第三十九話:TS魔道具(?)で女装! 脳筋肉バッシュをSSS級美女に変貌させる
屋敷のリビングには、ティアラの凄まじい怒号が響き渡っていた。
「信じられない! あのエロ親父、絶対に許さないんだから!!」
肩を上下させ、髪を振り乱して憤慨するティアラ。その傍らでは、バッシュがちょこんと正座し、魂が抜けたような顔で床の一点を見つめていた。その姿は、取り返しのつかない過ちを犯した子犬のようである。
「……で、現実的に考えて、一体何があったんだ?」
冷めたお茶を啜りながら、ユーマが尋ねる。
ティアラから「街で飯屋に入ったら、変なエロ親父がいた」「いきなり触ってきた」「挙句の果てにバッシュまで変態化した」という断片的な被害報告を受けるユーマ。
「……へぇ。で!? どこのどいつだ、そのおっさんは」
口調は落ち着いているが、声が震えている。
「くそっ! 俺のティアラに手を出しやがって、腹が立つなぁぁ!!」
相当頭に血が上っているのだろう。思わず「俺のティアラ」と口走ったことに、自分でも気づかないくらいだ。そこまでは良かった。小声で「俺だって”まだ”触ったことないのに」と付け加えなければ、ティアラも少しは嬉しそうな顔をしていたのに──。
しかし、自分の知らないところで、大切な仲間が侮辱されたという事実は、彼にとって容認しがたいものだったのも事実だ。
「俺がついて行けば良かったよ……そんな変態ぶっとばしてたのに」
「そうよ、ユーマ! 本当に最低だったんだから!」
息巻くティアラの横で、バッシュが消え入るような声で漏らす。
「申し訳ない、ティアラ……。不本意ながら、その……私も体に接触してしまったことは……万死に値する」
「それはもういいわよ! あんたも被害者みたいなもんだったし……。というか、あんたの転び方、あれ絶対におかしかったわよ」
そこで、ずっと黙っていたカガミが静かに口を開いた。
「ええ……不自然でした。まるで……無理やり転ばされたような……。『ここはただのキャバクラだろ?』と口にした瞬間……異変が起きました」
カガミの言葉に、ユーマが鋭く反応する。
「スキルか? 言葉一つで、どうこう出来るスキルなんて。そんなもんが実際にあるのか?」
ユーマは気づいていない。
その場にいる誰もが、今、ユーマの特殊スキル「現実主義」と重ね合わせていることに。
「推測ですが……言葉には多分……『強制力』がある? そう考えないと……あの醜態はおかしいです」
カガミの「醜態」という言葉に、バッシュが更に縮こまる。
「それならバッシュの不潔行為は、お咎めなしね。でも、あのおっさんだけは絶対に許さないわよ!」
「ああ。次に会った時は、相応の報いを受けてもらう」
ユーマが握りしめた湯呑みが、みしりと音を立てた。
*
その頃──。
ゼノンは無人となった店で、一人震えながら床を磨いていた。
(実に恐ろしい。たった一言で、元四天王を無力化し、仲間割れまで誘発させるとは。やはりあの方は特別な存在だ!)
◇
それから数日後──。
「いいですか。これは……ティアラさんの名誉を奪還するための、聖なる儀式なのですよ」
バッシュの目の前で、女神が、さも慈悲深い聖母のような微笑みを浮かべていた。その隣では、ミラが淡々と、しかし逃げ場を塞ぐような手際で、銀色に輝く奇妙な布束を広げている。
「先日の醜態を雪ぐためなら、いかなる過酷な罰も厭わぬ覚悟。なれど、なれど……なぜ私が『ドレス』を着ることになるのだ!?」
バッシュが悲痛な声を上げる。
ミラが広げたのは、魔界の極上シルクをふんだんに使い、これでもかとフリルとレースをあしらった、目が眩むほど豪華な「女装用」の魔道具であった。
「あの男の能力が解析出来ない以上、正面突破では、また同じように不自然な失態を繰り返すのが関の山です」
ミラが無機質な声で、残酷な事実を突きつける。
「私たちは盲点を突きましょう。例のお店にこっそり潜り込んで、あの男が油断した瞬間を狙うのです。彼は極度の女好きです。とくれば、もう分かりますね?」
女神の瞳がきらりと光る。
「わ、私に、女のふりをしろというのか!? この、元四天王バッシュに!」
「でも、ティアラさんは言ってましたよ? 『あの変態筋肉ダルマ!』ってね。悲しいわよね。元四天王屈指の実力者が『不潔な騎士』だと思われているなんて……」
女神の追い打ちのその言葉が、バッシュの胸に深く突き刺さった。
「う……ぐぬぬ……!」
「このままでは一生、ティアラさんの心の中では『ど変態騎士』のままよ? 元四天王がそんなことでいいの!?」
ミラの計算されたトドメの一撃に、脳筋バッシュが呆気なく屈服した。
「承知した! ティアラの名誉と、私の騎士道を証明するためならば、恥を忍んで女装を受け入れようぞ!!」
周囲があえて「元四天王」という言葉を何度も強調した甲斐あって、バッシュも心を決めたようだ。
「話が早くて助かるわ。じゃあ早速、着付けを始めるわね」
こうしてミラの指示により、バッシュ女性化計画が始まった。
まずは、その鋼のように鍛え上げられた大胸筋。
ミラが「邪魔よね」と呟きながら、特殊な加圧式の魔道具をバッシュの胴体に巻き付けていく。
「ぐ、ぐおおぉ……! 息が、息が止まる! これは、何という締め付けだ……!」
「超肉収縮着よ。女性の美しさは、忍耐の上に成り立つもの。我慢なさい」
続いて、その逞しすぎる二の腕と肩幅。
通常ならドレスの袖が弾け飛ぶはずだが、ミラの用意した魔道具は、着用者の体格に合わせて物理法則を強引に無視して収縮する。
レースの隙間から、無理やり押し込められた筋肉が「みしり……みしり……」と悲鳴を上げ、バッシュの巨体が暴力的なほどグラマラスな曲線へと変貌していく。
「次は脚ですね。……その剛毛、見過ごせませんわ」
そう言って女神が、天界ご用達の脱毛クリームをバッシュの脚に塗る。ものの数分で野性味あふれるスネ毛が一気に霧散し、つるりとした白い生足が露わになった。
「う、うわぁぁぁ! 武人の証がぁぁー!」
絶叫するバッシュ。
「スネ毛のどこが、武人の証なのよ。大袈裟ね」
次にミラは、金髪ウィッグをバッシュの頭に乗せた。
「ん? 何でミラが金髪の──」
「う……うるさい」
頬を赤らめるミラ。
それ以上言ったら「分かるわよね?」ミラの目が無言でそう言っている。
完成したのは、身長二メートル近い威圧感のあるバッシュが、華麗なドレスに身を包み、ある意味で「SSS級スーパーモデル」のような超長身美女(?)であった。
「ほら……鏡を見て。名前は『バシュ美』よ。今日からあなたは、ゼノンの店に現れた超大型新人よ」
鏡の中に映った自分は、普段見慣れた筋骨隆々の姿ではなく、超長身細身に無理やり変形させられた「オネェ様」だった。
「あ……あぁぁ」
バッシュは、静かに一筋の涙を流した。
「最後はメイクね」
いよいよ、魔化粧品の登場だ。




