感は隠せない。
やはり無理があったか……。一瞬諦めの心が芽生え始めた矢先。チート勇者の反応は、バッシュの予想とは全く異なるものだった。
「おおー! すげぇな、お前! 背、高すぎないか? まあ俺は長身フェチでもあるから、安心して甘えていいんだぞ! ワッハッハ!」
チート勇者は恐怖するどころか、長身巨乳・女子バレーボール選手の肉体を愛でるバレオタの如く、その偽りの巨乳、豊尻、長い脚をジトーっと眺めていた。
「よし、気に入った! お前、面白いからここに座れよ。一緒に飲もうぜ、バシュ美ちゃん!」
(……き、気に入られただと!? この男、私の正体を見抜いていないのか、それとも……この筋肉すら愛でるという、度を超した変態なのか!?)
「さあ座れよォ、バシュ美ちゃん。まずはその……なんだ、圧倒的迫力ボディに乾杯だ!」
「ハハ……光栄ですわ、勇者……いえ、先生様……」
チート勇者はデレデレと鼻の下を伸ばし、バシュ美の偽尻をさすろうと手を伸ばしてくる。その度に、ぞわぞわぞわぁ~と鳥肌が立つ。
バッシュの騎士道精神は、情けなさと、恥辱と、怒り、で限界を迎えようとしていた。
(……殺す。この作戦が終わったら、真っ先にこの男を塵にしてくれる……!)
辱めを受け真っ赤な下唇を、ぎゅっと噛むバシュ美ちゃん。
(た……耐えるのだ。あ奴がティアラに働いた非礼。その報いを受けさせるまでは……!)
ミラと女神がノリと勢いで選んだ、Lカップ偽乳の重みに耐えながら、バシュ美はソファに腰を下ろした。
「さあ先生様。そんな遠くにいないで、もっと近くへ……」
裏声を絞り出し、バシュ美は勇者の肩に二の腕を絡めた。
女神の「落としのテクニック講座」によれば、まずは適度なボディタッチが有効らしい。
「おぉっ、積極的だなァ! バシュ美ちゃん、見た目通りパワフルだ!」
チート勇者は鼻の下を伸ばし、バシュ美の腰(コルセットで無理やり締め上げた極細ウエスト)に手を回した。
「うふふ……先生様。わたくし、先生様のような逞しいお方は初めてですわ。あぁ、なんだか胸の鼓動が(物理的な意味で)爆発しそうですの」
バシュ美は、赤く塗られた唇を耳元に寄せ、熱い吐息を吹きかける。
女神の教えその二、耳攻めだ。勇者は「ひょぇっ!」と情けない声を上げ、すっかり上機嫌で酒を煽る。
「いいぞバシュ美ちゃん! 最高だよ! こんなにドキドキする女は初めてだ!」
(……当然だ。貴様の隣に座っているのは、死線を潜り抜けた戦鬼なのだからな。死ぬまでドキドキさせてやろうか?)
バシュ美の目が、獲物を追い詰める猛禽のように光った。仕上げだ。彼女は勇者の手を自分の偽巨乳へと導き、潤んだ瞳(目力強め)で見つめ直す。
「ほら……もう、こんなにドキドキしてるぅ」
そう言ってハイグレード素材の偽乳を、強引に触らせるバシュ美。
「ねぇ、先生様……。わたくしのこと、本当に……女として見てくださる?」
「当たり前だろ! お前こそ俺の運命の女だ! 愛してるぜ、バシュ美ちゃーん!」
チート勇者は完全に理性を失い、バシュ美を抱き寄せようと顔を近づけてくる。その刹那、バッシュの中で何かが弾けた。復讐の舞台が、完璧に整った瞬間だった。
「…………」
バッシュは、いやらしい手つきで偽乳を弄るチート勇者の腕を、ガッシリと掴んだ。
「え? ……あれ? バシュ美ちゃん、ちょっと力が強くない……?」
困惑するチート勇者の耳元で、バッシュは裏声を捨て、地響きのような「本来の重低音」を響かせた。
「──愚か者が。この、希代の男色家め!」
「……は?」
チート勇者の動きが止まる。バッシュはそのまま、金髪ウィッグを毟り取り、豊胸と豊尻を豪快に引き千切って床に叩きつけた。
「私は男だ、このっマヌケめぇぇぇ! わーっはっはっはー!」
リビング中に、バッシュの怒号と軽快な嗤い声が轟いた。
化粧で塗り固められた顔はそのままに、剥き出しになったのは、フリルから溢れんばかりの血管の浮き出た大胸筋!
「な……、お、お前……え? 男ぉぉ……?」
「当たり前だ! 貴様が先ほどまで鼻の下を伸ばし、愛を囁き、欲情していた相手は、この私……元四天王・バッシュ様だ! 貴様はたった今、男乳を揉みしだき、男の耳に息を吹きかけ、男に求愛したのだ! 死ぬまでその事実を呪うがいい!!」
「う、うわあああああああああッ!!」
チート勇者は、自分が全力で口説き倒していたのが「化粧をしたゴツい男」だったという残酷な真実に直面し、顔面を蒼白にして椅子から転げ落ちた。
「お、俺……俺は……男を……こんなにデカい男を……本気で……ッ!!」
絶望のあまり、その場で四つん這いになり、文字通り嘔吐せんばかりに悶絶するチート勇者。
「フン、汚らわしい。ティアラへのセクハラの代償、身をもって知ったようだな」
バッシュは口紅を乱暴に拭い、ドレスの裾を翻して立ち上がる。背後では変わり果てた先生(チート勇者)の姿にサキュバスたちが失笑を漏らし、ゼノンが「私の楽園が……!!」と泡を吹いて倒れていた。
「両刀使いの男色勇者よ、さらばだ! わっはっはっはー!!」
屋敷へ戻る道中、バッシュは夕闇に向かって静かに呟いた。
「……やり遂げたぞ、ティアラ」
そう言って高笑いで走り去るバッシュ。
だが……その姿は、はたから見れば。
ボロボロのフリルドレス姿のまま街を激走する、ただの変態だった……。




