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第三話:勇者なのに皿洗い

「んんん……」


吐き気はないが、妙に喉が渇く。


(あぁ……やっちゃったよ……俺)


思い出し笑いしながら、つい頬が緩む。


(いやァ、昨日は最高だったな! あの金髪のお姉さん、腰の動きがプロ級だったわ!)


──などと、昨夜の豪遊を思い返してニヤニヤしていると、後ろから肩を叩かれた。


「勇者様、そろそろ慎みください。私は、監視役として派遣されました、補佐官ほさかんのウォーデンです」


振り返ると、地味目な補佐官ほせかんとかいう男が、冷たい目を向けて立っていた。


ホセカン? なんだそれ?(……ま、いいや)


「つか、監視役かよ! ずっと近くにいたの? ……ストーカーかよ」


「いえ……まぁ、勇者様が当座の生活費全額を、布面積の小さな女が集まる店で、惜しみなく投じている間、私は街の治安維持の一環として見守っておりました」


ケッ……なんて嫌味な言い方するんだよ。


「違う違う! 違うよォ?! 俺さぁ、この世界のこと全然知らないじゃん? なので、健全な調査費用として使いましたー!」


俺はそう言って爽やかに、白い歯を見せて笑った。が、ふと気づいたことがある。そして、このグッドタイミングの幸運に感謝した。


「それよりさぁ……、無いんだよねー」


「は?」


「だから……お・カ・ネ」


「それは、あれだけ大盤振る舞いすれば、お金も無くなりましょう」


ケッ! なんだよ、真面目ぶりやがって。


勝手に召喚されたんだから、異世界あるあるの定番として、勇者の俺が好き放題やった挙句に被害者ぶるムーブは、多少許されるはずだよね? 俺は『やろう先生』にそー教わりました、っての!


「だからさぁ、ホセ。今日の宿泊代を工面してくんない? 勇者が野宿とかしたら、ぶっちゃけ幻滅でしょ? 勇者って、みんなが憧れるヒーローなんだからさぁー」


「”補佐ほさ”です。ホセではありません」


補佐官のホセはそう言って、心底呆れた顔で首を横に振った。


「勇者ご一行様も、長い旅の中で野宿することもありましょう?」


「ケッ! なんだよケチ。旅の道中で野宿すんのと、街の道端でホームレスみたいに野宿すんのとは違うでしょ!?」


するとホセは、真顔に戻り一歩前に出た。


「これ以上の支援はできません。騎士団が保証するのは、あくまで王宮での正式な手配が整うまでの最低限の体裁のみです。昨晩の遊興費、今後の宿代、食費は勇者様の私費です」


「……は? なに言ってんのホセ? 俺、無一文なんだけど?」


補佐ほさ……で御座います。しかし、それはあくまでもあなたの責任です。また、勇者の名を使っての借金や、女性へ思わせぶりな態度、肩書を使うなど、王都の秩序を乱すため厳禁です」


(えっ、待て待て。今、俺の心の声……読んだ!?)


ホセの冷たい目が、俺の思考を完璧に見透かしているようで、正直不気味だ……。


「では私は一度、王宮へ報告に戻ります。夕方、こちらへ戻りますので、それまで自力で滞在場所を確保し、大人しくしていてください」


そう言い残すと、地味目なホセ官は背を向けて去っていった。


「ちょっ……、ちょ待ーてーよー! 丸投げかよ!」


完全に放置プレイだ。丸腰・金無し・監視付きという三重苦に、初めて冷や汗が流れた。


(マジで野宿かよ? 昨日の酒場ギャルが幻滅しちゃったら、一体どうしてくれんだよ! ホセ!)


ダメだ。何が何でも宿を見つけなければ!

野宿とホームレスは似て非なるもの! 『勇者の俺のプライド』が許さない!


(あ、そうだ!)


そこで聡明な勇者である俺は、ピーンと来たね。

ホセが『女への思わせぶりな態度』だとか『テメ肩書使うなよ!』だとか言ってたってことは──裏を返せば、それだけ有効な手段ってことだろ!?


俺はAI並みの超スピードで最適解を導き出した! 昨日チラッと目に入ったあの宿屋『黄金の羽根亭』に行こう!


(あの宿屋の女将さん、OP大っきかったし、優しそうだったし!)


よし、行くぞ!

チートスキルなんてなくったって、俺の最終奥義「口説きスキル」で、今夜の寝床をゲットしてやるー!


そして──夜が来た。


宿屋『黄金の羽根亭』の看板の前で立ち止まる。

俺は、俺が一番自信を持っているイケメン顔を作る。そして眉をキリリとして、いざ出陣!


「あのォー、すみませーん。実は……僕、勇者なんです」


カウンターには、笑顔が素敵な、いかにも人の良さそうな女将さんが立っていた。


「あら、勇者様! ありがとうございます。噂は聞いております。それで、本日はご宿泊で?」


「はい! 実は僕、どうやら深刻なデバフに、かかっているようで……」


「ああ、はい。では宿泊ですね!? ありがとうございまーす」


「それがですね……どうやら『それ』は、攻撃によるものではなく、貴女の魅力による状態異常のようで──」


俺はここで一息入れる。

そして、タメてタメて──。(今だ!)渾身の一撃を繰り出した。


「そこでお願いなんですが……。今夜は『あなたに』泊めていただきたい、と」


女将さんは弾けるように、豊かな胸をユラユラ揺らし、俺の顔を見てケラケラケラと笑った。


「だったら、状態異常がそれ以上酷くならないように、これから頑張らないとね♪」


(キタコレ! 俺に「頑張れ」ってさ! うひょー)


俺のガッツがポーズを決めた。その瞬間! 女将さんの後ろから、岩のような体躯の髭面の男が現れた。


「泊めてほしい、だと?」


低くドスの利いた声。


男の視線は、俺を上から下まで値踏みするように上下したあと、恐ろしく冷たい目で睨みつけてきた。


「……えっと。あの、どちら様で?」


女将さんは、優しく男の腕を抱きしめた。


「ご紹介しますね。私の夫で、この宿屋の亭主です。元Aランク冒険者で、腕っ節は街で一番よ」


(うわあああ! テンプレすぎるぅぅぅー!)


髭面亭主は、腕組みしながら冷たく言い放った。


「状態異常だぁ!? テメェーの脳みそが状態異常だろーが! なんだテメー、なんか『おかしな』ことを言ってたな……今夜」


(思い出すな! 思い出すな! ……わわわわ)


男は女将さんに顔を向けて『なんだ、ほら、あれ……』と言い、女将さんは即座に『今夜、あなたに泊めていただきたい』と、俺の言った寒い口説き文句を、一言一句違わず反芻した。


(あわわわわ……)


震えが止まんねー!


「ぼ、ぼ、ぼ、僕はただ、泊めていただきたくて……!」


「泊まりたいか?」


髭面亭主は無表情で、俺を見下ろした。


「じゃあ、働け」


「……へ?」


「勇者なんだろ? なら、その力で皿の一つくらい洗えるだろう。一泊と食事を保証してやる。ただし、朝まで皿洗いだ」


「あ……俺、用事思い出したかも」


髭面はワッハッハーと豪快に笑ったあと、真顔になり、こう言った。


「泊まるとこないんだろ? 遠慮するな! ワッハッハー」


ちっとも面白くねーわ!


俺が連れていかれたのは、乱雑な厨房。目の前には、油でギトギトになった巨大な鍋と、山積みに捨て置かれた皿たち……。


(勇者なのに、皿洗い……しかも朝まで!?)


俺は絶望的な気持ちで、その山を見上げた。

うん。『状態異常』で間違ないかもしんない……。

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