第四話:監視役は今日も眠れない
※長編ですので、末永くお付き合いくださいませ。(既に最終回まで書き終えているので、エタる心配はご無用です)
宿屋『黄金の羽根亭』の裏口から外に出た瞬間、朝の強い日差しに、俺の目が拒否反応を示した。
「しんど……っ」
体が鉛のようだ。肩、腰、腕、全部が重い。筋肉が一斉に『もう勘弁してくれ』と訴えてくる。
(勇者なのに、部活少年ばりの筋肉痛)
異世界転移して初仕事が──皿洗い。
まさかとは思ってたけど、本当に、朝まで皿洗いをさせられるとはね。
油まみれの鍋。意味不明なサイズの大皿。途中から『これ、もう洗ったよな?』って皿が何度も出てくる、あの終わりのない地獄。
「ま、でも。ちゃんと泊まれたしな……」
屋根はあるし、飯は食えるし、巨乳の女将さんと髭面亭主のイチャラブっぷりも覗けたし……(めっっちゃ! ヨカッタ!)目に毒だったけど──まぁ野宿よりは百倍マシだ。
うん。異世界だって『現実的に』なんとかしようと思えば、意外となんとかなるもんだよ!
(あ…今度は女将さんのお風呂でも覗いてみよっかな……)
と、ポジティブムーブメントに酔いしれていると、裏路地の影から、低く、疲労困憊した声が飛んできた。
「勇者様」
「うわっ!?」
反射的に振り向くと、そこに立っていたのは、目の下にくっきり黒い隈を作った補佐官の……ホセ? だっけ?(あれ……違った?)
「……あ! ホ」
「『補佐官の』ウォーデンです! ホセではありません!」
(ツッコミ、早っ!)
どうやらホセは、俺がまだ名前を憶えていないことに、気づいたようだ。
(……一応、謝っとこ)
「す、すみません……」
しかしホセは、腕を組んだまま俺を無言で見下ろしていた。鎧は着ていない。代わりに、明らかに“徹夜明け”の顔をしていた。
「勇者様。なぜ昨日『約束の夕方』に、いらっしゃらなかったのですか?」
俺は、勇者一行の旅を辿る人気アニメ並みに、昨日の回想シーンに入った──。
”『では私は一度、王宮へ報告に戻ります。夕方、こちらへ戻りますので、それまで自力で滞在場所を確保し、大人しくしていてください』”
うっわぁ……言ってるね。
すっかり忘れてたわ。
「いや、そのォ……」
言い訳を探す暇もなく、ホセがまくし立てる。
「私は約束通り、夕方に戻りました。酒場、宿屋、広場……そして貴方が楽しんだ『あの場所』までも、夜通し足が棒になるまで探しました」
ホセの声は淡々としているが、目に怨念のようなものが見える。
「約束を破られて、一晩中あなたを探していた、この私の睡眠時間は一体誰が補填してくださるというのですか!」
(知らんがな!)
とは、さすがに言えない。
ま、言ってみたい気もするけど……。
「いやぁ……あはは。ちょっと成り行きで……皿洗いしてました。ハハハ……」
ホセの視線が、俺の手に向けられる。そして水仕事で荒れ、ふやけた指先で止まる。
「……本当に、なにか仕事をしていたようですね」
「でしょー? 俺ってば、やればできる男なんで──」
ホセの眉が、ピクリと動いた。
「”やればできる”ではありません! 二度と私に夜通しの監視を強いるような、馬鹿な真似をしないでください!」
ホセにしては、手厳しい言い方だ。監視役を超えて、完全に私的な怨念が込められている。
「監視役がいる意味、分かってますか?」
「えぇ……とォ。勇者が悪さしないよう……に、とかかなッ?」
「半分正解です。もう半分は『勇者が夜通し皿洗いを始めないように』です」
(メッチャ皮肉ってくるじゃん……)
「で? 今日はどうするのですか? また皿洗いにでも行くんですか?」
「ん……。とりあえず、ブラブラ散歩して、エッチな服装のお姉さんたちを観察して……と?」
「却下です。私が戻るまでに、また妙なことをやられると、困るのは私。責任を取るのも私なんです」
ホセは真顔だ。その表情は、初日のお客さん接待モードではなくなっていた。
「王宮での正式な手配は、まだ整っていません。ただし、今日中に何らかの判断は下る見込みです」
「じゃあ、それまで自由行動?」
「同行します」
「え、監視付きで?」
「私が今日、安心して眠るためにも、当然です」
エチエチなお姉さんと、お知り合いになった時に、目の下にクマをつけた地味男が、もし横にいたら、合コンどころか会話も出来ねーな……。
「うーん……」とかなんとか言いながら、断る言い訳を考えたが何も浮かばない。
というか俺は既に、真面目モードのホセとの会話に、そろそろ飽きはじめていた。
「ホセさぁ、俺のこと、ぶっちゃけ好きでしょ?」
「補佐官の『ウォーデン』です!」
「……」
(つまんねーやーつ)
*
王都の通りを歩きながら、俺は周囲を観察した。
筋肉ムキムキの冒険者。朝から酒飲んでるおっさん。そして──夜のお仕事帰りの、露出度の高い服を着た、ムチムチのお姉さん方。
当然、視線が自然と、ざっくり開いた胸元に行く──。
「視線を戻してください!」
即座に指摘される。
「別になんも──」
「いーえ! 言わなくても、分かりますよね!?」
ちよっとォー、ホセ!? 周りが皆ビックリしてんじゃん! 仕事の鬼かよッ。監視役に励みすぎだろう。
ホセもさぁ、俺の監視なんかじゃなく、ムチムチお姉さんの胸元でも観察してればいいじゃん。そしたら少しはホセもハッピーになれるものを……。
──とは、口が裂けても言える雰囲気じゃない。
その時だった。通りを歩く人たちが、俺の存在に気づいたようだ。
「あっ、あの人……」
「勇者様じゃない?」
ひそひそ声。
期待の目で俺を見ている。
「おっ」
(これが所謂『勇者扱い』ってやつか!)
俺は手を振ったり、ウインクしたり(女にだけだかんな!)、カッコつけた顔を作ったりして、勇者ムーブを楽しんだ。
平穏な異世界ライフのために、目立ちたくなかったんだが……ま、戦闘さえ無ければね、これはこれで『有り』かもしれないと思い始めた、その矢先。
「調子に乗らないでください」
ホセの低い声。
「今あなたは、誰とも、何も、約束してはいけません」
「え、でも、ちょっとくらいなら──」
「責任が発生します」
ホセは一日見ない間に、随分とお堅い人になったもんだ……。
勇者って、こんなに重かったっけ? 俺の知ってる異世界転移後の標準的ルートって──。
巨乳美少女と知り合ったり、女しか存在しない奴隷商に行ってみたり、そこで病気で安く売られてる獣人奴隷がいたり、んで買ったり、一方的に惚れられたり──そういうエチエチってのが、ど定番じゃなかったっけ? (ねえ?)
「それでは、あなたは一旦、ここで待っていてください」
ホセは、俺を広場の噴水の縁に座らせた。
「いいですか? 私が戻るまで、大人しくしてられますよね?」
んっだよ! ホセ! お前は俺の母ちゃんかよ!
「うん……してられる」
「その一言を、私は信じますからね?」
てんめー! 何様だよ! ……とは言えないの。ホセってば、なんだか今日は不機嫌モードみたいだしね。
トコトコ……トコ
と、ホセが去った後、俺は「テメェーはココにいろよッ!」と釘をさされた噴水の縁に腰を下ろして待った。
暇だったので、鳩が方向転換するタイミングに、どんな規則性があるのか観察をしていたら──昼前になってようやく現れたホセ。小走りに近づいて来きたので、今度はその姿を観察した。
「あ、お帰りー♪」
「ただいまッ。さて、早速本題に入りますが、今夜は、詰所の空き部屋を使えます。ただし『仮』ですが」
「おお! 屋根確定!」
「喜ぶ基準がホームレス以下です。勇者らしく、もう少し”しゃっきり”してください」
(ん? しゃっきり??)
今のギャグだったの? ホセの持ちネタ? 超優しい俺は、今しがた滑りたてほやほやのホセに『ハハハ』と愛想笑いをしてやった。
すると。
「なにか、おかしなことでも、私、言いましたか?」
ずいっ、と顔を近づけるホセ。
「ハハ……気のせいです」
しかし、まぁ。
ひとまずホッとした。案外なんとかなるじゃん! 事はいい方向へと転がりだしてる予感がする。俺は、異世界のチョロさに『楽勝じゃん♪』と胸を撫で下ろした。
「あ、そうだ」
何気なく尋ねる。
「もしさ。明日が暇だったら、ちょっと街の人の困りごと手伝ったり──」
「やめてください!」
被せ気味に止められた。
「あなたが動けば動くほど、私の仕事が増えます。私は、眠りたいだけなんです」
……なんか、俺、悪いことしてる?
◇
その日の夜──。
仮の寝床として、詰所に泊まることになった。
俺はベッドで横になりながら、ぼんやり考えていた。
働けば泊まれる。手伝えば喜ばれる。喜ばれたら……モテるんじゃね?
(……いや、モテるなこれ。俺のチートスキルは『頑張ればモテる力』かもしれねぇ!)
確信した瞬間、なぜだか言いようのない胸騒ぎが沸き起こった。
俺の経験上、こういう時は、必ずと言っていいほど、あとで地獄を見ることが多い──。




