第二十六話:かつての英雄譚、決め手は女神の「下乳?」
「クロムさん! 『あの話』は私の方から語らせてもらいます」
女神はそう言いって、クロムのおっさんに目配せをする。
どうやら今から話す内容は、クロムのおっさんにも、何か関りがあるらしい。
「まずは……、全ての元凶は、あのチート勇者が『今だったら俺、神にだって勝てる気がするぅ』などと大それたことを言い、神々の怒りを買ったことに端を発しています!」
女神が気分よく話し始めると、早速おっさんが横やりを入れた。
「いやいや、それは天界の言い分だ。地上ではもっと以前から──」
「おいおい、いきなり仲間割れか?」
俺は合いの手のつもりで茶々を入れたのだが、それがいけなかった。二人の主導争いが勃発する原因を作ってしまった……。
女神は続けて、こう話した。
「二十年前! ……あのチート勇者のせいで、私は天界の上層部から毎日、それはもうひどいお叱りを受けていたんです『なぜあんな、神を舐めきった男を野放しにしているんだ!』ってね。立場が危うくなった私は、藁にもすがる思いで、当時まだ玉座にいたクロムさんに接触したんです」
どこか演技がかった態度で、気分も乗っている様子だ。
「ああ……。確かに、そういう流れで話が来たな──。そこで私は………」
おっさんが静かに目を伏せ、苦い記憶を辿り始める。
一秒……二秒……十秒……二十秒………。
(長げぇーよ!)
思いっきり自分に酔ってやがる。
こいつら、一体何の話を俺らに聞かせる気だよ。などと考えていたら、急におっさんが話し出した。
「私は当時、絶対的な恐怖の魔王として全盛を極めていた。が……! あの男には、そんな私をもってしても、なお太刀打ちできぬと悟ったのだ。そこで魔族会議で和平案を出した。だがな。それが故に『臆病者の提案』と蔑まれ、追放が決定してしまったのだ……」
なんかよく分からんが、自分に酔ってるおっさんがキモかったので、もう一回茶々を入れた。
「それですんなり魔王の座から退いたのか? おっさん、ヘタレだな」
「まあ待て、ユーマ。……とは言え。当時の私から強引に実権を奪えるほどの、真の実力者などおらんかった。決定後も私は、そのまま魔王の時と同じよう振舞っていたのだ」
すかさず、バッシュが合いの手を入れる。
「閣下! 今にして思えば、あの時、ゼノン様が閣下を失脚させようと裏で動いていたのも、すべては閣下を安全な場所へ逃がすための、苦渋の選択だったのですね……!」
バッシュは鼻をすすりながら、確信に満ちた声で言った。おっさんも深く頷く。
「うむ。ゼノンは、私があの怪物に殺されるのを防ぐため、あえて自分が反逆者の汚名を被る道を選んだのだ。なんという兄弟愛だ……」
……いや、どう考えても美化しすぎだろ。俺はそこに”ツッコみ”を入れようとしたが、先におっさんが口を開いた。
「その後……、私と女神は共闘し、あの男に立ち向かった。だが、あろうことか! 私の術式が何一つ通じなかったのだ──ゼノ」
ここで女神が、強引に言葉を被せる。
「ええ、そこなんですよ! ええ、まさしく」
(どうでもいいが、どっちか一人が喋れよ。面倒くさい……)
女神はおっさんに話を横取りされまいと、食い気味に補足を加えた。
「クロムさんの奥義『チート依存拒否』は、相手がチート保持者であるほど無力化できるのです。でも、あの男は、そもそもチートなんて持っていなかったのです。ただの、どこにでもいる普通の人。ええ、そうですね。はい。普通の人に『チート依存拒否』は発動しませんから……」
女神は一瞬、言葉を選ぶように視線を泳がせた。ついでに、また話の主導権を横取りされないかと、クロムのおっさんにチラリと視線を這わせる。
「……そう! そしてそれは、私の術式『異物送還』も同じでしたのよ。神級の存在を送るための切り札なのに、その対象である、あの男が普通の人すぎて、術式が『敵』として認識できなかった。結果、完全な空振りです」
女神は悔しそうに唇を噛む。(チラっ)
その横でおっさんは、喋りたそうにソワソワしながら、無意識に口をパクパクさせていた。
(お前ら……本当に共闘してた仲なんか?)
「でな! そんな折に──」
おっさんが声をあげるも、そこへ強引に女神が横入りする。
「そんな折に!」
女神はここぞとばかりに両手を広げ、苦悶の表情で演説する。(ついでに乳揺れ演出も忘れていない)
”ぷるるん”
「激しい戦いの中で! 私の服は破れ! 傷つき! 私ご自慢のこの大きな胸も曝け出して、それでも私は必死に戦いました! ええ、戦いましたさ『平和』のために。それを……それを……あの男は!」
俺が小声で「なんかヤッてんの?」と耳打ちすると「さぁ……」と人差し指でコメカミをクルクル回すティアラ。
「あの男はこう言ったのです!『こんな反則級の体して、自分の事”私は女神です!”なんて言ってる不思議ちゃんの、露わになった下乳を拝めるなら、別にここが異世界でも全然おっけー♪』……なんてことを宣ったのです! これは純粋無垢で清楚な”この女神”に対するパワハラです!」
「……」
あまりの俗っぽさに、その場の全員が絶句する中、更に気持ち良さげに喋り続ける女神。
(こいつらは、何がやりたいんだ?)
「でも……その瞬間、そう! この美しい女神の『あられもない姿』に見惚れたチート勇者は、その時、初めて! きっとこう考えたのでしょうね『美女神がいる異世界も、捨てたもんじゃない……』とね──。それは『異世界を意識した』のと同等なわけです! “異世界”を強く認識した。そうなれば等身大の見方から外れ、存在がこの世界に確定した。そこをクロムさんが突きました」
ここで、おっさんが待ってましたとばかりに、拳を握りしめた。
「そこで登場するのが『逆もしかり理論』だ! 分かるか!?」
(分かんねーよ!)
「召喚魔方陣の『矢印』を書き換えるという、理論の逆転だ」
「一体全体、何の話してるんだ? 俺にはさっぱりだよ!」
おっさんは「うむ。良かろう。教えてやろう」と言って話を続ける。(しかも、ちょっと上から目線で)
「説明すると、こういうことだ! 三層構造の魔方陣のうち、方向指定の刻印を反転させ、起動順を逆転させれば、それは『帰還陣』に作り替えられる。それこそが『逆もしかり理論』なのだ! 私はこれを用い、あの男を向こうの世界へ送り返したのだ」
よく分かんねーので、あとでシルフィさんかミラさんあたりに聞くとしよう。
「それでクロム様は」
と、ここでミラさんが何か補足を入れようとしたけど、話の主導権を、そう易々と手放すおっさんではない。
「だがな! あの男を元の世界へ押し戻すには、それ相応のリスクがあったのだ。それは、あの男だからというよりは、召喚魔法陣を逆利用するには、私の持っている全魔力を注ぎ込む必要があった。術の発動と同時に、私の魔力は底を突き、そして……弱体化したのだ」
そう言うとおっさんは、天高く振り上げて右拳を、ゆっくりと下ろしていき、宙の一点を凝視した。
(終わり? ハァ……何なんだ、この茶番)
そして、おっさんはゆっくりと、ソファに腰を下ろ──……さねーな、おい!!
「かつて……」
おっさんは、また立ち上がり、格好つけて眉をキリリとした。
(こいつ、キモいな)
「かつての力を失った私に、もはや魔王を名乗る資格はなし! と、魔力の消失を確認したゼノンによって追放が『実行』された。が、しかし! それらすべてが、魔力を失った私が、いつか戻るやもしれぬ怪物に狙われぬよう、この私を前線から引き離すためのゼノンの計らいだったのだ!」
((((((んん……))))))
その場にいた全員が(クロムとバッシュは除く)、皆こう思った。
『チート勇者は送り返しただろ? もういないのに、何から逃がすために追放したんだよ?』と。
もしおっさんの言う通り、おっさんを逃がすための追放だったのならば──考えれば分かるだろうに。
リビングに、重苦しい沈黙が降りた。(色んな意味で)
「……不可解なのは」
女神が表情を引き締め、話の主導権をしれーっと横取りした。(チラ)
「……そのチート勇者を、誰が呼び戻したのでしょうね? 今回もその形跡がどこにもないことが問題なのです。そしてそれは前回もそうでした。考えても見てください。召喚者がいないなんて……不気味すぎます」
ここでも、また、おっさんが口を挟んだ。(チラ)
「そうなのだよ、ユーマ!」
(知らんがな)
「そもそも最初の召喚も、一体誰が行ったのか分かっていない。そんな馬鹿な話があるか!? チート勇者は謎だらけなのだ」
「……もし、背後に大きな何か……が暗躍してたら……、とんでもないことに、なりますね」
カガミが呟いた。
するとミラさんは思い出したかのように、厳しい顔で釘を刺した。
「とはいえ、とにかく不用意な戦闘だけは避けてくださいね」
「いや! 今も弟のゼノンは、魔王城であの怪物に屈辱を味わわされている! 独りピエロを演じている弟を、今度こそ救い出さねばならん! バッシュ! ユーマ! 行くぞ!」
「閣下に従いますぞぉぉ! 誠の英雄を助けに参りましょう!」
「いや、俺は行かねーよ。アホらしい」」
「ほら! 言ってるそばから、何を勝手なこと言ってるんですか! 大人しくしててくださいよ」
切実な顔で懇願するミラさん。
で? 結局、何が言いたかったわけ? つか、何この茶番劇は? 誰か説明してくれぇぇぇ!
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