第三十七話:地味め巨乳こそ至高! 中学五十二年生が説く、偶然のエロス理論
時間を、チート勇者の映像で屋敷が揺れる、数日前まで遡る──。
魔王ゼノンは一通の「急報」を手に、最悪のシナリオを描き始めていた。
*
魔王城の執務室で、魔王ゼノンは一通の報告書を手に、今にも卒倒せんばかりの勢いで震えていた。
送り主は、有給休暇を満喫していたはずの『あの隠密』からである。だが、その紙面に踊る文字に、休暇の解放感など微塵もなかった。
【急報。先生が、元四天王カガミ様と接触。時空干渉級の秘儀を伝授中。現場は定食屋】
「な、なんということだ。定食屋だと!? そんな庶民的な場所で、世界の理を壊す密談を交わしていたというのか!」
ゼノンの脳裏には、最悪のシナリオが鮮明に描かれていた。
先生は、魔王城のもてなしに退屈している。それゆえ、かつてクロムの部下であり元四天王のカガミと手を組み、今の魔王軍を転覆させる新陣営を立ち上げようとしているのだ。
などと、また阿呆な妄想に憑りつかれていた──。
「……間違いない。あの方は、私の首を獲るために、時空を割る準備を始めているのだ!」
滝のように流れる冷や汗を拭い、ゼノンは立ち上がった。
「こうしてはおれん! 城が退屈だというのなら、城の外に、あの方のスケベ心を惹くような『地上の楽園』を作るまでだ!」
その日から、ゼノンの「必死の防衛作戦」という名の、あまりに的外れな店舗プロデュースが始まった。
◇
「いいか、まずは先生とカガミが密会に使った、あの定食屋だ! 周辺の店も含めて、即座に買い取れ!」
ゼノンの号令に、魔王軍の財務官たちが色めき立つ。
「ば、買収ですか? 焼き鳥屋や定食屋を!? ……魔王軍が、直営で経営すると?」
「そうだ! あの方は庶民的な場所を好まれる。ならば、秘密会議に使われそうな拠点をすべて潰し、内装を極上に作り変えるのだ。そうすればオープンまでの時間も短縮できる!」
ゼノンは確信していた。
あのスケベなら必ずや、食いつくはずだと。
そうして、かつての質素な飯屋を、魔族が総力を挙げた『至高のお色気遊興場』へと変貌計画がスタートした。
「次はキャストだ! 街のムチムチ美女たちを片っ端から集めろ。私が一人ずつ面接する!」
「異例には異例を、エチエチ面接は私が担当する」との号令で、その日から魔王自らが先頭に立って「接待役」の選別を開始した。
「不合格だ! 色気が足りん! 先生はもっと、こう……包容力のあるタイプに弱いはずだ。次!」
ゼノンの怒号が飛ぶ。
「次! 次の者を通せ!」
魔王軍が急遽設営した面接会場(元・定食屋の座敷)に、ゼノンの鋭い声が響き渡る。
「……ゼノン様。既に面接は五十名を超えております。サキュバスを中心に、夜妖、魅魔、混血種まで揃えましたが……」
控えていた側近が、分厚くなった名簿を抱えながら進言する。
「まだ合格者は一人もいない、と言いたいのだろう?」
ゼノンは腕を組み、低く唸った。
「当然だ! 相手はあの『先生』なのだぞ。異世界の時空を物理的に破壊し、それを投擲するような御仁だ。だが同時に──肌の露出に釣られ、雰囲気に流され、気分が良ければすべてを忘れる、アホで、スケベで、能天気。とにかく必要なのは特級のエチエチさだ!」
側近は黙って頷くしかなかった。
「だからこそ、種族で絞るなど論外だ。人間基準の色気だけで、先生の思考回路を読み切れると思うな」
そこへ、次の一団が入ってくる。
角と尾がチャームポイントの巨乳サキュバス。
長い耳が敏感などMエルフ。
鱗を部分的に残した、ムチムチ尻の混血竜人。
それぞれが、それぞれの“売り”を意識した立ち振る舞いで場に立つ。
空気が、わずかに華やいだ。
「待て!」
ゼノンは全員を制止した。
「まず勘違いするな。先生は『偶然のエロスに弱い系のスケベ』だ。そんなものは基礎の基礎だ、帰れ!」
「はぁ? 何言ってんだ、このおっさん」
「一体、何に取りつかれてんだ? こいつ……」
「テメェは魔族だろ! エルフじゃねーだろが!」
などなど、志願者たちはもとより、部下の魔族たちまでもが内心でツッコミを入れた。面接美女たちに対して「かわいそうに……」と憐みの目を向ける者までいる。
しかし、ゼノンは止まらない。
「露骨な色気には飽き飽きしているのだ! お前らもそうであろう!? 素っ裸よりも三角形の極小ブラ! すっぽんぽんよりも紐Tパンツ尻だ! そうであろう!? そこで効果を発揮するのが希少種のアピールなのだ!」
周囲は皆一様に”ぽか~ん”と口を開けている。
「希少種の存在は、変な使命感を刺激するものなのだ。つまり、それは──……別の言い方では『性癖』とも言える! 先生には自ら地雷を踏んで貰うのだ!」
益々もって、何を言ってるのか意味が分からない。かなり重症のようだ……。
ゼノンは目をクルクル回しながら、語気を強めて熱弁をふるう。
「求められるのは、おっさんになった先生が、今だったらもっと上手く『初恋のあの子』とも距離を詰められたのに感だ──否! 気づけば『初恋のあの子』が隣にいるのだ! だからと言って早急になるな。主張はしない! 距離が近づいた瞬間に心を奪う必要はない。視界の端にずっと残り続けろ! 常に視界の端でユラユラしていればいい」
最早妄想癖を拗らせた、ただの五十二年生だ……。
「色気があっても、それを分かりやすく向けるな! 好意は見せるが、分かりやすく見せるな。すべては先生自身の勘違いに委ねろ! つまり──なにを言っても『ご主人様、すごーい』だ!」
志願者たちは、完全に理解を超えた表情になる。
本当に魔王様なの? 疑いの目を向ける女子までいる。これでは、ただの性欲の強い魔物である。強烈な性癖を自慢気に騙る中学五十二年生なのである……。
だがゼノンは、そんなこと気にしない。
「接待役は特別であるべきだ。才ある者以外を雇うつもりはない。
こうして現魔王による地獄の面接は、種族を跨いで続けられた。
*
「エルフ! お前は理想化されすぎている」
「獣人は、可愛さが前に出すぎだろ!」
「ドワーフは幼女に見えるから、コンプラ的に即アウト!」
などと、次々に弾かれていく。
最終的に残ったのは、派手すぎず、地味すぎず。『頼んだらイケそうな系』の『地味目・巨乳美少女』たちだった。
ゼノンは深く頷く。
「……よし。これで布陣は整った」
そして、誰にも聞こえないほど静かに告げる。
「今日、この場所を──先生の『終着駅』にしてみせる」




