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第二十話:禁忌を解く現実主義。and 女神再臨?

「……ったく。居候ゲストに書斎の掃除までさせるなんて、おっさんも人使いが荒いよな」


俺は文句を垂れながら、クロムのおっさんの書斎でハタキを振っていた。本棚には、また小難しそうな、分厚い魔導書がぎっしり詰まっている。


棚の隙間を掃除していると、一枚の古びた羊皮紙がひらりと落ちてきた。


「なんだ、これ?」


拾い上げると、そこには、円や三角が複雑に重なり合った、幾何学模様のような図形がびっしりと書き込まれていた。


(……落書きか?)


「おい小僧、何をしている!? そこは貴様のような阿呆が触れていい場所ではない!」


おっさんは部屋に入ってくるなり、慌てて紙をひったくった。背後からバッシュが俺の肩に顎を乗せた。そして鋭い目でその紙を注視する。


「いや、落ちてたから拾っただけだろ。これ、何かのパズルか?」


「パズルだと? ふん! それは私の父である、先代魔王から託された召喚魔法陣の逆利用についての謎を解き明かした至高の──……」


「謎を解き明かした? なんだよ?」


「──いや、つまり世界と別世界とを繋ぐことわりを逆転させるシステムの断片だ」


「うーん……。なんか、よく分かねーけど。それ、そんな大層なもんかね?」


俺がそう言ったら、おっさんの”どの部分に触れた”のか? 急に興奮して捲し立てはじめた。


「いいか小僧、よく聞け! ここにある複雑な術式の重なり……。父はこの中から、ごく僅かな『歪み』を見つけ出し、それが両方面へ送還を可能にするトリガーであることを突き止めたのだ! 私はその教えに従い、かつてあの男を送還するために、全魔力の殆どを代償として捧げたのだ。貴様にこの凄さがわかるか!?」


(うっわー……今日は特に重症だよ)


おっさんが、また中二病を発症させたようだ。


「……いや、現実的に考えてさ、こんなもん、ただのクロスワードパズルみたいなもんでしょ。そんな物に何そこまで興奮しちゃってんの? おっさんがムキになって語ってる姿は、めっちゃ恥ずかしいよ?」


俺がそう言った瞬間、なんだか視界が妙にスッキリした。

難解だった模様が、まるで子供向けのクロスワード雑誌にある「初級編」並みの単純な謎解きに変わっていく。


「何だと、恥ずかしいだと!? 貴様ァ、私の父までも愚弄する気か!!」


おっさんは、今にも俺の首を討ち取らん勢いで、怒りの臨戦態勢に入っていた。


「いや、待て待て待て!! おっさんは凄え凄え言ってるけど、そのスイッチは、この三重の輪っかの一番外側の層のことだろ!?」


俺が何気なく指差すと、おっさんの表情がピタリと止まった。


「……な、なぜそれを。貴様、今、ここをスイッチだと言ったか?」


「だから、ここだよ。召喚とか送還とか詳しいことは分かんねーけど、結局は飛ばす方向の問題なんだろ? だったら右に出したいなら、素直に右に矢印を書けばいいんじゃねーの? 知らんけど」


「なぜ……貴様のような阿呆が、そこまで分かるのだ!? なぜだ!!」


(んな大袈裟な……)


「これ、おっさんの親父さんから貰ったんだろ? 『逆向きにもできるぞ』って答えを書いてくれてるじゃん!」


おっさんは、忠犬ちゅーけん犬公イヌこうの銅像のように固まった。


バッシュに至っては、俺の肩に乗せていた顎を滑らせて、そのまま床にポテッと倒れ込んでしまった。


おっさんは震える手で羊皮紙を取り上げ、俺が「手直し」した箇所を凝視した。

一分。二分。沈黙が流れる。


「……あ。……あ、ああ!!」


おっさんは天を仰ぎ、プルプルと震えだした。


「あー、もう、付き合ってらんねー」


俺は呆れて肩をすくめた。

二人はまだ固まっている。


「あ、そうだ。この紙、もういいんだろ? 窓のサッシを拭くのに丁度良さそうだし──」


「「させるかぁぁぁ!!」」


二人は、見たこともない俊敏な動きで、俺に飛びかかってきた。


(懸賞パズルで、小遣い稼ぎでもやってんのか?)



それから数日経った、ある日のこと。


俺は、いつものように、シルフィさんの朝風呂を覗こうと躍起になっていると、屋敷の外に妙な人影がウロウロしているのに気づいた。


(なんだ……あの変な格好は?)


そいつは大きなつばの帽子をかぶり、宝石をこれでもかと散りばめたマントを羽織っていた。そしてキョロキョロと辺りを警戒している。


きっと変装のつもりなんだろうが、こんな街外れの辺境じゃ、ただ悪目立ちしてる広告塔にしか見えない。


でもまあ、一応この屋敷の世帯主であるおっさんにも、声をかけておこう。


「おーい! 怪しい奴が門の前をチョロチョロしてるぞー? そのまま放置しててもいいのかー」


窓から見える不審者を指差し、俺はそう言った。しかし、あの日以来、おっさんとバッシュは頻繁に書斎部屋にこもっては、あーでもない、こーでもないとクロスワードパズルに夢中のようで、今も俺の声なんか全然聞こえていない。


(ハァ……肝心な時に)


……それはそれとして。


マントの前が雑に開いていて、相変わらず雪のように白いムチムチとした太ももと、自己主張の激しい胸元が遠慮なく視界に入ってくる。


久々ってのもあって、視線が勝手に吸い寄せられる。


「おい!」


俺は玄関に回り、門前のそいつに声をかけた。


「? あ! ユーマさ-ん! お久しぶりでーす」


元気に手を振り、門の鍵をガチャガチャ鳴らして、いよいよ庭にまで入って来ようとした。(なんて図々しい女だ)


「どうです? 完璧な変装でしょう?」


門をすり抜け、玄関へと近づいてくる。


「変装ってのはな、見せたくないところを隠す行為なんだぞ」


視線を逸らす”体裁”をしている俺を、こいつはニコニコ笑顔で近づいて来て、とうとう玄関の前までやって来た。


「お前、隠す気ねーだろ!」


「隠してますよ? ちゃんと『顔』を」


……こいつ、絶対分かってやってるよ。


そこでおっさんたちも、ようやくこいつの存在に気づいたようで、小走りに玄関先までやって来た。


「……お前は、まさか」


真っ先に、おっさんが気づいて絶句した。


「クロムさんも、お久しぶりでーす! 下界の流行を取り入れた最新のファッションで、変装して来ちゃいましたー!」


帽子を脱ぎ捨てて現れたのは、あのゆるふわ天然女神だった。


「……なあ女神、なんだよその格好? 現実を見ろよ。っていうかさァ……(!)」


(あぁ!)


俺は急に嫌なことを思い出した。


「テメッ思い出したぞ! 今までずーっと俺のことを放ったらかしにしやがって!」


俺は溜まっていた怒りを、一気に爆発させた。


「あの白い謎空間で『異世界へ送りまーす』って言われた時、俺は、あれほど『戦闘は絶対にヤダ!!』って言ったのに、有無を言わさず異世界に放り込みやがって! もう戦闘も経験してしまったわ!」


「ごめんなさい、ユーマさん……。でも、私も天界でいろいろと手続きが大変だったんですぅ」


女神は上目遣いで俺の顔を覗き込み、そっと両手を重ねてきた。ふわりと、現世の高級石鹸みたいな良い香りが鼻をくすぐる。


「は? そんなんじゃ、騙されないからな!」


女神は更に距離を詰めて、体を寄せる。無意識なのか意識的なのか(いや絶対わざとだな)奇抜ファッションの緩い隙間から白い谷間がチラチラ見えている。


(つか中身も、見えそうなんだけど……)


「これでも……ダメぇ?」


チラリとサービスする女神。


「……ま、まあ、女神様がそこまで言うなら、ゆ、許してやらないこともないけどな」


悔しいが、自分でも鼻の下が伸びてるのを自覚しつつも、俺はあっさりと矛を収めてしまった……。


そこへ物凄い勢いで、迫りくる人影(いや猫影)


「またデレデレして! スケベユーマ!」


ティアラが頬を膨らませ、叫びながら、俺に飛び蹴りを放った。


「痛て……ててて。い……いたの?」


「いるに決まってるでしょ!」


(バッシュはなぜか、さっきからずっと固まっている)


「あらあら、ご主人様。私もいますわよ。お目々がハートになっていますわ。……私というものがありながら、少し寂しいですわね」


シルフィさんが、豊満な胸元を強調するようにわざとらしく溜息をつく。

完璧なご都合展開だ……。


「シ、シルフィさん?」


女神は目が、点になっていた。


「どうしたんだよ、女神?」


俺が訊くと、女神は、


「い、いえ。まぁ……」


爆乳がこぼれ落ちんばかりの、ぴっちりメイド服に身を包んだシルフィさんを見て、驚いた顔をしているようだった。


「……ミラから報告は受けていましたけど、まさか『貴女』がねぇ……」


「いえいえ。これも任務です。──それよりも、先ほどは勉強になりました」


そう言って「あは」と笑うシルフィさん。


(知り合いかよ!)


「さて……。クロムさん、少し大事なお話があります。ユーマさんは──」


「なんだよ、俺も混ぜろよ。俺もこの屋敷の住人だぞ!」


「いいから行け。気の利かん小僧め!」


おっさんに力ずくで部屋を追い出された。

だが、俺には「聞き耳」という現実的な対抗手段がある。


(立てるのは───だけじゃないんだぜっ!)


俺はわざとらしく強めに足を踏み鳴らして、一旦その場を離れたあと、同じルートを今度は忍び足で戻り、扉に耳をぴったりと押し付けた。


(……内緒話なんて、ろくなもんじゃないからな)


「……ミラさんからバッシュ経由で聞いたわ。例の理論を、あの子が書き換えたっていうのは本当なのですか?」


女神の、いつになく真剣な声が聞こえてくる。


「事実だ。かつて我々が『あの男』を現世へ送り返す際、命がけで起動させたあの術式……あやつは、ただの燃費の悪い欠陥だと言い切りおった」


「……屈辱だわ。私があの戦いで服をボロボロに破かれて醜態を晒し、あなたが力を失った、あの泥沼の決戦……。あの子の指先一つで、もっと簡単に解決できたっていうの!?」


女神の喚き声が響く。


服をボロボロに?

決戦?


(……よく分からんが、女神様もおっさんも、スケベで強引な変な男に、酷い目に遭わされたらしい。しかも女神はおっぱい丸見えで泣いてたんかよ……かわいそうに、同情するわ)


俺がそんなことを妄想していると。


「おい、いつまで覗き見……いや、聞き耳を立てている!」


勢いよく扉が開き、俺は部屋の中に転がり込んだ。


「あ、いや、悪い。廊下の掃除の続きをしててさ。現実的に考えて、扉の隙間は埃が溜まりやすいだろ?」


俺は立ち上がり、何食わぬ顔でパンパンと服を払った。

女神とおっさんは、心底呆れ果てた顔で、そんな俺を見下ろしていた。

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