第二十八話:嫌な予感は、いつも「当たり前」の顔をしてやってくる
「……で、なんで俺たちが、こんなにバラバラに動いてるわけ?」
俺は屋敷のリビングで、ミラさんの前に広げられた地図を眺めながら、あくびを漏らした。
おっさんは「弟のゼノンが屈辱を味わわされている!」と鼻息を荒くしていたが、ミラさんが、それをなんとか抑え込み、代わりに「調査」という名目の別行動を提案した。
「いいですか、皆さん。王宮の召喚の間が使われた形跡はなく、あそこには魔法陣すら残っていませんでした。 と、すると、どこか別の場所で召喚されたのかもしれません。その痕跡が街のどこかにないか、手分けして探すんです」
「なんでミラさんが、リーダーみたいに命令してんだよ……」
俺が何気なく呟いた一言に、ミラさんは「はい? 何ですか!」とイラついた態度を見せた。
「当たり前でしょう! 無秩序に動かれて困るのは、後処理をする人間です。私も好きで仕切っているわけじゃありません! こういう役回りが必要なのに、それを誰もやらないから、私がやっているだけです!」
ミラさんの説明は相変わらず理路整然としている。ギルド職員ってストレス溜まりそう……。
「つまり。王宮以外に怪しい場所がないか、ローラー作戦で調べなさいってことですよ」
絶妙なタイミングで、シルフィさんが補足を入れる。
「そういうことです。では、クロム様とバッシュは北側、ティアラさんとシルフィは南側をお願いします。ユーマさんは私と一緒にギルドで過去の記録を洗いますよ。……あれ? カガミさんは?」
「あ、カガミならさっき、東の市場の方へ行くって言って出てったぞ。なんか、水晶が壊れたとかで落ち込んでたけど」
俺がそう言うと、ミラさんは呆れた表情で溜息をついた。
「……全く」
◇
その頃、カガミは──。
一人、活気あふれる市場の裏通りを歩いていた。
彼女の手には、先日の映像騒動以来、不快なノイズが走り続けている愛用の水晶がある。
これは昔、彼女が魔王城の宝物庫で見つけて以来、大切に使ってきたものだ。街の魔道具店をいくつか回ってみたものの、店主たちには「見たこともない特殊な構造だ」と匙を投げられてしまった。
(……想定外です。どこへ持ち込んでも、解決の糸口が見えない……。これを失えば、元の静寂へ沈むだけ……)
直せるあてもないのに、未練がましく水晶を抱えて街をウロウロする姿は、はたから見れば相当怪しい。その時、うつむき加減に歩いていた彼女の背後から、疾風のような影が迫った。
「おい、どけッ!」
ガラの悪い男がカガミの肩を突き飛ばし、その手から水晶をひったくろうとした。
咄嗟にカガミは、水晶を庇うように腕を引き、掴まれた指を振りほどこうとする。
その瞬間。
「おっと。危ねーな、お嬢ちゃん」
聞き慣れない、妙に軽い声が響いた。
気づけば、ひったくり犯は、なぜか道端に転がっていた小石に躓き、自爆するように地面に突っ伏していた。
「え!?」
カガミが顔を向けると、そこには見知らぬ男が立っていた。
どこにでもいそうな、しかしどこかこの世界の空気から浮いているような、不思議な風体の中年男だ。
胸に抱えていた水晶が、衝撃で腕から滑り落ちかけた。
「おっと、と、と」
男が手を伸ばし、落ちる寸前の水晶をひょいと受け止める。
「あ、あ……ありがとうございます……。あの、あなたは……?」
「名乗るほどのもんじゃねーよ。それより、水晶、随分とくたびれてんな」
男は受け取った水晶を、事もなげに指先で弾いた。
「……だ、ダメです! それは魔王城の宝物庫にあった、とても複雑な……」
「魔法だか何だか知らねーが、水晶なんて俺の世界じゃ、ただ占うだけの置物だぞ。そんな小難しいもんでもねーだろ」
男が鼻で笑った瞬間、水晶の中から不快なノイズが完全に消えた。
どこへ行っても匙を投げられ、諦めかけていたところへ、男の「ただのガラス玉だろ」という、極めて等身大で無知な認識によって、不具合が修正されてしまったのだ。
「……え。直った? 触っただけで……?」
カガミの瞳に、かつてないほどの驚愕と、そして畏敬の念が宿る。
彼女にとって、魔王城の至宝すら「ただの置物」だと断じ無力化する存在など、真理の到達者以外にあり得なかった。
カガミが混乱している一方で、男は何事もなかったかのように、さっさと歩き去ろうとしていた。
「……あ、あの! 待ってください! あなたは……もしや、真理を悟られた……本物の……」
「ああ? 悪いが俺、これから『接待』されるので忙しいんだわ。じゃあな」
男はひらひらと手を振り、雑踏の中へ消えていった。
◇
夕方、ギルドでの退屈な作業を終えて屋敷に帰ると、カガミが水晶を大事そうに胸に抱き、放心状態でリビングのソファに座り込んでいた。
「……カガミ? どーしたんだよ、そんな真っ赤な顔して。調査はどうした」
俺が声をかけると、カガミは震える声で答えた。
「……ユーマさん。今日……本物の『師匠』……かもしれない、人に会いました……。あの……直したんで……触っただけ、で……」
いつも以上に、どもりを強めて、頬を上気させ興奮気味のカガミ。
だが肝心の内容が、まるで何かに熱狂しているような話しぶりで、筋がハッキリとしない。
ついつい俺も「へぇ。カガミが男を褒めるなんて、珍しいじゃん」なんて茶化してしまう。
だけどカガミは、俺に茶化されたことにすら気づかずに、真剣な顔で頷いた。
「……あの方は、凄いです……。私の水晶が……あの時のノイズで、壊れていたのですが……あの方が、指先一つで直してしまいました……」
「えっ? 水晶を直した!!」
ここにいる全員が絶句した。
やっと話の筋が見えた、けど!
あの映像の日以来、確かにカガミの水晶は調子が悪かった。というか……どこで手に入れたのかは知らないが、異世界の『水晶』とは、天界由来の品だったはずだ。それを一瞬で直せる奴がいる……という事実に驚いた。
リビングは、しんと静まり返っていた。
誰も口を開かない。
「はいっ!?」
それまで黙って聞いていたティアラが、弾かれたように声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って! それって……そんな、怖い顔して考え込むようなこと? たかが水晶一個、直っただけでしょ?」
(いや……そういう問題じゃないだろ)
俺は内心でツッコミを入れつつ、困惑しているティアラを軽くからかった。
「まぁ、”ティアラちゃん”には、ちょ~っと難しかったかァ?」
するとティアラは、急に俺の腕に噛みついてきた。
「いででででっ! やめ、やめろよぉぉ!!」
「私がバカだから、分かんないって言いたいの? 感覚だけの”人間”だって言いたいの?」
「いやいやいや、お前はそもそも”猫族”だろ! な?」
俺はそう言って冗談を飛ばし笑った。
「……何それ? 全然面白くないんだけど」
ティアラは不服そうに唇を尖らせ、プイッと顔を背けた。俺としては場を和ませるいつものジョークのつもりだったんだが……。
今日のこいつは、なんだか妙に突っかかる。
「しかし、まあ、理論的には、あり得ませんよね」
シルフィさんが仲立ちするように、話に割って入る。
(ナイスーっ、シルフィさん!)
「修復術式も刻印もなし。再構成の痕跡もなし。壊れた『結果だけ』が、なかったことになっていますね……」
シルフィさんも不思議そうな顔だ。
「き……気持ち悪いです、か?」
ぽつりとカガミが呟く。
バッシュは抑えていた感情を吐き出すように、胸を張った。
「つ、つまり!! その御仁は、まさに閣下にも匹敵するような──」
「やめろバッシュ! 比較するな」
クロムのおっさんが即座に遮る。
そして誰ともなく、その言葉が口から出た。
「……嫌な予感しかしない」
全員の視線が、自然と俺に集まった。
「……いやいやいや! 俺を見るなよ! なんなの!? 今の話、俺に全然関係ねーじゃん!」
思わず両手を上げる。
「触っただけで直すなんて、そんな人──……、また厄介事に巻き込まれなければいいんですが」
現実主義者のミラさんがそう言った瞬間、カガミが小さく、しかしはっきり言った。
「……でも」
全員が、再びカガミを見る。
「……また、会う気がします」
「ほらな! ほらな!!」
俺の勘は大当たりだ。
「もう、面倒事確定じゃねーかよ! 分かりやすいフラグ立てすぎだろぉぉ!」
その嫌な予感が、当たらなけばいいんだが……。




