第十六話:「ユーくん来てーン♪」幻聴と現実
屋敷の長い廊下は、夜になると無駄に足音だけが響く。
”カタン”
また音がした。
二度、ってのが妙に引っかかる。
……いや、考えすぎか。
その瞬間、昨日のことが脳裏をよぎった。
ギルドの応接室で、ミラさんが取った、あの態度──。
俺が屋敷に住むことを渋った時、ミラさんはシャツの第一ボタンを開けて、耳元をくすぐるように囁いた。
『それを、確かめに行きませんか?』
『ご決断を……』
あれはもしかして……今夜、あなたに部屋に来て欲しいという、ミラさんなりの照れ隠しのサインだったのでは?
確かに、あの時はティアラもいたし……。俺に対する合図だったと考えれば──腑に落ちる。(うん、そんな気がしてきたー)
そういえば──……。
”さっきの夢”でも「公的な監視」がどうとかって言ってたよな?(うん)
俺の超絶頭脳が、天邪鬼なミラさんの揺れる乙女心を解析する。
「公的な監視」→「監視だけ?」→「……貴方からも来て?」→「ユーマ……来てェ~♪」
(これだぁぁぁ!!)
そうと決まれば善は急げ!
喉が渇いたなんて、言ってる場合じゃない!
まだ屋敷の間取りを熟知していない俺は、逸る気持ちを抑えつつ、ミラさんが寝てそうな可愛い部屋はないかと、愛の小部屋探しに出発する。
「ぉーぃ」
口うるさいティアラに見つからないよう、小声でミラさんの名前を呼ぶ。
「ぉーぃ。ミラさ……」
(な、なんだ、これ?)
何気なく目を向けた先に、やけにチカチカした光が見えた。
「この下は……地下室なのか?」
この光も、ミラさんからの何らかの合図なのでは?
いやいや、ないないない。それはない!
誘うにしても【地下室】って……場所のチョイスが攻めすぎだろー!!(こっちが照れるわ)
「ミ、ミーラさーん?」
返事はない。
恐る恐る階段を下りていく。
「ミラさん? 俺だよぉ……」
光の方に向かって、おずおずと声をかける。
でも、やっぱり返事はない。
一段、一段、慎重に降りていく。
地下室に降りた瞬間、むわっとした熱気が肌にまとわりついた。
妙に生ぬるい空気が、篭もっている。
そこで見たものは──……。
(嘘だろ!?)
いつものピシっとした制服姿からは想像出来ない、薄手の寝間着姿のミラさん。肩紐がズレたせいで汗に濡れた谷間が覗き、いつもとまるで別人に見える。
身体を締め付けない布が、彼女の凄い体の輪郭を、ありのままくっきり映し出していた。
(ヤっバ……凄ェ)
ミラさんは、俺に気づいていないようだ。地下室の中央で膝をつき、天井を向いて必死に杖を構えていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
息が、めっちゃ荒い!
俺は、おっかなびっくり部屋の中へと、足を踏み入れる。
──その時。
天井を見ると、やけにチカチカしていることに気づいた。目を凝らすと、ネオンサインみたいに発光している。
(こいつか! 犯人は)
光る“何かの物体”が、空中に浮いていた。そいつは、うねうねと蠢きながら、空間を歪ませるように、ミラさんの方へにじり寄っている。
「……ダメ……魔法が、全部、透過される……っ」
ミラさんの声が震えている。
「ミ、ミラさん?」
その瞬間、ミラさんと目が合う。
「あぁぁ……ユーマ様……! 来ちゃダメ……っ!」
その光る物体をよーく見ると、形からして、どうやらトカゲのように見える。
「なんだ……トカゲかよ。めっちゃ【現実的】やん!」
俺は溜息をついた。
もっと恐ろしいものを想像してただけに、拍子抜けしてしまった。
見た目はせいぜい、縁日の屋台で売ってる三〇〇円くらいの、光るビニール玩具みたいにショボい。
「大丈夫、大丈夫。こんなの玩具みたいなもんだよ」
そう言ってミラさんに視線を戻すと──さっきよりも、もっと(うわっ!)
(ヤバい……ちょっと、そのネグリジェ姿、破壊力高すぎだろ!)
俺が鼻の下を伸ばしている間にも、ミラさんは必死に杖を振るっている。
「……触れたら……魂が……消滅してしま」
「いやいや、魂が消滅とか、現実的に考えてあり得ないだろ」
俺は心底呆れた。
クロムは元魔王で。バッシュは軍隊を壊滅する手練れで。その前は伝承の魔物だっけ? ほんっと! この世界の住人は、みんな大袈裟だよ。
現に、あんなに神々しかったトカゲの光が、冷静になって見ると“電池の切れかかったLED”みたいにショボい。
「キチチッ!?」
トカゲは俺を見て、困惑したような鳴き声を上げた。次の瞬間、急に重力に逆らえなくなったみたいに、床へ──。
”ボトッ!”
「ほら、落ちてきたよ。爬虫類が苦手だったら、ここは俺に(キリリ)任せてよ」
俺はキリリ眉でミラさんに近づき、肌けた肩紐をひょいと摘まんで直し(……ながら、谷間をチラッと盗み見て)落ちたトカゲの前へ、威風堂々と進み出た。
床の上では、さっきまでの威厳が嘘みたいに、光りを無くしたトカゲが”カサカサ”と必死に逃げ回っている。
「ったく……人騒がせなトカゲだよ……。あ、ちょうどいいのがあった」
俺は、足元に転がっていた、お掃除用バケツをひっ掴む。
「はい、おやすみ!」
”カポッ!!”
「…………え?」
ミラさんは、魂が抜けたように、その場にへたり込んだ。
「掃除は俺の担当だから、明日の朝、俺が捨てておくね。じゃ、おやすみー」
(あ、忘れてたわ!)
「そうそう。今度、俺を呼ぶ時は、もっと分かりやすい合図にしてね」
「……はい?」
「例えば。誘いの合図は、『ユーくん来てーン♪』とかド直球でも、俺は──(タメて、タメて)いいんだぜ!!」
ミラさんの乙女心にキッチリ爪痕を残した俺は、意気揚々と自分の部屋へ戻った。
(あ、やべ。喉乾いてたのに……)
あんな格好良いセリフで決めたのに、今更「喉乾いたから」って舞い戻るのもマヌケ臭い。仕方ないので、唾でも飲んで、再び布団に潜り込んだ。
(水を出す魔法とか、あればなぁ……)




