第三十八話:魔王ゼノンの至高の魔俗店「まぞっ子」で勇者接待!
そして迎えた、店舗オープン当日。
ゼノン自らカウンターの中で、最終チェックに余念がなかった。
「いいか、配置につけ! 先生が来店された瞬間、全方位からエチエチ波動を浴びせるのだ!」
そう言い、接待役や従業員に発破をかけるゼノン。
「酒をお尺する時はとろ目とろ顔当たり前、先生が武勇伝を騙り始めたら即座に『ご主人様すごーい!』『旦那様、流石です!』『私をマスターの奴隷にしてください』これで決まりだ! ど定番あるあるで囲い込むのだ!!」
などと、おおよそ魔王と名の付く者に、あるまじき語彙の無さと低能っぷりである。
そこへ、地図を片手にチート勇者がふらりとやって来た。
「よぅ、ゼノン。わざわざ地図までよこして、一体何の騒ぎだ? 一緒に来ればよかったじゃねーか」
全く持って、正論である。
ゼノンもチート勇者も魔王城で同居中なのである。にも拘わらず「先生。今日はお外で会いましょう」などと、倦怠期カップルか夫婦のようなことを言って、店の場所だけ伝えて自分は先に出て、サプライズ待機していたのである。
しかし、先程までの勢いはどこへやら。これを外せば、兄上の配下と同盟を組むに違いない、などと実に小物らしい発想で被害を妄想している最中である。ゼノンに取ってはここが正念場。
「は、はい! 今日は、で、ですねェー。ひ、日頃の感謝を込めて、この私めが自らプロデュースした最高の魔俗店『まぞっ子』の、お客様第一号として先生にご足労願いました! もちろん魔俗嬢の面接から、魔ゾバイザーに至るまで、全て私めが担当しています!」
ゼノンは冷や汗を流しながら、精鋭のサキュバスたちに目配せする。
「さあ、先生! 今日は何もかも忘れて、この娘たちと存分に楽しんでください!」
「お、なんだ。酒も姉ちゃんも揃ってんじゃねーか!」
チート勇者が上機嫌でソファに腰を下ろし、選りすぐりの魔族嬢たちに囲まれ、鼻の下やら何やら色々と伸ばし始めたのを見て、ゼノンは密かに胸を撫で下ろした。
(……勝った。これでもう、カガミとの秘密会議、などという物騒な真似はしないはずだ!)
だが、勝利の確信は、直後に鳴り響いたドアベルの音によって粉々に砕け散った。
入り口に立っていたのは、愛用の水晶を抱えたカガミであった。さらにその後ろには、威圧感の塊のようなバッシュ、そして見慣れぬ猫族の少女・ティアラも控えていた。
ゼノンの顔から、一気に血の気が引いた。
(な、ななな……なぜ元四天王がここに!? しかも二人も! まさか隠密の報告通り、本当にここで先生と合流して、クーデターの最終確認か!?)
ゼノンは小声で部下たちに「今日は貸し切りだと言って、追い返せ!」と耳打ちし、自分は隅っこに隠れてガチガチと歯を鳴らす。その絶望をよそに、酔っ払ったチート勇者が明るい声を上げた。
「おおー、カガミじゃねーか! 奇遇だな。あいつは俺の知り合いだ、ゼノン、中に入れてやれよ!」
「あ、はい、喜んでッ!!」
もはや、ゼノンに拒否権などなかった。
こうしてカガミ、バッシュ、ティアラの三人は、いとも容易く店内に足を踏み入れた。
店内は、魔界の酒の香りと、サキュバスたちの甘い肉体の香りや、怪しい吐息が混じり合う、退廃的な空気に満ちていた。
バッシュは入り口で足を止め、早速、怪訝そうに眉を寄せた。
(むむ……飯屋と聞いていたが、これは何だ? 淫靡な空気が漂っているではないか! ん? あそこにいるのは……)
バッシュの視線の先には、魔王自ら酒を運び、チート勇者を恭しく接待するゼノンの姿があった。
それだけではない。
チート勇者の肩に頭を乗せて、甘ったるい吐息を吐きながら、ご自慢の胸を擦りつけるサキュバスたちに対して、到底、現魔王とは思えぬような下劣さで「もっとエチエチに! 先生の”先生”を癒やすのだぁ!」などと、低俗極まりない指示まで出している。
(ゼノン……様!?)
そこでバッシュは悟る。
(そうか! 全てはクロム様のために、自ら泥をかぶるのですね!?)
下衆キャバ運営と、泥をかぶる。その二つが、どういう理屈で繋がるのかはさておき、ご都合脳は今日も全開だ。
一方、店内へ足を踏み入れたカガミは、その光景を目にした瞬間、石のように固まっていた。
(なっ……っ!)
鼻の下を伸ばし、色々伸ばしながら、肩を揉んでやろうか? と手を伸ばしては「あっ、手が滑った!」などと、今どき随分古風な気色の悪い茶番劇を繰り返し、その都度サキュバスの柔らかな谷間や、エルフの大きな尻を撫でまわしていた。
そこには、カガミが夢想した『世界の理を知る孤高の悟り人』の欠片もなかった。
(……もっと、達観した方だと思っていました。静寂の中で真理を語る、そんなお姿を想像していましたが……まさか、こんなに女好きだったなんて……残念です、師匠)
尊敬という名のフィルターがパリンと音を立てて割れる。カガミの瞳からスッと熱が引き、手に持った水晶が心なしか曇って見えた。
一方バッシュは、戦々恐々と震える現魔王ゼノンを、熱い眼差しで見つめていた。
(心中……お察しします)
内心を察しているのならば、今すぐ退店することこそが、ゼノンを惨めな気持ちにさせない魔族紳士たる嗜みであろうが、空気を読み間違えることにかけてはピカイチのバッシュは、一人感極まって拳を握りしめていた。
そんな彼らの横で、ティアラだけが唯一蚊帳の外、完全な第三者視点でこの状況を眺めていた。
「ちょっと、何なのよこの店……昼間っから、こんなに不潔な空気を撒き散らして……」
ティアラの嫌悪感丸出しの呟きに、酔ったチート勇者がふらふらと立ち上がり、千鳥足で近づいてきた。
「おー、こっちにも、可愛い姉ちゃんがいるじゃねーか。そんな怖い顔すんなって。仲良くしようぜー」
チート勇者がいつものノリで、いやらしくティアラの肩を組んだ──瞬間!
「触るな、エロ親父ーーーッ! 気安くこの私に触ろうなんて、万死に値するわ、この不潔男!」
店内にティアラの怒号が響き渡った。
「貴様ぁぁぁ! 我らが同志ティアラに、その薄ら汚い手で触れようとは! 許さーん、貴様断じて許さんぞ! ユーマに代わって、この私が成敗してくれるわ!!」
ティアラへの無礼を目の当たりにしたバッシュが、激高して、腰の剣を抜き放とうと身構えた。そのあまりの殺気に、背後で見ていたゼノンは「ヒエッ! 店が壊れる!」と頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「抜け!」
そう言って自らも剣を抜くバッシュ。
「は? 抜け……ッて! えぇぇぇ? お、お前……正気か?」
頬を赤らめ驚くチート勇者。
(ああ……こっちも阿呆だったわ)とサキュバスが苦笑する。
仕方なくサキュバスが”抜け”の意味を耳打ちすると、鬼気迫る勢いのバッシュとは対照的に、チート勇者は面倒くさそうに片手をひらひらと振った。
「そういうの俺、やらないんだわ。興味ねーの」
「うるさい外道! 臆したか? 来いっ、変態!」
「あー、もぉ、うるせぇな。変態はおめぇーだろが……。何を異世界勇者みたいな熱血やってんだよ『ここはただのキャバクラだろ?』おめえも楽しめよ」
チート勇者が適当に吐き捨てた、その言葉が、異世界そのものを拒否したかのように、世界が等身大へと修正される。
次の瞬間、バッシュの手から剣が零れ落ち、まるで戦うことを拒否するかのように、ラッキースケベのシチュエーションへと転換していく。
「ぬおっ!? な、なんだ……? ぐはっ! か、体が言うことを聞かぬ!」
鎧の重みも相まって、バッシュは抗う術なくヨタヨタとバランスを崩し、その勢いのまま前方へと倒れ込む。
「ちょっ、危ないわよ……。え? きゃあ~!!」
近くにいた巨乳鬼娘の谷間にダイブし、仰天した鬼娘が悲鳴を上げる。
バッシュは必死に体勢を立て直そうともがくが、今度はその横でお酌をしていた巨尻エルフの丸々とした、艶やかな豊尻へ顔面からダイブしてしまった。
「なっ、違うのだ! これは事故だ! 私は断じて、このような不名誉な接触を望んでなど……!」
パニックになりながらも、必死に起き上がろうとするバッシュ。
「ガハハハハ! 兄ちゃん、やるじゃねーか!」
大喜びのチート勇者。
「違ぁぁぁぁう! 違うんだー」
「ガハハハハ!」
チート勇者は、自分の能力がバッシュに影響を与えているとも知らず、この状況を心から楽しんでいる様子だ。
しかし、バッシュが藻掻けば藻掻く程、手が、足が、顔が、別の女の子の胸に触れ尻に触れ──最後はティアラの脚がにぶつかり、さらには滑った拍子に服の裾を掴んでしまうという、地獄のような連鎖が巻き起こる。
「もう! あんたまで何やってんのよ、この変態筋肉ダルマ!!」
ティアラの冷ややかな、それでいて殺意の籠もった罵倒がバッシュを貫く。
「違うんだ、ティアラ! 足が、手が、私の意志とは無関係に……!」
「言い訳は見苦しいわよ! もう! 帰るわよ、こんなとこ! 今っ、すぐに!!」
ティアラは激怒し、半泣きで言い訳するバッシュの襟首を、信じられない力で掴み上げた。そのまま、まるで不浄なゴミを片付けるかのように、バッシュを引きずって店を後にする。
その背後でカガミだけが、だらしなく笑う師匠と、それを「凄い術だ」と言いたげに見つめるゼノンの姿を、無機質な目で眺めていた。
「……別の意味で……この方は『理の外』に……いるのですね。不潔です……」
カガミもまた、深い溜息をつきながら、騒がしい二人の後を追って、静かに店を去っていった。
ゼノン視点で見れば、チート勇者は、バッシュという強敵を「一言で無力化し、かつ仲間内の立場関係まで失墜させた」さぞ恐るべき秘術士に見えたことだろう……。




