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第二十二話:王宮の厄介者、魔王城で「先生」と呼ばれる

「現実的に考えて、そんなデカいガラス玉を持ち歩くのは、もはや筋トレの範疇だろ!」


俺は呆れた声を上げた。


そこには、自分の体ほどもある大きな水晶玉を抱え、ふらふらと足元もおぼつかない、ちんちくりんな魔女風の少女がいた。


とんがり帽子を深く被り、ぶかぶかのローブを引きずる姿は、どこからどう見ても迷子の子供だ。


「……不吉な兆しが、色濃く現れていますね。未来は……、破滅の方向へ流れているようです……」


彼女の名はカガミ。最後の一人の四天王らしいが、主語を一切使わない奇妙な喋り方をする少女だ。


彼女は今朝、突然やって来て「クロム様の不吉な未来が……見えましたので、心配してやって来ました……」と、実に不吉な再会の挨拶を披露した。


ま、つまりコイツも変人ってことだ。


「クロム様……水晶が、このように……示しています。あなたが屈辱にまみれ、人間の若者に跪き……、魔族の誇りであった手を、雑巾に替えて掃除に明け暮れるという……」


「……カガミよ。それは未来ではなく、現在の確定事項だ。私は今、掃除の休憩中なのだ」


おっさんが庭の掃除用具を手に答える。


「おい、ユーマ!」


ずっと横で不機嫌そうに腕を組んでいたバッシュが、俺の肩を強く叩いた。


「お前が魔法陣を直したのは、俺は偶然だと言ってるだろ!」


(まだ言ってるよ……)


「あーそう。じゃ、そういうことで……」


(ほんっと、どーでもいいわ!)


「反論があるならば、このカガミの聖なる水晶で、何か奇跡を起こしてみろ!」


(あの、聞いてた? バッシュさん)


「ほら、丁度そこに召喚魔法陣があるだろうが!」


バッシュが指差したのは、以前、俺がクロスワードで遊んだ時のものだった。

俺としてはそんなこと、どーだっていいんだが、こいつはどうやら俺のことを一度はギャフンと言わせたいらしい。


俺はカガミが抱えていた水晶を取り上げると、その魔法陣のど真ん中にドスンと置いた。


「なぁバッシュ。そんで、召喚魔法陣の上に置いて、どーすんの!? 水晶でも召喚すんのか? きっと何も起こらないぞ? ここからどう奇跡を起こせって話なんだよ?」


「……」


バッシュは、その問いかけには答えず、ただ俺のことをジッと睨んでるだけだ。


「皆さん集まってますわね。楽しそうで良いですね」


シルフィさんが、いつものようにお茶を淹れ直しながら、さりげなく魔法陣に視線を向ける。


「言っとくが、現実的に考えて、ただのガラス玉で奇跡なんて起きるわけないだろ。俺のいた世界でも占い師なんて、皆インチキって相場は──……ん。あれ?」


「ねえ、これ」


ティアラが、ひょいとテーブルに近づいた。


「この水晶の台座の縁の模様って、前に草むしりした時の庭と似てない?」


「あ、ホントだ……。魔法陣の『方向指定層』とぴったり重なるじゃん。これ、元々セット物か?」


俺はそう言って、クロスワードのメモの時と同じように、魔法陣の外側の向きを書き換えた。すると、魔法陣と水晶が共鳴するように激しく光り出した。


「なんだ、なんだ!?」


「……気を付けろ、ユーマ!」


バッシュの顔が、緊張で強張る。


水晶の中で、光が渦を巻くように流れ始める。均一ではない。にじみ、歪み、ノイズのような粒子が走る。


カガミが息を呑む。

シルフィさんが、反射的にティアラを自分の後ろへ引き寄せた。


「おい小僧。何をした!」


「いや、触っただけだって!」


しばらくすると、水晶の表面が波打ちだし、そして何の前触れもなく映像が──……映しだされた。


「カガミ! これがお前の言ってた、未来の映像ってやつなのか? 一体どーなってんだよ!」


俺は早口で、カガミに尋ねる。


「……いえ違います。映像の参照先が、ずれていますね」


「それって、どういう意味だよ?」


尋ねたけれど、返答はない。

水晶には「何かの映像」が映し出されていたが……、これが何の映像なのかが分からない。


映像はやけに荒く、輪郭はぼやけ、音は水の底から聞こえるようにくぐもっている。途切れ途切れに、別の場面が混ざり込む。


「本来……、水晶は『未来』しか、映さないはずですが……」


カガミの言葉に、その場にいた全員が息を飲んだ。


(ホントかよ!!)


ということは! 過去の映像?


「……城?」


豪奢な天井。だだっ広い広間で、衛兵たちがざわついている。

中央に立つのは──(?)中年太りの男の後ろ姿だ。


「誰だあれ……」


声を落として呟くと、ティアラが首を傾げた。


「さあ? でも、場違い感はすごいね」


他にも数人映っているものの、顔の輪郭が滲んでいる。声も、金属を通したような甲高く、おかしな感じだ。


「王宮の広間かな?」


「どうだろう……」


「こやつめ、衛兵に囲まれておるな。見覚えのある後ろ姿だが……はて」


「閣下。この阿呆には、阿呆特有の匂いがします。どこかの誰かのように」


「テメェー、バッシュ! 表に出ろ!」


「あらあら。こんな時まで喧嘩ですか? 仲のおよろしいことで」


「……皆さん。静かにしてください。映像が乱れます」


映像を眺めながら、皆、思い思い、好き勝手なことを言っていた。


少しの間、無音になったが、そのあと、ようやく話の内容が辛うじて分かるくらいには落ち着いた。もちろん音質は悪く、機械音っぽいのは変わらないが。


映像の男が、音声変換のような声で、何か叫んでいる。


『ほら、俺だっての! 昔お前たちが『チート勇者』だって騒いでいた、”あの”俺だよ!』


喚き散らすオッサンに対し、衛兵らしき男が冷たく言い放つ。


『何やら冴えないオッサンが、王宮に迷い込んでいます! 早急に排除しますか?』


もう一人の衛兵も、その冴えないオッサンに近づいて行き──『あっち行け! シッ、シッ』と酔っぱらいでも追い払うような仕草を見せる。


二人の衛兵と冴えないオッサン。そこにまた一人別の衛兵が加わり、言い争いになるも、オッサン途中で諦めて捨て台詞を吐いた。


『んだとコラァ! あぁぁ、もういいよ! そんな酷い扱いするんならなー、俺は魔王側につくからな! な? いいのか? な? な?』


(哀れな……)


オッサンは怒り狂って、その場を走り去──……らないな、このオッサン!

なんて図太いオッサンだ。こいつに似た奴……俺も現世で知ってるわ。


──ブツン。


水晶の映像が、そこで途切れる。


「……切れた?」


そう思った次の瞬間、また光が走る。

今度は、場所が違った。


厳かな雰囲気漂う広い空間。

禍々しい玉座。

相変わらず、人の顔が判別不能なほど、画質は荒いままだった。


「おおぉぉぉ!!!」


真っ先にクロムのおっさんが、感嘆の声を上げた。


「閣下! 魔族です。魔族たちが大勢見えます!」


バッシュが、興奮した様子で声を上げる。

それとは対照的に、シルフィさんは落ち着いた声で状況分析をした。


「ここは、魔王城ですわね。間違いありません」


「おいティアラ。さっきの冴えないオッサンも映ってるぞ」


「そうね。でも、なんかこれ。おかしくない?」


「ああ……確かに」


ティアラの指摘通りだった。

ここに映ってるのは、周りの大勢の魔族たちを見る限り、確かに魔族の本拠地「魔王城」のはずなんだが──。


「な、なんと!」


おっさんの声が震える。


それもそのはず、さっきの王宮で映っていたオッサンが、魔王城の玉座の間で、セクシーな魔族の侍女をはべらせ、酒を煽っていたからだ。しかも、その中心にいるのは──。


「なんと不埒な! 恥を知れ!!」


そう言い、バッシュが怒りに唇を震わせた。


「……魔族の誇りは、どこへ行ったのだ」


意識して抑え込んだ低い声。おっさんの怒り具合が、どれほどのものか分かった。


「あらあら。なんて破廉恥なこと」


珍しくシルフィさんも、声を震わせていた。


「……何やら現魔王ゼノンが、あの謎の男に……へりくだっていますね……。あんなに媚びへつらう姿は、この水晶が知る未来にはありませんでしたが……」


カガミのその言葉で、他の”魔族”たちの空気感が変わった。ここにいる”魔族たち”が、不快感を露わにした意味とは。


「見るに耐えん……」


おっさんが部屋を出て行こうとしたが、踏みとどまる。


借りにも現魔王が、へりくだった態度で、どこの馬の骨だか分からない冴えないオッサンに媚びを売る、その姿に我慢ならないのだろう。(知らんけど)


映像の中で、現魔王ゼノンが冴えないオッサンに跪いていた。


『さすが先生! 王宮の愚か者どもは、あなたという至宝を逃したのですな!』


『がはは! まあ、あいつら現実が見えてねーんだよな!』


そこで映像は砂嵐と共にプツンと切れた。

俺はここで映像が切れて、むしろ良かったのかもしれない。そう思った。


或いは?


「カガミ?」


「……違いますよ。勝手に切れたんです」


おっさんが顔を青くして呟いた。


「……なんだ、あの男は。ゼノンが……あんな胡散臭い男を崇めているのか?」


「っていうか、なんでこの水晶、あのおっさんのことばっかり、追いかけてたんだろ?」


俺の疑問に、カガミが水晶をそっと抱き上げ、静かに言った。


「……特に座標を指定しなかった時は、水晶は……、その時一番邪悪な欲望を持つものをます。……あの色欲と怠惰の混ざった欲望は、……世界でも飛び切り邪悪だったのでしょう……ええ、兆しがそう告げていますね」


「確かに。あの欲望は、魔族から見ても吐き気がするほど邪悪だったな」


バッシュまでが同意し、引きつった笑いを浮かべている。


「そうか? 現実的に考えて、あんな楽しそうな生活してる奴がいるなんて、俺は羨ましかったけどなー」


俺は、あのオッサンの後ろ姿に感じた、妙な親近感の方が気になっていた。

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