第十九話:「誘引石」はエッチな道具? …いや違うみたい
シルフィさんの「極上(?)耳掃除」を終えた後、俺は半ば強制的に二階の寝室へと運ばれた。
「さあご主人様、今日はもうお休みください。明日からは、さらに徹底した奉仕が待っておりますわよ……うふふ」
そう言って優しく(力強く)布団をかけられる。
「いや、まだ早くない? 俺、まだまだ全然眠くないよ?」
そう言って体を起こそうとすると。
「はァい、もう寝む寝むのお時間ですよぉー。お胸、ポンポンしてあげますからねェー」
シルフィさんにベッドに押さえつけられながら、優しい手つきでお胸をポンポンと、リズミカルに叩かれる、俺。
さっきまで、あれほど挑発的に、俺をいじっていた人が(いや”ソコ”じゃなくって!)今はこんなにも“ママ顔”で寝かしつけてくるのには、それ相応の理由がないと、どう考えても不自然だ。
しかし、美人爆乳お姉さんに、上から覆いかぶられながら、手の平でポンポンされるリズムに合わせて、聖なる特大ひよ子饅頭二匹が、俺の目の先でピョピョ近づいたり──ぴょぴょ離れたり──近づいたり──離れたり──ピョピョ──ぴょぴょ──ぴ……ょ……(うぅん……もう食べれないょ)
”ママん……”
「……ハッ!!」
今、眠ってた!?
(心の芯が、なぜか、ぽかぽかと……温かいや)
なんだったんだろう……。あの、大いなる安らぎは!? まるで魔法にでもかかっていたみたいだ。
さては──!!
(……まさかあいつら、俺を寝かせてから高級な肉でも焼いて食う気か?)
そう思うと、悔しくって! こんな所でぴょぴょ寝てる場合じゃない! と、俺は飛び起きた。
音を立てないように寝室を抜け出し、階段を下りる。一階、リビングの入口で足を止め、息を殺した。
鍵穴は流石は古めかしい屋敷だ。装飾用かと思うほど無駄に大きく、覗く気がなくても中が見えそうな代物だった。
中を覗き込む。そこには酒宴どころか、重苦しい空気を纏った魔族っ子三人衆の姿があった。
「……さて、シルフィ。その重大な話とやらは何だ。わざわざ小僧を寝かしつけてまで話すこととは」
おっさんが低い声で切り出した。
(やっぱりか!)
「ゼノン様……いえ、ゼノンがいよいよ動き出しています。旧勢力の粛清が本格化しています。先日もクロム様ゆかりの者が数名、行方不明になりました」
シルフィさんの言葉に、おっさんの眉がピクリと持ちあがる。
(ゼノン……誰だそれ?)
「フン! 相変わらず小心者のやることは姑息だな。だが、今の私は人間側の領域にいる。そう簡単に手は出せまい」
「そうであれば良いのですが……現魔王軍の間では、クロム様が人間側の勢力と結託し、復権のために何か『未知の強力な魔導兵器』を隠し持っているのでは? との噂が広まっています」
魔導兵器? なんだそれ?
「く……っ、馬鹿が」
そう言って苦笑する、おっさん。
シルフィさんは続ける。
「ゼノンは、最近特に神経質になっています。昨日、厄災ディメンション・リザードが出たというのも、恐らくはその馬鹿げた”噂”の真実を確かめるための、威力偵察でしょう」
正直、何の話をしているのかは、ちんぷんかんぷんだ。
「これを、ご主人様をお風呂に入れる前に、庭の生け垣で見つけました。……誘引石です」
シルフィさんが、懐からどす黒く光る石の破片を取り出し、テーブルに置いた。
誘引石? なんだそれ。聞いたこともない単語だが、鍵穴越しに見えるバッシュの反応は尋常じゃなかった。
「……誘引石か! 魔物を呼び寄せる寄せ餌を、屋敷の中に投げ込んだというのか。それにいつ気づいた」
「屋敷に到着した直後ですわ。……昨日のトカゲも、偶然ではなくこれに誘い出されたものでしょう。ゼノンは、クロム様がどのような隠し球を持っているのか、喉元に刃を突きつけてでも暴くつもりです」
おっさんが鼻で笑い、腕を組んだ。
「隠し球か。馬鹿みたいなことを考えておるわ! だが、半分は正解かもしれんな。連中の想像を絶するような『現実』が、この屋敷には転がっているからな。あいつらの常識など、ここでは何の役にも立たん」
おっさんはそう言ってから「チート勇者でもなければな」と小さく呟いた。
「……チート勇者! もしかして、あの伝説の男の再来か!? だとしたら厄介です! 魔法を使わず、ただ歩く。それだけで要塞を崩壊させる、あの異常な男が……」
バッシュが捲し立てるように叫んだ、その言葉に、空気が一瞬で凍りついたのが分かった。
(チート勇者? 誰だよそれ!)
ついには三人共が、黙りこくってしまった。
(……おいおい。肉どころか、めちゃくちゃ物騒な話してるじゃないか! 借金取りの取り立てよりヤバい雰囲気だぞこれ)
俺は冷や汗を拭い、気づかれないように慎重な足取りで、空っぽのベッドへと戻ることにした。
◇
「……ふぁあ。昨日は、何か色々あったなァ……」
俺は寝癖だらけの頭のまま、リビングへと降りていった。
昨日の話で気になったのは、『誘引石』とかいう名前だ。まるでエロいお姉さんがつけてる香水みたいな名前だ。
『誘引』
……つまり、誘われる? 引き寄せる?
なんかエロくないか?
異世界の秘密道具ってのは、そういう遠回しな名前ついてそうだし……。
俺の勘ではあれはきっと──何かを誘引する、大人向けの何かだ。
うん、間違いない。
エチエチな匂いがぷんぷんする!
「おはようございます、ご主人様。昨夜はよく眠れまして?」
リビングに入るとシルフィさんが、いつも通り爆乳が収まりきらない、完璧なムチムチメイド服姿で朝食を並べていた。
俺は声を潜めて言う。
「ねぇシルフィさん……昨夜の“誘引石”ってやつ。俺にも試させてくれよ」
「はい?」
シルフィさんの手が止まった。
瞬時に空気が変わる。
「お待ちください、ご主人様」
「ん?」
「なぜ、その名前をご存じなのですか?」
(あ、ヤベッ!)
しまったぁ……。
「え、いやその……たまたま。たまたま耳に入ったというか。ほら、鍵穴もデカいし……へへへ」
クロムのおっさんの目が細くなる。
「……小僧。聞いていたのか」
「いや、聞いてたっていうか、聞こえたっていうか……。正直、何の話をしてるのか分かんなかったんだけど、なんか誘われる石……って、ちょっとエチエチな道具かなって」
「……なるほど」
バッシュが妙な反応をした。
「どうしたんだよ」
クロムのおっさんは、お茶をすすりながら、鼻で笑う。
「心配して損したわ」
シルフィさんも、ほっと胸を撫で下ろす。
「ええ、いつものご主人様でしたわ」
「なんだよそれ!」
馬鹿にされてる気分だ。
隣でティアラが呆れたように溜息をつく。
「朝から何くだらないこと言ってんのよ……アンタ、魔物呼ぶ石を“エッチな道具”だと思ってたわけ?」
「だって名前が怪しいだろ。『誘引』だぞ? どう考えてもそういう響きじゃん」
「どんな理屈よそれ!」
ティアラが、みんなの見えないところで、俺の頭をぺしっと尻尾で叩く。
「いてっ!」
「朝起きて最初に考えることがエロって、どういう脳みそしてんのよアンタは」
「いや、健全な探究心だよ」
「何を探求するつもりよ!」
もう一発、ぺしっ。
「いててっ、暴力反対!」
「だったら朝っぱらからメイドさん口説くな!」
「口説いてないよ。研究だよ」
「エロの探求。エロの研究だもんね! このエロユーマ!」
テーブル越しに見える尻尾は、ぴんと逆立って、ふるふると揺れていた。
……ちょっと怒ってる猫みたいで、かわいい。
「……なによ」
「いや、尻尾が揺れてる」
「見るなっ!」
赤面するティアラ。
(こいつ……俺のこと好きなんじゃね?)
「ん? あ。私、エッチな男は嫌いです」
「はぁぁぁぁ? 俺も貧乳なんか好きじゃねーし!」
「たまに私のお尻見てるけどね」
そう言ってニヤニヤするティアラ。
……まったく。
この屋敷、朝から騒がしすぎる。
つーか
見てねーし!




