第二十五話:兄弟愛? アホか! 暑苦しいわ!
辺りは静まり返り、世界から切り離されようなその場所は、かつて大規模な衝突があった跡地だ。そこに神妙な面持ちで佇む二人の男がいた。
クロムは深く目を瞑った。
「すまなかったな、バッシュ……付き合わせてしまって」
バッシュは主の横顔を見て息を呑んだ。
「いいえ……閣下。もし、よろしければ……」
そう言いかけて、言葉が止まる。
(閣下は私が生涯仕えると決めたお人。それは『元』魔王となった今でも変わりませぬ。その閣下が話したくないと言うならば……私は黙って剣を振るうのみ)
沈黙を破ったのは、クロムの重苦しい溜息だった。
「なぜここへ来たのか……それを、聞きたいのだろう? バッシュよ、この前、水晶で王宮の過去の映像を見ただろう……」
「はい。何やら奇妙な男を映していましたが。……あの痴れ者が何か?」
「私はとんだ思い違いをしていたのかもしれぬ」
クロムが目を開け、宙を見つめる。その瞳には、かつてないほどの哀愁と決意が宿っていた。
「あの水晶に映し出されたものは、過去の映像だ。つまり……過去に起きた出来事。バッシュよ、あの映像でゼノンは人間に傅いていた。分かるか? 現魔王のゼノンが、だ」
バッシュが驚愕に目を見開く。
「まさか! 閣下、それはっ!」
「うむ。ゼノンほどの男が人間に傅くなど……。相手はチート勇者以外にありえぬではないか」
「つまり?」
「……つまり。ゼノンは私を裏切ったのでも、魔王の座を欲したのでもなかったのだ」
クロムの声が震える。
「ゼノンは悟ったのだ。兄の私でさえも、あの化け物には勝てぬと。だからこそ奴はチート勇者の軍門に下り、私を『追放』という形を取り逃がしたのだ。すべては、魔族の種を絶やさぬため。独り悪名を背負い、ピエロを演じていたのだ!」
「ハッ! も、もしや、あの聖戦の折に、女神が閣下に共闘を持ちかけてきたのも……!?」
「そうだ。ゼノンが秘密裏に女神へ、私を助けてくれと進言したに違いない。なんという……なんという兄弟愛だ、ゼノンよっ!」
クロムの盛大な勘違いに、バッシュもまた「おおお……っ!」と感極まり、主君の痛みに寄り添うように天を仰いだ。
*
その頃、魔王城では──。
「んだよ! セクシー姉ちゃんたちは、どこ行ったんだよ?」
王宮の玉座を私物化し、酒瓶を抱えてぼやくのは、紛れもない「チート勇者」であった。
「あの、先生。それは……。先生のご提案通り、魔王軍の選りすぐりの接待係をすべて、あちらの屋敷へ派遣いたしましたので……」
ゼノンは引きつった笑みを浮かべ、内心で(あんたが思いつきで決行した作戦だろ! この痴れ親父が!)と怒号を上げていた。
自分のおもてなし隊が一人もいなくなったことにすら気づかず、チート勇者は「ちっ、気が利かねぇな」と鼻をかんだ。
そして、場面はまた屋敷に戻る。
*
屋敷の片付けを終えてリビングに戻ると、そこには朝から出かけていたクロムのおっさんとバッシュが、妙にしんみりとした顔で座っていた。
「おかえり、おっさん。どうしたー。なんかあったのか?」
クロムは、俺の言葉に、ゆっくりと首を振った。
「いや、ユーマよ。我らは悟ったのだ。よく聞け。あの水晶に映った映像……あれは二十年前の映像だったのだ。そして、ここからが重要な話なのだが!」
(あの映像……何の話だ?)
正直な話、さっきのセクシー魔族ちゃんたちとの楽しいひと時で、生来プレイボーイなイケてる俺は異世界の口説きテクニックの必要性を感じていたので、そんなどーだっていい話は、もう忘れかけているところだった。
だが、超優しい俺は上手く相槌を打ってやった。
「あ、そ、ふーん。そうなんだ~? へぇ、意外~。それってマジ寄りなマジな話~? めっちゃウケるぅ」
すると、おっさんは目を輝かせて語りはじめた。
「あの時、我が弟ゼノンは、魔族の血を絶やさぬために『自ら汚名を背負い』追放という名目で私を逃がしたのだ! それが二十年越しの真実だった」
「はあ? 何言ってんだよ、おっさん。あれは最近の映像だろ(知らんけど)」
俺がそう言うと、おっさんの動きがぴたりと止まった。
「な……何だと?」
「いや、だから、あれは今の魔王城を映した最近の映像。証拠だってあるぞ」
「証拠だと?」
「さっき来てた魔族の使節団の一人が、うんざりした顔で言ってたよ。この計画、全部『最近現れた妙なオッサン』つまり『先生』の助言だってな。その『最近現れた』って言い方が、もう答えだろ」
沈黙が流れる。
クロムは数秒間フリーズしていたが、やがてわなわなと肩を震わせ始めた。
「な……なんという! なんということだ! ということは、今でもゼノンは!」
「そうそう。だから『自ら汚名を背負い』とか、そんな話じゃなくて、あれが素なの。普通に媚び売ってただけ」
だが、おっさんは俺の話なんか聞いちゃいない。
「……それでは、二十年前に悪役を買って出たゼノンは、今なお、あのチート勇者に砂を噛むような思いで仕え、操り人形という道化を演じ続けているというのか!! なんと不憫な!」
(どうして、そうなるの??)
この場にいる全員が、そう思ったことだろう。
「あぁ……閣下! な、何という自己犠牲の精神……これぞ誠の兄弟愛ぞ! なぁユーマ!!」
(知らねーよ!!)
「ところでユーマ。さっき、お前が言った『魔族の使節団』とは何だ?」
おっさんがソファを軋ませて身を乗り出す。その背後から、リビングのドアを乱暴に開ける音が響いた。
「ええ、その話は私も詳しく伺いたいです!」
「げっ、ミラさん」
夜半の来客はミラさんだった。
俺の横で、ティアラが呑気に手を振っていた。
「ミラさん、久しぶりーっ!」
腕組みをして憤慨するミラさんと、その影で「やっほー」とゆるく手を振る女神。
「ウォーデンさんから緊急連絡が来ました。魔族の使節をこの屋敷で勝手に受け入れたそうですね?」
「いや、受け入れたっていうか……」
「なんでも『和平交渉』に来たというじゃないですか。それはギルド職員として見過ごせません!」
「なにぃぃぃー! ユーマ、それは本当か!? お前という奴は……!!」
おっさんが不快になるのも最もだ。
しかしそれが、勝手に自分の屋敷をパーティー会場にされたからなのか、単に勝手におっさんの屋敷で、魔族と『和平交渉』をしたからなのか? そこが分からない。
「いや、酒と、ちょっぴりセクシーなお姉さんたちが、勝手にドバドバなだれ込んできただけだって。向こうが一方的に言ってるだけだよ! クソっ! ウォーデンの奴、チクりやがったな」
俺のぼやきに、ミラさんが鋭い眼光を向けた。
(怒った目のミラさんも可愛いなァ……その顔で、俺、お……れ)
「チクりではありません! 話は『和平交渉』なんですよ? ウォーデンさんは王宮と魔族に挟まれて胃を痛めながら、せめてギルドには筋を通そうと足を運んでくださったのです。あなたとは誠実さの次元が違います!」
(……あ、今の言い方。俺、ミラさん推しやーめよ。ウォーデンとデキてんのかよ、くそっ)
「なんですか? その目は」
「別に……」
そう答えながら、俺は一つの確信を得ていた。「その話は私も詳しく伺いたいです!」なんて言い方してるけど、絶対にこの人、さっきの乱痴気の話もウォーデンから聞いてるな、と。
そんな不穏な空気を察してか、女神が「ま、まあまあ」とミラさんをなだめ、リビングの中央へ歩み出た。その足取りは、いつになく重い。
「……実は、皆さんに話してなかったことがあります」
女神は震える指先で、自分の細い肩を抱き、遠い目をした。
(こっちはこっちで、悲劇の女神ムーブかよっ!)




