第三十三話:はじめての女子会
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街の一角にある、テラス席が人気のカフェ──。
クロムが放つ「教育」の熱苦しいプレッシャーから逃げ出した女性陣は、運ばれてきた華やかなスイーツを前に、ようやく人心地ついていた。
「ふぅ……。正直、死ぬかと思いましたわ。クロム様のあの熱量……」
シルフィが紅茶の湯気に顔を伏せ、心底疲れた様子でカップに唇を近づける。ミラも隣で深く頷きながら、女神へと視線を向けた。
「急に呼び出してごめんなさいね、女神。水晶の件は話した通りよ。それでシルフィさんと『折角だから女子会を開こう!』って話に急遽なって」
ミラと旧知の仲である女神は、パフェのクリームを一口掬ってから、朗らかに笑った。
「いいのよ、ミラちゃん。私もあの水晶の不審者については気になっていたし。……まさか、クロムさんがそこまで取り乱して『教育係』なんて始めちゃうとは思わなかったけど」
「ちょっと、不審者ってなによ? 一体何の話してるのよ」
ティアラがフォークを片手に、ジト目でミラを睨む。
「わざわざ女神まで呼んで、何をそんなに警戒してるわけ?」
怪訝な目でミラをけん制する。
「……それはね、ティアラさん。水晶に例のチート勇者が映ったのよ。それで……」
ミラは改めて映像の内容をティアラに伝えた。召喚されたであろう男が叫んだ名前。そして、その後のクロムの豹変ぶりなどを。
「え? 何? それじゃあ……映像の男が『──ーマ!』って叫んだだけで? それで、あのバカの親父じゃないかって話になったの?」
ティアラは心底呆れたように肩をすくめた。
「なによそれ。あんたたち、揃いも揃ってどうかしてるわ。世の中に似た名前なんて、いくらでもあるでしょ」
ミラは一瞬、言葉を探すように考えてはみたが、結局、否定も肯定もせずに静かに「ハァ……」と溜息をついた。
その様子を見て、ティアラが小さく鼻で笑う。
「だいたい、あのバカにそんな大層なルーツがあるわけないじゃない。馬か何かの聞き間違いに決まってるわ」
「……そ、そう、そうよね!?」
ミラがパッと顔を輝かせ、シルフィにも同意を求めた。
「ほら、シルフィさん。ティアラさんもこう言ってるし。私たち、ちょっと動揺しすぎだったのかもしれない。ねえ、女神? あなたから見て、あの男はどう見えたの?」
女神は少しだけ考え込む素振りを見せてから、首を振った。
「そうね……。私もかつて一度だけ拳を交えましたけど……あの男はまさに『理解不能』の塊。……でも、ティアラさんの言う通りよ。あのユーマさんと結びつけるには、あまりに飛躍しすぎているわ」
「……ああ、よかった」
ミラとシルフィは、お互いに視線を交差させたあと、ホッとした表情を浮かべた。
あの男(チート勇者)との戦闘経験のある二人の内、今のクロムは『教育』に夢中で意見交換したとしてもあてには出来ない。その点、女神は公平に判断出来るので、そう言って貰えると説得力が増す。
一瞬、ホッとした空気が流れたが、それを破るように、シルフィが「そういえば」と別の話題を振った。その瞬間、ミラが横目でティアラを盗み見る。
「ティアラさん。そもそもユーマさんと何をそんなに揉めてらしたの? 水晶の映像を見ている時に、部屋の外まで怒鳴り声が聞こえていましたけれど」
シルフィのその問いに、ティアラは不機嫌そうにストローを噛んだ。
「……もう、我慢の限界だったのよ。あいつ、大事な場面でエッチなお店のチラシなんて落としたのよ? 信じられる!?」
「ああ……あのチラシ、ですか」と、シルフィが苦笑いしながら応じる。
「確かに、あの時。タイミングとしては最悪でしたわね。でも、それだけ?」
「もちろん、それだけじゃないわよ! 調査の時だってバニーがどうとか、また別の調査の時も班分けでミラさんの方がいいとか……。だいたい、出会った頃のあたしだったら、あんなデリカシーのないこと言われたら、ショックで一晩中寝込んでたわよ!」
「えっ?」
ミラが目を見開く。
シルフィも思わず訊き返す。
「ティアラさん、出会った頃はそんなに……その、繊細だったのですか?」
「……自分でも信じられないけどね。あいつと旅を始める前までは、もっと……なんていうか、人見知りで、敬語だってちゃんと使ってたんだから」
その告白に、テーブルを囲む女子たちの間に衝撃が走った。
「なんですって!? こんな勝気なティアラさんが、人見知りの敬語キャラ?」
シルフィが驚きで声を裏返すと、ミラも身を乗り出した。
「ちょっと待ってください、ティアラさん。それって完全にユーマさんのせいで今の性格になったってことじゃないんですか!? 大人しかった少女を……ユーマさん、なんて恐ろしい男なの!」
「そうよね、ミラちゃん! まさに『平穏な地を焦土に変える』ような影響力じゃない?」
女神も、女子会らしいノリでキャッキャと盛り上がりつつ、物騒な比喩を混ぜる。
「……焦土って。あんたたち、大げさすぎでしょ」
ティアラは呆れてたが、ミラとシルフィは、久々の女子会とあって、どこか愚痴をこぼしながら共感出来る話題を探してるようでもある──。
そこへ女神がニヤニヤ顔で、ティアラを突っつきだした。
「でも、それって結局、ティアラさんがユーマさんに『特別』に扱ってほしいから怒ってるのよね? 嫌いな相手なら、チラシ一枚でそこまでブチ切れないもの」
「なっ……! な、何言ってんのよ! あんなの、誰だって怒るでしょ!」
「あらあら、顔が真っ赤。これだから若い子は可愛いわねぇ。ミラちゃん、これって完璧に『痴話喧嘩』よね?」
女神はノリノリである。
「え、ええ……。まあ、傍から見れば……そうなる、かもしれないわね?」
こういう時に性格が出る。ミラは必死にこの話題を「微笑ましい恋の悩み」という枠に押し込めようとしたが、女神とシルフィは、更に拗らせた恋話にして、もっと楽しみたいオーラを漂わせていた。
そんな内心をミラが見落とすわけがない。どうしようか困っていると、ふとカガミが視界に入る。
「……ところで、カガミさん」
「はい、なんでしょうか、ミラさん」
カガミは背筋を伸ばしたまま、静かにフォークを置く。いつものカガミの口調とは違い、女子会ではあまりどもらないようだ。
「あの映像が出た時、カガミは……あの男を見て『師匠』って言ってたわね? 私たち、あの時はクロム様の剣幕に圧されて、つい聞き流してしまってたけど……」
ミラ同様に、シルフィもカガミを見つめた。
「そうですわね。カガミさん、あなたがあんなにハッキリ確信を持って言うなんて珍しいですわ。……あれは、本当にあなたの『師匠』なのですか?」
ティアラと女神の視線も、カガミに集中する。カガミは一瞬の迷いもなく、静かに頷いた。
「はい。間違いありません……。あの、天衣無縫にして理外の存在……。……間違いなく、私に真理を教えてくださった師匠です」
「…………」
形容しがたい沈黙が流れた。
チート勇者の顔を知るクロムが「あれはチート勇者だ」と認め、師匠と何度も会っているいるカガミが「あれは師匠だ」と言っている。
「……じゃあ、なに? カガミの師匠が、あのチート勇者だったってわけ?」
ティアラが眉を寄せて確認すると、カガミは至極当然のように答えた。
「はい。師匠はよく、……街で食事を奢ってくださいます……とても気さくで、ですが底の知れない方です」
「……街で食事を……チート勇者と一緒に……」
ミラは少し驚いていた。
水晶を直して貰ったり、街で真理を説かれたなど、カガミの口から聞いていたが、何度も一緒に食事をする仲だとは、流石に思ってもいなかったからだ。
「……で、でも、よく考えたらそれとこれとは別問題よね!」
ミラが自分に言い聞かせるように声を上げた。
「カガミの師匠が、たまたまあの男(チート勇者)だっただけで、それがユーマさんと繋がる理由にはならないわ。カガミ、あなたの師匠は、ユーマさんに……その、顔とか似てるのかしら?」
シルフィも祈るような目でカガミを見る。カガミは少しだけ首を傾げた。
「いえ……。顔立ちは全く。……ただ、若が時折見せる、あの『現実的に考えて……』という独特の思考。……あれだけは、師匠の影を感じずにはいられませんが」
「……ま、まぁ、思考なんて、長く一緒にいれば移るものよね! きっとユーマさんも、その『師匠』に、どこかで会ったことがあって……それで変な影響を受けちゃっただけよね。ね、そうでしょ!?」
ミラは引きつった笑みを浮かべ、必死に自分に言い聞かせた。




