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第三十六話:【衝撃の事実】そもそも、あいつは一度も攻めて来てないのだが?

昼間の街、いつもの飯屋。


カガミは目の前で、相変わらず旨そうに酒を煽る師匠──チート勇者の姿を見つめていた。その脳裏には、水晶のあの映像が焼き付いている。


「……師匠。お訊きしたいことが……ございます」


「んー? なんだよカガミ、そんな真面目な顔して」


「……昨日、水晶で過去の映像を見ました……。師匠がこの世界に現れた瞬間を……見ました……みんなが言ってる『チート勇者』と……いうのは……師匠のことですか?」


カガミの問いに、師匠は酒坏を置くと、他人事のようにケラケラと笑った。


「あー、それな! 俺さぁ、昔そういう呼び名で呼ばれてたことがあったんだよ。かっこいいだろ? どの辺がチートなのかは知らんけどな!」


悪びれる様子もなく、ただ、かつて誰かが勝手につけた異名を面白がっているだけ。そんな師匠の姿を見て、カガミは確信する。


もしかして──と。


(クロム様は……この方を宿敵だと……でも、この人はクロム様に……嫌悪感はない。ただ日々楽しければそれでいい……)


そんな気がしてならなかった。


ならば、自分たちの状況を打ち明けても、この人なら笑って流すのではないか。カガミは意を決して切り出した。


「実は師匠……。私は今……クロム様の屋敷で……お世話になっています。クロム様は……ご存じですか? 師匠と昔、戦った」


「知ってるもなにもねーだろ。俺は今、魔王城でクロムに接待されてるんだから。いわば俺は剣客みたいなもんよ」


(????)


カガミの思考が止まった。


「師匠……! そんなはずは……ないです! カガミは今、クロム様と一緒に……住んでいます。クロム様の弟・ゼノンが……今は、魔王城の玉座にいるはず……です」


「いやいやいや! 俺はこっちに来てすぐに魔王城に遊びに行って、そこでクロムから接待受けてさー。ずっとここに居てくださいって言われて、それで今も魔王城に居てやってんだから」


(その人物は……たぶん……ゼノンだ)


確信に近い予感を抱えたまま、カガミはその場を辞し、屋敷へと戻った。



その日の晩餐。


全員が揃った食卓で、カガミが昼間に師匠と話した内容を包み隠さず報告し始めた。


「馬鹿な! なぜ魔王城に『クロム』がいるのだ? 私は屋敷ここにいるだろう」


真っ先に声を上げたのは、おっさんだ。まあ、自分の名前を勝手に名乗ってる奴が本拠地にいるって言われりゃ、そうなるわな。俺は隣で肉を頬張りながら、爆笑しながら茶々を入れてやった。


「おっさん、それ、誰かに名前をパクられてんぞっ! よくもまあ弟のゼノンがいる前で『俺がクロムだーっ!』なんて言える奴がいたもんだ。つーか、俺だったらそもそも、こんな偏屈なおっさんを騙るとか、死んでも御免だけどな!」


「貴様、さらっと失礼なことを言うな!」


おっさんが食ってかかろうとしたところで、ミラさんが静かにそれを制した。


「待ってください。クロム様ほどではないにしろ、ゼノンもクロム様に次ぐ実力者。そのゼノンを目の前にして『我こそがクロム!』などと言い張れる魔族は、この世界にそうはいないはずですが……」


ミラさんのその言葉を聞いた瞬間、おっさんの動きが止まった。


(……あ、これ、マズいな)


おっさんの目に、例の「壮大な兄弟愛の勘違い」に火がついた時の光が戻っていくのがわかった。


「なるほど……ゼノンよ。そうか、そうなのか! ……くっ!」


しばらくの間、おっさんは虚空を見つめていた。


「なんなのよ、さっきからもったいつけて。さっさと結論を言いなさいよ!」


ティアラがイラついた様子で突っ込んだけど、おっさんは震える拳を握りしめて天を仰いでる。


(完全に自分の世界に入ってるわ、これ)


「うむ……。十中八九、私を騙っているのはゼノンで間違いない」


「それは、どういうことで?」


シルフィさんが心配そうに尋ねると、おっさんは感極まった声で宣言した。


「またしてもか! ゼノン、あやつめ……。チート勇者の脅威が私に向かぬよう、自らクロムを名乗り、私の身代わりを買って出ているのだ……くっ!」


「閣下! これぞ兄弟愛! なんという壮絶な愛なのだ! 今すぐ攻め滅ぼしましょう!」


バッシュまで涙を流して机を叩きだした。


(もう収拾がつかねーよ)


そんなカオスな食卓で、カガミが静かに口を開いた。


「いえ、それは違います……師匠は、世界征服なんて考える人……ではありません。チート勇者との戦いは……知っています。本当に昔……師匠は世界を征服しようと、動いていたのですか……」


カガミの核心を突く一言で、場の空気が一気に変わった。


「た……確かに。あの男が、実際に魔王城を目指して進軍した──なんて話は、当時からなかったですね……。世界をどうこうしようなんて気概も、今にして思えば──」


女神も続く言葉を探してるみたいだった。

そこでおっさんが「いや、しかし!」と割り込んできた。


なんでも、自分たちが放った最強クラスの魔獣を「うるさいハエ」みたいに処理されたのが、相当なトラウマになってるらしい。「脅威以外の何物でもない!」……だっけか。


「おっさん、それだよ」


「それとは?」


「そもそもが、間違ってないか?」


俺はお茶を啜りながら、お坊さんの説法ばりに言ってやった。


「現実的に考えて、台風に『俺たちを滅ぼす気ですか?』って聞くようなもんだろ。そいつ実は、ただの、調子乗りなだけなんじゃないのー?」


全員の視線が俺に集まる。


「ほら、一休さんの話にあるだろ? 殿様から『屏風の虎を縛り上げてみせろ』なんて無茶ぶりされて、『じゃあ、虎を追い出してください。縛りますから』って返すやつ。実際に目の前にいない虎を、現実的に考えて縛る必要なんてねーもんな」


「……イッ」

「キユー?」

「サーン……?」


ミラさん、シルフィさん、バッシュの三人が、俺の言ったことが理解できずに固まってる。そんな中、ティアラが心底呆れたように溜息を吐いて、追い打ちをかけた。


「そうそう! あんたたちってさ、作らなくていい敵を作ったり、ありもしない妄想に取り憑かれたり、無駄な労力使い過ぎなのよ!」


「女ーーっ! そこに直れ!!!」


バッシュがおっさんを馬鹿にされたと思い激怒した。けど、おっさんは無言でそれを制した。それでもティアラは止まらない。


「女子会の時に話したんだけど、確か、映像の男とユーマが親子だって説も流れたって聞いたよ。あれだってそうじゃん。それと同じだよ。……考えすぎなんだよね」


「いや……アレは私も確かに聞いたのだ」


おっさんがまだ食い下がってる。でも、ティアラはそれを真っ向から切り捨てた。


「でも、それって『──ーマ!』って叫んだだけで、そのチート勇者をユーマの親父じゃないかって話になったんでしょ? そろそろクロムのおっさんもバッシュも、目を覚ましたらどうなの? 『マ』しか合ってないじゃん!!」


ティアラが眉根を寄せて、二人を冷ややかに見据える。


「そ……それは」


バッシュが心当たりがあるのか、たじろいで冷や汗を流し始めた。


「どうかしてるわ。世の中に似た名前なんて、いくらでもあるでしょ。もしかするとウーマだったかもしれないし、イルマとか他の人の名前だったかもしれないじゃない。何かの聞き間違いに決まってるでしょ」


「た……確かに。あの映像では、イルマだか、ユグマだか、ヒグマーだか、そんな名前が飛び交っていたな」


バッシュが狼狽しながら口走ると、おっさんまでハッとした顔をした。


「そうだな……。あの絶望的な状況下で、私の耳が都合よく『ユーマの名』を聞き間違えていたというのか。……うむ、そうに違いない。確かに、あの男がそう叫んだのを実際に見たわけでもなかった……」


なんの話をしてるのかいまいちよく分からんが、まあ、現実的に考えて聞き間違いだろ。俺は一人で勝手に納得した。


「……しかし閣下!」


バッシュが、また熱い視線をおっさんに向けた。


「パパ疑惑は晴れましたが、ゼノン様の『身代わり接待』の件は火急の事態かと! あの阿呆なチート勇者の相手を、自ら名乗り出て引き受けているとは……。まさに自己犠牲の極み!」


「……ああ。ゼノンよ、すまん。私に代わって、あのアホの介護を引き受けてくれているのだな。これぞ真の兄弟愛ぞ……」


「だから、それは介護じゃなくて、ただの接待だろ」


俺のツッコミも虚しく、おっさんとバッシュはまた盛大な勘違いに突っ走っていった。いつものように妄想を拗らせて涙まで浮かべてやがる。


一方でカガミは、何か言いたげな顔をしてクロムのおっさんの方をチラッと見た後、結局何も言わずに黙り込んだ。


「……」


どうやら、あっちの師匠のことは放っておくのがこの屋敷の平和のためだって、悟ったみたいだな。まあ、カガミも元は魔族の四天王なんだし、なんだかんだ言っておっさんをあるじとして立てることに決めたんだろう。


こうして、チート勇者を巡る数々の疑惑は「ゼノンが頑張って介護している、ただの調子乗り」っていうアホみたいな結論で、この屋敷の日常へと吸い込まれていった。


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