第二十三話:謎の男、魔王城襲来→エチエチ使節団 爆誕!
■空の上の、高尚な人物の目に映った、とある場所の景色
☆ ☆ ☆
『んだとコラァ! あぁぁ、もういいよ! そんな酷い扱いするんならなー、俺は魔王側につくからな! な? いいのか? な? な?』
そう言い残し、自称『選ばれし存在』の中年男は、王宮の前から姿を消した。
数刻後──。
彼はなぜか、魔王城の門前に立っていた。
かつて敵対していたはずの場所へ、本当に来てしまうあたり、この男の図太さだけは、昔と何一つ変わっていなかった。
玉座の間にて。
「……報告します」
玉座の間に通されたのは、魔王城門の警備責任者だった。
片膝をつき、硬い声で告げる。
「先ほど、魔王城正門前に、身元不明の人間が現れました」
玉座に座る現魔王ゼノンが、眉をひそめる。
「人間だと?」
「はい。自らを『王宮に冷遇された存在』と称し『これよりは魔王側につく』と一方的に宣言しております」
「……捕縛は?」
ゼノンの問いに、警備責任者は一瞬、言葉を選んだ。
「門番が制止を試みましたが……男があまりにも『異常』でしたので」
「魔力がか?」
「……異常だったのは、魔力ではありません」
「では何だ」
「門前に立った瞬間、そこだけ『何も起きなかった』そうです」
「……? んん」
「結界も、警戒術式も、何も反応しませんでした。言うなれば『何も起こさせない』何かがあると……そう感じたそうです」
「……理解できん」
「我々もです。ですが、門番は即座に悟ったそうです。『これは、刺激していい相手ではない』と」
警備責任者は続けた。
「過去の警備記録庫の古い資料と照合した結果……、一致率が極めて高い存在が一件、浮上しました」
ゼノンの背筋が、凍りつく。
「ま……まさか!」
「かつて、先代魔王クロム様と女神を相手取り、勝敗の概念すら破壊した『あの存在』と非常に酷似しております」
沈黙。
玉座の間に、重い空気が落ちた。
「……敵意は?」
ゼノンが低く問う。
「確認されておりません。むしろ、妙に馴れ馴れしく、それはまるで『昔話をしに来た』かのような態度だったと」
ゼノンは、ゆっくりと玉座の肘掛けに指をかけた。
「城門で排除しなくて、正解だったな」
側近の一人が、喉を鳴らす。
「では?」
「うむ『丁重に』招き入れろ」
ゼノンは即断した。
「最大限の警戒を敷いた上で、最大限の礼を尽くせ」
そして、誰にともなく呟く。
「……敵であれ、味方であれ。“アレ”を粗末に扱う選択肢など、最初からない」
*
玉座の間の扉が、乱雑に開かれた。
入ってきたのは、だらしない格好で鼻歌を歌い、顔を真っ赤にした中年男だった。
「おーぅ、ひっさしぶりだなー! クロ…………メ? だったっけ? 喜べ、来てやったぞー!」
ゼノンは息を呑んだ。
(な……何だ? このデタラメな態度は。も、もしや! こちらの出方を伺っているのか? さては試しているな!)
はっきりと言おう。それは考えすぎ、というものだ。
ただ単に、兄弟であるゼノン(弟)と、クロム(兄)を見間違えているだけである。
更に言うなら『クロム』なのか『クロメ』なのか、はたまた『クロミ』なのかすら覚えていない。魔王とて、この男に取っては所詮その程度にしか見ていないのである。
「さ、左様ですな。私が魔王のクロ……メ(?)でございます。お久しゅう御座いますな、勇者殿」
ゼノンは冷や汗を流しながら、最大限の敬意を込めて声を絞り出した。
「あぁーん? クロ・メ? わっはっは、なんだテンメェーー! 変な名だなー」
(き…貴様がさっき言ったんだろーが!! 合わせてやったのに。くっ……!!)
ゼノンが内心で絶叫していると、血気盛んな側近が、主を侮辱されたと怒りを露わにした。
「貴様! 侮辱するか!? ゼノン様に──」
「よいのだ……」
ゼノンは震える手で側近を制した。
そして、小声で指示を飛ばす。
(見るからにスケベな顔をしてる。こういう輩には、女でもはべらかして誘惑し、早々に酔い潰してしまえ!)
「ンぁ? なにコソコソ話なんかしてんだ? こういう時は酒を酌み交わすもんだろ。久しぶりに再会した宿敵なんだから」
「左様ですな。用意させましょう。ついでに女も支度しましょう。それも飛びっきりのエチエチなサキュバスを」
それを聞いて、男は「うわっはっはー!」と高らかに笑い、ゼノンの背中を”ドン”と強く叩いた。
「痛て(イラっ)!」
「お前、顔に似合わず気が利くな。流石は宿敵と書いて『友』だ!」
「貴…、貴様ーーーーっ!!」
男に飛びかかろうとした側近が、ゼノンの拳骨によって退場させられた。
その後、巨乳サキュバスを筆頭に、接待要員やら、妖魔士団までもが入り乱れて、男をエチエチにもてなした。それはそれは大層な饗応であった──。
ゼノンは、目の前でデレデレと魔族の女たちに武勇伝を語り始めた男を眺めながら、あることを確信した。
(この男……、欲望には際限なく弱いな。ならば! そのうち隙を見て!!)
◇
しかし──。
その”隙を見ること”もなく、ダラダラと月日だけが流れていった。
当初は、世界の大厄災・チート勇者の襲来に、魔族たちは戦々恐々の毎日を送っていたが、日が経つにつれ、その恐怖は「呆れ」と「疲労」へと変わっていった。
玉座の間に陣取った中年男は、今や現魔王ゼノンを適当な呼び名で、顎で使うようになっていた。
「おーい、クロ公。酒が切れたぞ。あとこの間のサキュバスちゃん、もっと露出高い服に着替えさせて連れてこいよ」
「……はっ。ただいま、先生」
いつの間にかゼノンは、この理不尽な厄災の阿呆な提案によって『先生』と呼ばされるまでに落ちぶれていた。
ゼノンは揉み手をしながら、先生の傍らに膝をつく。
「先生がお越しになられてから、幾ばくかの時が流れましたが……。最近、巷では新たな勇者の話をよく聞きます。その者がどうにも厄介な術を使うようで」
ゼノンはここぞとばかりに、のちに民衆や王宮内部からも、王宮始まって以来の超愚策「少年勇者召喚祭り」とも揶揄される【あの事件】の折に、密かに潜入させていた隠密からの報告書を男に見せた。
「その新勇者は、何らかの精神操作魔法を使い、我が軍の精鋭すらも『労働の喜び』に目覚めさせ、社会復帰させてしまうとか……。このままでは魔族が皆、真面目に働きだしてしまいます!」
「あー、そりゃ深刻だわ。真面目に働く魔族なんてありえねーもんな。それに、働くとか人生の無駄遣いだからな」
男は贅沢に盛り付けられた果実を口に放り込み、適当な口調で続けた。
「いるよなー、ネットでも多いからな。そういう他人の生き方にケチをつけて、自分を一段高いところに置きたがるタイプだろ? その勇者も」
「え……ネット? あのォ、先生の言っている意味が分かりかねますが、何か秘策でも?」
「そういう奴には、頭を空っぽにさせるような強烈な『毒』だよ。酒とか、綺麗なお姉ちゃんとかさ。一度欲望に溺れさせちまえばいいんだよ! 俺みたいに、自堕落の素晴らしさを教えてやれよ。わっはっはっはー!」
「おお! さすが先生! 精神操作の術式を、根源的な快楽で上書きし、無力化せよということですね! まさに聖戦(接待)! すぐに欲望の使節を編成させます!」
ゼノンは感動に打ち震えた。
(そうだ。いくら強力な術を操ろうとも、所詮は年若き男。魔族が誇る極上の美女たちに囲まれれば、その理性の壁などあっさり崩壊するに違いない!)
こうして、魔王軍の精鋭という名の「綺麗どころ」のみで構成された「キャバクラ部隊」が、男の言った『そういう奴には、女をあてがえばイチコロだよ!』という適当な思いつきによって爆誕した。
◇
その数刻後。
王宮は、とんでもない事態に直面していた。
魔王軍からの「和平交渉」の使者が、白旗を掲げて現れたことで、王宮の上層部は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「魔族どもが和平だと? きっと何か裏があるに決まっている!」
「間違いないな」
「しかしだな……。使節を門前払いすれば、奴らの面目を潰すことになる。今、開戦するのは得策ではない……」
王宮のお偉方が頭を抱えていると、魔族の使者が慇懃無礼に口を開いた。
「我らは、新たな勇者殿に贈り物(酒と女)を届けたいだけなのです。王宮が仲介してくだされば、平和的にお目通り出来るというもの」
”新たな勇者殿”その響きに、大臣の一人が、ふと口元を歪めた。
(……ふむ。それなら我々が動く必要はないな)
大臣の視線が、ゆっくりと別の大臣たちへ向く。
「確か、そのポンコ……いや勇者様には、専属の監視役がいたはずだ」
命じられれば断れない、あの生真面目な補佐官ウォーデン。面倒事を押し付けるには、これ以上ない適任者だった。
数分後。
『い、嫌な予感がする……』そんな顔で執務室に現れたウォーデンに、大臣は満面の笑みで肩を叩き、事の次第を詳しく説明した。
「そこでだ、ウォーデンくん! 貴公は実に優秀な補佐官だ。この魔族の使節を、勇者様の元へ案内して差し上げなさい。我々王宮よりも、まずは勇者様とお話しされるのが筋というものだ!」
「案内……ですか?」
ユーマが旅立ってからというもの、通常業務のありがたみを噛みしめて、もう二度と会うこともないだろうと、安心していたウォーデンだったが──。
仕事熱心でクソ真面目なウォーデンとしては、王宮からのお達しとあれば、YES以外の選択肢など皆無……。
血涙を呑み込み「分かりました」とだけ答えた。
魔族側も、内心でほくそ笑んでいた。
(しめしめ、計算通りだ。今度の勇者は精神を操るハチャメチャな奴らしいからな。王宮の案内があれば、いきなり攻撃してくるような真似はすまい……)
双方の「押し付け合い」と「疑心暗鬼」が合致し、欲望の使節団は屋敷へと出発した。




