第二十七話:ギルド職員ミラ、王宮の「お役所仕事」に辟易する
……で。
結局、あのあとどうなったかと言いますと、何も決まりませんでした。
クロム様と女神様は、相変わらず言い合いを続け。バッシュは勢いだけで話に乗り。ユーマさんは途中から完全に興味を失い。収拾がつかないのは、いつもの流れです。
「そういえば、なんだが……」
「記録には残っていないな」
「女神でも分からんのか?」
「つか召喚って、そんな適当でいいの?」
あちこちから、好き勝手な声。私は小さく溜息をつきました。
「……落ち着いてください。気になるのは分かりますけど、ここで言い合っても答えは出ませんよ」
全員の視線が、私に集まる。
嫌な予感がしました。
「王宮に行って、召喚の記録を確認すれば分かるんじゃないか?」
──はい、出ました。
「……それを、誰がやるんですか?」
私がそう聞き返した瞬間、さらに嫌な予感が強くなります。
ユーマさんは目を逸らし。クロム様は腕を組み。バッシュは「うーん」と唸り。女神様は、ニコニコしているだけ。
……なるほど。
そういうことですね。
「分かりました。確認だけですよ?」
そう念を押すと、全員が一斉に頷きました。
「流石ミラさん!」
ああ、はい、はい……。
結局こうなるのです。
正直、嫌な予感しかしませんでしたが、でもまあ、放っておくともっと面倒なことになるのは、これまでの経験上分かっていましたからね。
◇
結局。私がギルドのコネを使って、王宮へ調査に行くことになってしまいました。
調査対象は、王宮内にある「召喚の間」
以前、カガミの水晶で見た、あの男(チート勇者)と衛兵とが揉めた現場です。
結論から申しますと、今回のこの調査では更なる疑問が浮んだだけで、何一つ新たな情報は得られませんでした。
「記録上、最後の召喚の儀式は三年前です。それ以降は実施されておりません」
目の前の文官は、退屈そうに書類を捲りながらそう断言しました。”記録上”と、そこに念を押した言い方なのが、少し気になりましたが……。
「三年前……。それは、どういった内容の召喚だったのですか?」
念のため確認すると、文官はあからさまに「そんなことまで聞くのか」という顔をして鼻を鳴らしました。
「予算消化のための定期召喚ですよ。どこの誰とも分からぬ貧弱な若者が一人現れ、適性も皆無だったので、適当な支度金を持たせて田舎へ帰した……という、よくある失敗例です。記録する価値もありませんが、帳尻合わせに載せているだけですよ」
予算の都合上、という部分を除けば「支度金を与えて放出する」という部分では、まるまるユーマさんの事例と重なります。
最近では、あの『少年集団召喚事件』も、王宮的には「数ある誤りの中の一つ」に過ぎなかった、という扱いのようです。
しかし”正式な召喚”だけ見れば、王宮のシステムは三年も眠ったままなのが、あまりにも杜撰すぎます。
私はこめかみを押さえ、努めて冷静に本題を切り出しました。
「……では、数ヶ月前。この部屋に一人の男性が現れ、衛兵と一悶着あったはずですよね? 一応ギルト職員ですから、その責任者として、その時の記録を確認したいのですが」
そう。カガミの水晶で見た、あの映像の男です。
「ああ、あれですか」
文官は鼻で笑うように答えました。
「あれはただの酔っ払いが、どこからか迷い込んだだけですよ。だから記録にも残していません。警備隊が適当に追い払って終わりです」
「……酔っ払い、ですか。しかし、その者は現在、魔王軍を掌握しているというチート勇者本人なのですよ? 確か『先生』とも呼ばれているようです。そのような重要人が記録に残らないわけがありません」
「チート勇者? ははは、ミラさん、冗談が過ぎますよ。あんな酒臭くて身なりの汚いオッサンが、伝説の勇者なわけがないでしょう。どこをどう見たらそんな発想になるんですか?」
文官は、私が何かおかしなことでも言っているかのような、憐れみの混じった視線を向けてきました。どうやら王宮にとって、あの男は「勇者」どころか「検討に値する不審者」ですらなかった、という認識のようです。
「では、ここだけは、はっきりさせてください」
私は身を乗り出し、文官の目を真っ直ぐに見据えました。
「あの者がチート勇者にしろ、ただの酔っ払いにしろ。あの日、この部屋で『召喚』という事象、あるいは魔法陣の起動は行われたのですか?」
「だからさっきから申し上げているでしょう。最後に行われた正規の召喚は三年前だと。あの日、この部屋の魔法陣はピクリとも動いていませんし、魔力の残滓も一切検出されていません。魔法陣を通らずに現れたものを、どうやって『召喚』と呼ぶのですか?」
「……」
私は言葉を失いました。 文官の様子からして、嘘を言っているようには見えません。というか、彼は心底「予算も魔法陣も使っていない以上、あれは召喚ではない」と官僚的に割り切っている。
つまり。 あの男は、王宮の魔法陣を一切介さず。 誰に呼ばれることもなく、起動すらしていない魔法陣の真上に、ただ「湧いて出た」ということなのでしょうか?
(……おかしい。召喚もされていないなら、どうやって出現したの?)
正規の扉を通らずに、壁をすり抜けて室内へ現れる幽霊のような現象とでも……? それは、召喚士を突き止めようとしていた私たちの前提を、根底から覆す事実でした。
「分かりました。お忙しいところ、ありがとうございました」
私は形式的な礼を言い、逃げるように召喚の間を後にしました。 背筋を嫌な汗が伝わります。
手がかりを求めて王宮へ来たけれど、分かったのは「手がかりなど最初から存在しなかった」という、さらに深い謎だけ。
「……これ、なんて報告すればいいのよ」
不夜城のように輝く王宮の廊下で、私は途方に暮れるしかありませんでした。




