第三十四話:そうやってティアラの話を途中で遮ったりしてませんか?
女子たちが街へ繰り出した昼下がり。
久々に静けさを取り戻した屋敷には、男三人だけが取り残されていた。……いや、正確には「静けさ」というより、むさい野郎だけが余った不毛な空間と言うべきか。
そんな中、早速クロムのおっさんの声が、リビングの空気を切り裂いた。
「……小僧、姿勢を正せ。そのだらしなさが、ティアラへの無礼に繋がる」
「は? ティアラ関係ないじゃん」
ソファに深く身を沈めて、ようやく昼寝の準備に入ろうとした瞬間だった。背後からおっさんの低く重たい声が、鋭い矢みたいに飛んできたんだ。
俺は動きを止めて、げんなりしながら天井を仰いだ。
「はぁ……おっさん、昨日からしつこいって。現実的に考えて、俺がちょっと猫背になったところで誰も困らないだろ。それとも何、俺を魔族の兵隊にでもスカウトするつもりか?」
「……魔族になどせん。そもそも人間のお前が魔族になれるわけがなかろう。私が言っているのは、あくまで『人としての在り方』の話だ」
おっさんはそう言ったあと、唐突にこんなことを口にした。
「だが、あ奴……ティアラのような『種族の基準』で言えば、繊細な年頃の者に、あのような配慮のない態度は問題だ。年長者であるお前が、礼節をもって導かねばならん」
「……種族の基準、ねぇ」
その言葉が、俺の頭の中で妙な引っかかり方をした。
人間基準ではない年頃。種族基準……そういえば、ファンタジーの物語じゃよくある話だよな。
(……待てよ)
昨日のティアラの怒鳴り声が頭をよぎる。エッチなチラシ一枚であれだけ尋常じゃなくブチ切れたこと。そして今日のおっさんの、やけに重々しいマナー講座。
(もしかして……見た目はああでも、あいつの実年齢って百歳超えとかか!?)
俺の脳内で、とんでもない方向に推理の歯車が噛み合い、爆速で回転を始めた。
(そうか、だからあんなにキレたのか! 俺がご長老様に無礼を働いたと思って……。なるほどな、そりゃ礼儀も大事だわ。おっさんもうるさいわけだ)
一人納得を深めていると、廊下の向こうから賑やかな声が近づいてきた。女子たちが街でのランチと買い物を終えて、帰還したみたいだ。
「……あ、おかえり」
おっさんに言われた通り、ここは自分から! と玄関先で出迎えてみたんだが、ティアラは俺と目が合うなり、フンと鼻を鳴らして奥へ消えていった。その徹底した拒絶っぷりに、胃のあたりがチリリと痛む。
(……おいおい、まだあんなに怒ってんのか? 女子会で少しは機嫌が直ったと思ったのに……。周りから見ても俺って、そんなに酷いことしたか?)
思わず、自分の「現実」が周囲とどれだけズレているを、確かめずにはいられない不安に駆られて、俺は通り過ぎていく女子たちに、答え合わせしようと試みたが──しかし。
どう声をかけたらいいのかが分からず、とフラフラするばかり。
すると、通りかかったおっさんが足を止め、探るような視線を向けてきた。
「小僧……先ほどの話、少しは身に沁みたか? 昨日からのティアラとの険悪な空気、いつまで引きずるつもりだ」
「あ、やっぱり、おっさんから見ても相当マズい空気か?」
俺が顔をしかめると、おっさんは深く頷いた。
「当たり前だ。あのように不機嫌を隠そうともせぬのは、若いカップル特有の甘えに満ちた喧嘩に見えるぞ」
「はぁー!? カップルじゃねーし!」
思わず声を荒らげると、おっさんは不思議そうに首を傾げた。
「ん? では何なのだ?」
「え……いや、その……パーティというか……」
「二人でか?」
「あ、いや、相棒みたいなもんだよ。コンビだよコンビ」
「……そうか」
納得したのか、あるいは呆れたのか。低い声でそれだけ言って、おっさんはそのまま奥へ歩み去った。
「なんだよ……変なこと言いやがって」
俺は毒づきながら、次に視界に入ったカガミを捕まえて、率直に訊いてみた。
「なぁ、カガミ。俺とティアラって、どういう関係だと思う?」
「……人間と、猫族なのでは?」
迷いのない即答。
こいつに聞いた、俺が馬鹿だった……。
「──ですが、人間と猫は……比較的相性がいいと聞きますし……好みさえ合えば、良好な関係を築けるかと」
「なんだ、それ?」
がっくり肩を落とす俺のところに、会話を耳ざとく拾っていたシルフィさんが、優雅な足取りで近づいてきた。
「ご主人様、どうされましたか?」
「うわ……その設定、久しぶりだなァ」
俺はここまでの経緯をざっくりと説明した。
「──というわけで。おっさんからは『カップルの喧嘩みたいだ』って言われるし。カガミは、俺とティアラは『人間と、猫族なのでは?』とか意味不明だし。ほんっと、訳分かんねーよ……」
するとシルフィさんは、女子会での余韻を匂わせる微笑みを浮かべ、全てを理解したかのように頷いた。
「なるほど。まとめると、こういうことですね? ご主人様と猫族の関係だから喧嘩も絶えないと。……いっそご主人様が『ネコ』になってみるのも良いかもしれませんよ」
シルフィさんは意味深に微笑んだ。
「はぁ? シルフィさんまでどーしたの。話が見えないんだけど……」
呆れる俺の背後から、さらに暑苦しい声が割り込んできた。
「おい、ユーマ! さっきからなんなのだ、お前というやつは!」
バッシュだ。
「なぜ私に訊かない!? 私ならお前たちの関係を、完璧に修復させてやるれのに!」
「…………」
俺は何も言わず、バッシュの横を通りすぎた。
「おい、こら待て、話は終わってないぞ!」
廊下の角まで逃げるように歩くと、今度は女神様がクスクスと楽しげに笑いながら待ち構えていた。
「あらユーマさん。そんなに自分の立ち位置が気になるの?」
「……なんでみんな、今日に限って俺とティアラの関係を訊いただけで、すぐに茶化してくるんだよ。なんか語りたがる奴もいたし……」
「ふふ。さっきね、ティアラさん。街で『あいつ、これ好きそうだし』って、こっそりお菓子を買って、隠してたわよ」
「えっ? あいつが?」
「でも、なんだか渡すタイミングを失っちゃったみたい。神様から言わせれば、あなたはもっと自分の不徳を自覚すべきね」
「……不徳? わけわかんねーよ」
お菓子と不徳。結びつかないキーワードに頭を抱えていると、最後にミラさんが静かに歩み寄ってきた。
「ユーマさん。……そんなに難しく考えなくていいです」
ミラさんの声は穏やかで、荒んだ俺の心を落ち着かせる響きがあった。
「ミラさん……。でも、俺はただ……」
「ティアラが怒っているのはね」
ミラさんは足を止め、俺の目を見て、核心を射抜くように言った。
「あなたが『現実的に考えて』っていう理屈で、彼女の気持ちを後回しにしたから。それだけよ」
「……ん、ん?」
「さっきバッシュから聞きましたが、相手が猫族だろうと、仮に百歳だろうとも、そんなことは関係ないのです。隣にいる女の子が、今、何を一番見てほしいのか。それを考えるだけで、関係なんて勝手に決まっていくものですから」
ミラさんは少しだけ悪戯っぽく、少女のような微笑みを浮かべた。
「あなたはバッシュが言うほど、頭が悪いわけではないんですから。そんな現実くらい、すぐに計算できるでしょう?」
「は? 俺のこと頭悪いって言ったの? バッシュの野郎めェェー!!」
「ほら、そういうところです。今はそういう話はしてません。そうやってティアラの話も途中で遮ったりしたこと、ありませんか?」
「いや……まぁ……、うん」
「ふふ。さあ、冷めないうちに夕飯にしましょう。今日はみんな、美味しいものを食べて機嫌がいいはずですから」
ミラさんに背中を優しく押され、俺は吸い込まれるようにリビングへと向かった。そして今日言われた言葉を、何度も思い返した。
(隣にいるやつが、何を見てほしいか……)
(現実的に考えて、ティアラが欲しがってるのは……)
(やっぱり、俺がマナーを覚えて、彼女を『百歳の長老』として敬うことなのか?)




