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第二十九話:巨乳評論ユーマ、キレる猫族少女、その頃隠密は…

「……はぁ。カガミ、もうその話はいいって……」


翌朝、リビングのソファで水晶を大事そうに磨きながら、師匠の話ばかりしているカガミを見て、俺は正直うんざりしていた。


「いいですか、皆さん。昨日からカガミさんが妙な不審者──いえ、自称『師匠』なる人物に傾倒していますが、私たちは本来の目的を忘れてはいけません」


ミラさんがカガミを横目に、呆れたように釘を刺した。


「召喚の間がハズレだった以上、街のどこかに別の痕跡があるはずです。今日こそ、その痕跡を見つけ出しましょう!」


ミラさんの仕切りで、昨日の班分けに少し変更が出た。


「シルフィさんは王宮の文官ルートから、現在の人間と魔族の関係性を探ってください。クロムさんとバッシュは北側」


「俺は?」


「……ユーマさんは、ティアラさんと一緒に南側をお願いします。私はギルドで過去の記録を洗いますから」


「え、俺、ティアラと? ミラさんの助手じゃないのかよー」


俺が不満を漏らすと、ミラさんは俺を見て、次にティアラを見て、またすぐに視線を地図へ戻した。


「……ユーマさん。これから私が向かう先は、交渉と根回しばかりです。正直に言えば、退屈になりますよ?」


「うっ……。それはヤダ。もっと女の子の多い所の方が……」


「ですよね? なので、南側の市場調査をお願いします。人通りも多いですし、そちらの方が情報も拾いやすいでしょう」


「まぁ、しゃーねーかー」


こうして俺は、俺は不本意ながらティアラと二人で街の南側を調査することになった。


「ほら、行くぞ! ティアラ」


「……」


(ノリ悪ぃーな!)



南側の市場を歩き始めて、一時間ほど経った。

人の多さにも慣れてきた頃、俺はさっきから、ある女の子に釘付けになっていた。


「……ねえ。あんた、さっきから何見てんの?」


隣を歩くティアラから、刺々しい声が飛んでくる。


「え? ああ、あの看板。バニーガールの衣装を着た女の子。メッチャ乳デカくね? な! ティアラもそう思うだろ? シルフィさんとどっちがデカいかなー」


俺がそう言うと、ティアラは足を止めずに、ちらっとだけこっちを見た。


「……ふーん。好きにすれば。どうせあたしには、いつもダメ出し。意見だって元から聞く気ないんでしょ」


「意見? 聞くまでもなく、お前のは小さいだろッ、へへへ」


「あ、そう」


それだけ言って、前を向く。


「……? なんだよ。別にいいだろ。ちょっとした下ネタくらい。調査に支障が出るわけでもないし」


一瞬、反撃に備えたが、ティアラはそれ以上、何も言って来なかった。


(良かった……)


昨日はあんなに突っかかってきたけど、寝たら治ったみたいだ。単純で助かるわ~。


返事が短いのは、たぶん集中してるからだろう。聞き込みも空振り続きだし、イライラするのも分かる。でも、まぁ。その薄反応リアクションは、どうなの? って正直思うけどさ。


「王宮の調査も空振りだったしな。まあ、そんな簡単に見つかるわけないよな」


何気なくそう言うと、


「……そうね」


前を向いたまま、それだけ答えるティアラ。


歩く速度は変わらない。

声の調子も、たぶんいつも通りだ。


……まあ、こう見えてティアラは元は真面目だし。だからこそ、進展が全くないのが気に入らないだけだろう。


俺はそう思うことにして、再び市場の看板に目を戻した。



一方その頃、カガミの様子は?


活気あふれる市場の隅にある、なんてことのない定食屋の暖簾をくぐっていた。手には、昨日完璧に修復された愛用の水晶を抱えている。


(……この水晶に宿る、淀みのない透明感。やはり、あの方は真理の到達者です。どうしても、もう一度お会いして、教えを……)


昼時の店内は混み合っていたが、一番奥の席に、家でくつろいでいるレベルでリラックスした中年男が座っていた。


彼が『ジーン・モーリー』その人だ。


つまり、別名『チート勇者』である。

が、もちろんカガミは、現時点ではそのことに気づいていない。


「あ……」


「お、昨日の水晶のお嬢ちゃんじゃねーか。相席いいぞ、ここ美味いんだわ」


男は串焼きを頬張りながら気さくに手を振った。カガミは恐縮しながら、その向かいに腰を下ろす。


「師匠……。昨日は、ありがとうございました。この水晶、世界の声が……よく聞こえるようになりました……」


「おい、師匠はやめろって。俺はただのぐうたら親父だよ。まぁ、昔はよく……アンってのがいてさ。そいつがまた厳しくてよぉ」


アン・モーリー(別名:アン・ド・ギルガ)

男の母親である。


男は懐かしそうに目を細め、かつてアンによって無理やり「納屋ゲート」へ放り込まれた過去を語り始めた。


「俺が家でゴロゴロしてるとさ、アンに、いきなり納屋まで連れてかれてな『召喚通路ゲート』に落とされたんだわ」


「ゲート……それは……時空かなにか……ですか?」


カガミの背筋が凍りつく。時空に干渉するなど、彼女の認識では神の領域だ。

もちろん、カガミの勝手な思い込みなのだが……。


「師匠! その術式は一体、どのような原理なのでしょうか。座標固定の定数と、方向指定の反転をどう……」


「術式? ああ……いや、そんなの気合だよ。こう、時空をバキッと割って、ポイっと投げるだけ。……ほら、それより飯食えよ。冷めるぞ」


カガミは絶句した。


(……次元の壁を物理的に破壊し、投擲したというのですか……! 原理を説明しないのはどうせ理解できないと……配慮してくださっているのですね!)


カガミが震える手で『気合で割る』とメモを取る。


──その隣の席では。


人間に化けた魔王軍の隠密が、完全に油断しきった顔で煮込み定食をつついていた。


(……はあ。街の飯は美味い! 平和だぁ……。本当に、有給休暇という制度を作ってくれた魔王ゼノン様には感謝しかない)


ついこの間まで、命のやり取りをしていたとは思えないほど、穏やかな昼下がり。


──の、はずだった。


「……納屋に連れてってよ。ゲートをバキッと割って、ポイだ」


その声には気聞き覚えがある。

隠密の箸が、ぴたりと止まった。


(今、なんと?)


耳を疑った隠密は、ゆっくりと視線だけを動かす。そこには、場違いなほどくつろいだ「先生」と、向かいに座る見覚えのある魔族。


(……あれは、元四天王のカガミ様? なぜ、あの方が……しかも先生と?)


「師匠! その術式の原理は……!」


(やはり!)


隠密の背中に、冷たい汗が流れ落ちる。


(元四天王に直接、秘儀の講義!? しかも内容が“時空を割る”だと!? そんな術式は聞いたこともない!!)


隠密の脳内で、最悪の仮説が一気に組み上がる。


・先生は現状のもてなしに不満

・それが原因でクロム派の残党と手を組んだ

・元四天王を取り込み、新勇者陣営を再編

・次は……魔王城に攻め入る!


(……むしろ、そう考えない方が不自然だ)


隠密は、もはや味のしなくなった煮込みを無理やり飲み下し、震える手で伝書用の紙を取り出した。


 急報!!

 先生、元四天王カガミ様と接触。

 内容、時空干渉級の秘儀。

 現場、定食屋。

 至急、判断を──


「判断を──」という文字を書いたところで、隠密は一瞬だけペンを止めた。


(これは冗談なんかの話ではない。きっと本気だ!)


ガクガク震える隠密は、この世の終わりのような気持ちで、報告書を書き切った。



夕方。ユーマはというと。


ティアラに結局、最後まで素っ気ない返事しかして貰えず、重い足取りで屋敷に戻ると、カガミがリビングのソファで、ノートを凝視している姿が目に入った。


「カガミ? どーしたんだよ、そのノート。真っ黒だけど」


「あ……ユーマさん。私は今日……改めて思い知りました。師匠の領域は、私たちが一生かけても辿り着けない……高みにあります。じ、次元を……気合で割るのです……」


「はぁ?」


(ああ……なるほど。そういや、こいつも中学二年生を拗らせてたっけ)


俺が首を傾げていると、カガミは「精進します……」と、トンチンカンなことを言い残し、フラフラと自室へ消えていった。


「カガミのやつ、マジで変な宗教にハマったんじゃないか? ねぇミラさん、大丈夫かなあいつ?」


(あ、ミラさんは、まだ帰って来てなかったわ……つい癖で)


「……あーあ。ミラさん早く帰ってこねーかな。誰かさんと違って、あっちの方が話が通じるし……」


俺がそう言った瞬間、横を通り過ぎたティアラが「フンッ!」と鼻を鳴らして階段を駆け上がっていった。


「……なんだよ。俺、マジで今日、悪いことなんもしてねーのに」


夕暮れの屋敷に、俺のむなしい独り言だけが響いた。


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