表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/88

第二十八話:嫌な予感は、いつも「当たり前」の顔をしてやってくる

「……で、なんで俺たちが、こんなにバラバラに動いてるわけ?」


俺は屋敷のリビングで、ミラさんの前に広げられた地図を眺めながら、あくびを漏らした。


おっさんは「弟のゼノンが屈辱を味わわされている!」と鼻息を荒くしていたが、ミラさんが、それをなんとか抑え込み、代わりに「調査」という名目の別行動を提案した。


「いいですか、皆さん。王宮の召喚の間が使われた形跡はなく、あそこには魔法陣すら残っていませんでした。 と、すると、どこか別の場所で召喚されたのかもしれません。その痕跡が街のどこかにないか、手分けして探すんです」


「なんでミラさんが、リーダーみたいに命令してんだよ……」


俺が何気なく呟いた一言に、ミラさんは「はい? 何ですか!」とイラついた態度を見せた。


「当たり前でしょう! 無秩序に動かれて困るのは、後処理をする人間わたしです。私も好きで仕切っているわけじゃありません! こういう役回りが必要なのに、それを誰もやらないから、私がやっているだけです!」


ミラさんの説明は相変わらず理路整然としている。ギルド職員ってストレス溜まりそう……。


「つまり。王宮以外に怪しい場所がないか、ローラー作戦で調べなさいってことですよ」


絶妙なタイミングで、シルフィさんが補足を入れる。


「そういうことです。では、クロム様とバッシュは北側、ティアラさんとシルフィは南側をお願いします。ユーマさんは私と一緒にギルドで過去の記録を洗いますよ。……あれ? カガミさんは?」


「あ、カガミならさっき、東の市場の方へ行くって言って出てったぞ。なんか、水晶が壊れたとかで落ち込んでたけど」


俺がそう言うと、ミラさんは呆れた表情で溜息をついた。


「……全く」



その頃、カガミは──。


一人、活気あふれる市場の裏通りを歩いていた。

彼女の手には、先日の映像騒動以来、不快なノイズが走り続けている愛用の水晶がある。


これは昔、彼女が魔王城の宝物庫で見つけて以来、大切に使ってきたものだ。街の魔道具店をいくつか回ってみたものの、店主たちには「見たこともない特殊な構造だ」と匙を投げられてしまった。


(……想定外です。どこへ持ち込んでも、解決の糸口が見えない……。これを失えば、元の静寂へ沈むだけ……)


直せるあてもないのに、未練がましく水晶を抱えて街をウロウロする姿は、はたから見れば相当怪しい。その時、うつむき加減に歩いていた彼女の背後から、疾風のような影が迫った。


「おい、どけッ!」


ガラの悪い男がカガミの肩を突き飛ばし、その手から水晶をひったくろうとした。

咄嗟にカガミは、水晶を庇うように腕を引き、掴まれた指を振りほどこうとする。


その瞬間。


「おっと。危ねーな、お嬢ちゃん」


聞き慣れない、妙に軽い声が響いた。


気づけば、ひったくり犯は、なぜか道端に転がっていた小石に躓き、自爆するように地面に突っ伏していた。


「え!?」


カガミが顔を向けると、そこには見知らぬ男が立っていた。

どこにでもいそうな、しかしどこかこの世界の空気から浮いているような、不思議な風体の中年男だ。


胸に抱えていた水晶が、衝撃で腕から滑り落ちかけた。


「おっと、と、と」


男が手を伸ばし、落ちる寸前の水晶をひょいと受け止める。


「あ、あ……ありがとうございます……。あの、あなたは……?」


「名乗るほどのもんじゃねーよ。それより、水晶それ、随分とくたびれてんな」


男は受け取った水晶を、事もなげに指先で弾いた。


「……だ、ダメです! それは魔王城の宝物庫にあった、とても複雑な……」


「魔法だか何だか知らねーが、水晶なんて俺の世界じゃ、ただ占うだけの置物だぞ。そんな小難しいもんでもねーだろ」


男が鼻で笑った瞬間、水晶の中から不快なノイズが完全に消えた。

どこへ行っても匙を投げられ、諦めかけていたところへ、男の「ただのガラス玉だろ」という、極めて等身大で無知な認識によって、不具合が修正されてしまったのだ。


「……え。直った? 触っただけで……?」


カガミの瞳に、かつてないほどの驚愕と、そして畏敬の念が宿る。

彼女にとって、魔王城の至宝すら「ただの置物」だと断じ無力化する存在など、真理の到達者以外にあり得なかった。


カガミが混乱している一方で、男は何事もなかったかのように、さっさと歩き去ろうとしていた。


「……あ、あの! 待ってください! あなたは……もしや、真理を悟られた……本物の……」


「ああ? 悪いが俺、これから『接待』されるので忙しいんだわ。じゃあな」


男はひらひらと手を振り、雑踏の中へ消えていった。



夕方、ギルドでの退屈な作業を終えて屋敷に帰ると、カガミが水晶を大事そうに胸に抱き、放心状態でリビングのソファに座り込んでいた。


「……カガミ? どーしたんだよ、そんな真っ赤な顔して。調査はどうした」


俺が声をかけると、カガミは震える声で答えた。


「……ユーマさん。今日……本物の『師匠』……かもしれない、人に会いました……。あの……直したんで……触っただけ、で……」


いつも以上に、どもりを強めて、頬を上気させ興奮気味のカガミ。

だが肝心の内容が、まるで何かに熱狂しているような話しぶりで、筋がハッキリとしない。


ついつい俺も「へぇ。カガミが男を褒めるなんて、珍しいじゃん」なんて茶化してしまう。

だけどカガミは、俺に茶化されたことにすら気づかずに、真剣な顔で頷いた。


「……あの方は、凄いです……。私の水晶が……あの時のノイズで、壊れていたのですが……あの方が、指先一つで直してしまいました……」


「えっ? 水晶を直した!!」


ここにいる全員が絶句した。

やっと話の筋が見えた、けど!


あの映像の日以来、確かにカガミの水晶は調子が悪かった。というか……どこで手に入れたのかは知らないが、こっちの世界の『水晶』とは、天界由来の品だったはずだ。それを一瞬で直せる奴がいる……という事実に驚いた。


リビングは、しんと静まり返っていた。

誰も口を開かない。


「はいっ!?」


それまで黙って聞いていたティアラが、弾かれたように声を上げる。


「ちょ、ちょっと待って! それって……そんな、怖い顔して考え込むようなこと? たかが水晶一個、直っただけでしょ?」


(いや……そういう問題じゃないだろ)


俺は内心でツッコミを入れつつ、困惑しているティアラを軽くからかった。


「まぁ、”ティアラちゃん”には、ちょ~っと難しかったかァ?」


するとティアラは、急に俺の腕に噛みついてきた。


「いででででっ! やめ、やめろよぉぉ!!」


「私がバカだから、分かんないって言いたいの? 感覚だけの”人間”だって言いたいの?」


「いやいやいや、お前はそもそも”猫族”だろ! な?」


俺はそう言って冗談を飛ばし笑った。


「……何それ? 全然面白くないんだけど」


ティアラは不服そうに唇を尖らせ、プイッと顔を背けた。俺としては場を和ませるいつものジョークのつもりだったんだが……。


今日のこいつは、なんだか妙に突っかかる。


「しかし、まあ、理論的には、あり得ませんよね」


シルフィさんが仲立ちするように、話に割って入る。


(ナイスーっ、シルフィさん!)


「修復術式も刻印もなし。再構成の痕跡もなし。壊れた『結果だけ』が、なかったことになっていますね……」


シルフィさんも不思議そうな顔だ。


「き……気持ち悪いです、か?」


ぽつりとカガミが呟く。

バッシュは抑えていた感情を吐き出すように、胸を張った。


「つ、つまり!! その御仁は、まさに閣下にも匹敵するような──」


「やめろバッシュ! 比較するな」


クロムのおっさんが即座に遮る。

そして誰ともなく、その言葉が口から出た。


「……嫌な予感しかしない」


全員の視線が、自然と俺に集まった。


「……いやいやいや! 俺を見るなよ! なんなの!? 今の話、俺に全然関係ねーじゃん!」


思わず両手を上げる。


「触っただけで直すなんて、そんな人──……、また厄介事に巻き込まれなければいいんですが」


現実主義者リアリストのミラさんがそう言った瞬間、カガミが小さく、しかしはっきり言った。


「……でも」


全員が、再びカガミを見る。


「……また、会う気がします」


「ほらな! ほらな!!」


俺の勘は大当たりだ。


「もう、面倒事確定じゃねーかよ! 分かりやすいフラグ立てすぎだろぉぉ!」


その嫌な予感が、当たらなけばいいんだが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ