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第三十話:「腰の角度をグッと!」幼女なカガミの特撮ポーズ

「……ダメね。やっぱり、八方塞がりだわ」


屋敷に戻ってきたミラさんは、深いため息と共に、ギルドから持ち出した膨大な資料を投げ出すようにテーブルに置いた。

北側を調査していた、クロムのおっさんとバッシュも、無言のままソファに沈み込んでいる。


「そっちは、どうでした?」


ミラさんが、疲労の滲む声でシルフィさんに尋ねる。


「ええ。王宮の文官筋を当たりましたが……魔族との関係は、特に悪化している様子はありません。ただ……正式に和平を結んだ、という扱いにもなっていないようです」


シルフィさんの役回りは、召喚の痕跡探しではなく、王宮と魔族の関係性の洗い出しだった。

少し間を置いて、シルフィさんは言葉を選ぶようにこう続けた。


「交渉の記録自体はありますが、どれも途中で止まっています。決裂とも合意とも書かれていません……。魔族側も、王宮側も、はっきりさせる気がないように見えました。ただし、それは王宮と魔族に限った話です。私たちも現魔王派(ゼノン派)との和平を、正式に交わした覚えはありません……。クロム様の調査はどうでした?」


「ああ、北側も進展なしだ。倉庫街から旧区画までネズミ一匹逃さず洗ったが、召喚儀式に使った痕跡など、すす一つ落ちていなかった……。ユーマ、お前の方はどうだった」


おっさんに水を向けられ、俺は隣のティアラをチラリと見た。さっきから一言も喋らず、ただ膝の上で拳を握りしめている。


「南側もダメだったわー。でも、まあ、俺はバニーガールの巨乳ちゃんと爆乳のシルフィさん、どっちの乳がよく揺れるのかについて、深い知見を得たけどな! なあティアラ、あっちの店の兎ちゃんも捨てがたかったよな!?」


せっかく空気を変えようと、あえて普段通りのノリで話を振ってやったのに、ティアラは俺の顔を見ようともしない。


「な? ティアラ」


「あんたって人は、本当に……」


顎をきゅっと引いて、低い声でそう呟く。それ以上は何も言ってこなかった。


(……なんだよ。冗談だって分かってんだろ!)


「これだけ動いて手がかりなしですか……。こうなると、もう『アレ』に頼るしかないかもしれませんね」


シルフィさんの視線が、リビングの隅で水晶を磨き続けているカガミに向いた。


「カガミさんの水晶が直ったのなら、もう一度『過去』を覗けるのではありませんか?」


「あ! そうか、その手があったな!」


俺が膝を打つと、ミラさんも「現状では、それが最短ルートかもしれませんね」と同意した。早速、俺たちは前回と同じように魔法陣を敷き、その上にカガミの水晶をセットした。


「よし、カガミ。頼むぞ!」


「……はい。やってみます」


カガミが精神を統一し、水晶に手をかざす。前回と同じ条件だ。


……だけど。


一分経ち、二分経っても、水晶は冷たい石のように沈黙したままだ。


「……どういうことです? 反応がありませんね」


シルフィさんが、眉をひそめて水晶を覗き込む。


「おかしいですね。術式も刻印も、前回の条件はすべて満たしているはずですが……」


ミラさんの困惑した声。


「……ぐ、ぬぬぬぬ! 出なさい! ……出るのです! 我が渇望に応えなさい……っ!」


カガミは顔を真っ赤にして、水晶を睨みつけていたが、結局、最後まで何も映ることはなかった。


もうこの辺が潮時か、と言わんばかりにミラさんは、


「……さあ。皆さんもお疲れでしょうし、今日はここまでにしましょう。根を詰めすぎても、思考が鈍るだけです」


そう言って、今日のところは、ここで解散となった。



翌日。


カガミは、何かの啓示に導かれるかの如く、いつもの定食屋の暖簾をくぐっていた。一番奥の席には、今日も昼間から安酒のグラスを転がし、脂の乗った串焼きを幸せそうに頬張る、あの男の姿があった。


「……師匠」


「おう、お嬢ちゃん。また行き詰まってんのか? 悩みがあるなら、まず飯を食え。話はそれからだ」


世界の命運など微塵も気にかけていないような、あまりにも軽い声。カガミは救いを求める迷い子のような面持ちで、その向かいに腰を下ろした。


「師匠……。直していただいた水晶ですが、どうしても……上手く映らないのです。石ころのように、黙り込んだままで……」


カガミの悲痛な訴えを、男は「もぐもぐ」と咀嚼音と共に聞き流していた。そして串を皿に置くと、面倒くさそうに指先で頭をかく。


「あのさ、お嬢ちゃん。そんなもん現実的に考えて、占いは占い師がやるもんだろう?」


「占い師……でも……それだと、未来が見えます。みんなが見たいのは……実際に起きた『過去』です」


必死に食い下がるカガミを、男はひらひらと手を振って遮った。そしてグラスに残った酒を一気に流し込むと、プハァーッ! と大きく息を吐き、これ以上ないほど「適当」なトーンで言い放った。


「そう難しく考えんなって。見たいもんは、見たい! 現実的にそれ一択だろ? それ以外に何があんだよ」


「見たいものは、見たい……現実的に、それ一択……」


カガミはその言葉を、まるで貴重な古代魔導書の秘文が如く扱いで、口の中で何度も何度も丁寧に反芻した。


「ところでさ。さっきから過去だの未来だの言ってるけど、お前らって、そもそも何やってる組織なの? 」


男がポテトサラダをつつきながら、不思議そうに尋ねる。カガミはスッと背筋を伸ばし、一片の曇りもない声で答えた。


「組織、といいますか……簡単に申し上げるなら……、ことわりを乱す不届き者を打倒する……『正義の味方』のようなものです!」


それを聞いた男は「おっ!」と目を丸くし、子供のようにパッと顔を輝かせた。


「おお、正義の味方か! いいなそれ。俺、大好物だわ。特撮とかさァ、ヒーローものって見ててスカッとするもんな!」


カガミは「トクサツ?」「ヒーローモノ?」と、理解できぬ言葉に首を傾げながらも。


「……っ! し、師匠も……正義を愛し、その道を歩まれるお方なのですね……!!」


カガミの顔が、まるで信奉する神を間近で見たかのように、歓喜でパッと明るくなる。


(……やはり。この、隠しきれない王者の風格。師匠もまた、陰ながらこの世界を守る、孤高の守護者だったのですね……!)


「精進します、師匠!」


「おう、元気があっていいな。頑張れよ! あ、このつくね、一本食うか?」


「はい!!」


カガミは、師匠の深遠な慈愛(?)と、余り物のつくねを胸に、意気揚々と店を後にした。


その姿を見送りながら、男は「最近のコスプレ趣味の若い子は、設定が凝ってるなぁ」と感心しながら、追加のハイボールを注文するのだった。



クロムの屋敷にて──。


カガミは定食屋から帰ってくるなり、唐突に妙なことを口走りはじめた。


「あ、あの! やっぱり……違います!!」


「え? なになに? 突然どうしたカガミ?」


何かを主張するかのようなカガミの声に、ソファで資料を読んでいたミラさんも顔を上げた。


「カガミさん? 水晶の調査については、一旦終了と言ったはずですが」


「……いえ。調査、じゃなくて……やり方が。師匠は……もっと」


カガミは視線を床に落としたまま、ブツブツと呟き続ける。

ミラさんは溜息をつき資料に目を戻す。完全に相手にされていない。それでもカガミは納得出来ないのか、今度は俺のことをじっと見つめた。


「……ユーマさん。正義の……味方ですから。もっと……それっぽく、しないと」


「正義の味方? な、何の話だよ! なんか悪いもんでも食ったんか? ったく!」


「……ダメです! 『ヒーローもの』が、好きなら……名乗らないと。……ポーズとか」


「いや、だから名乗ってどうすんだよ。隠密調査なんだぞ?」


俺には珍しく、正論をぶつけたつもりだ。だけど、カガミは引き下がらない。


「でも……ポーズと名乗りは……スケベ勇者……参上って」


「いや、意味わっかんねーし! それ師匠の言葉じゃなくて、お前の捏造だろ! つか語呂も悪ぃわ!」


「……やりましょう。ポーズ、の……練習」


「話、聞けよ!」


俺に却下され、ミラさんに無視されても、まるで憑りつかれた呪いのアイテムのようだ。


「リーダー……ですから」


なぜか赤い布を俺に手渡す。


「いらねーって! つーか、誰がリーダーだよ!! メッチャ意味不明だわ」


リビングは、カガミの「静かな暴走」に振り回され、昨日とは別の意味で、どうしようもない空気に包まれていった。


ふと見ると、その喧騒から一番遠い場所で、ティアラが冷え切った目で俺たちを見ていた。


「ほんっっと……バカばっかり!」


そう毒ずくと、わざわざ俺の方へ向き直って、溜息をついた。


(なんなのコイツら!? 罰ゲーム?)


「……ユーマさん。次は、腰の……角度。……グッと!」


カガミは小学生のような体型で、腰をくいッと横にひねり、まるで手本でも見せるかのようにポーズを決めていた。


「だから、やらねェーつってんだろ!!」


結局、俺は夜遅くまで、カガミと一緒に、リビングの隅で変なポーズをさせられる羽目になった。


こいつ……酔ってんのか?(自分に)

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