第2話:街
射撃場での訓練を終えた三人は、街へと買い出しに向かった。
――とはいえ、「街」と呼べるほど立派なものではない。簡易的に組まれた屋台が並ぶ、ささやかな市場のような場所だ。
かつて人類が築いていた文明の面影は、もはやどこにも残っていない。
宇宙神獣の侵略から生き延びた人々は、彼らに気づかれぬよう、ただひっそりと、息を潜めて暮らしているのだ。
「やぁ、三人とも!」
街に着くなり、明るい声がかけられる。
振り向いた先にいたのは銀髪の少年だった。
「ノエル!久しぶり、帰って来てたんだ」
ジェシカが手を振る。
彼の名はノエル。三人より少しだけ年上で、この街にいる数少ない若者の一人だ。
自然と顔を合わせる機会も多く、彼女たちとは親しい関係にあった。
もっとも、彼は頻繁に街の外へ出ているため、こうして会える機会は決して多くはないのだが。
「今度はどこに行ってたの?」
「海の方に行ってたんだ」
「海……いいなぁ。私、本の中でしか見たことない」
ジェシカが目を輝かせる。
「君たちがもう少し大きくなったら、一緒に行こう」
ノエルはそう言うと、ポンとジェシカの肩を叩き、そのまま去っていった。
「……じゃ、私たちも買い物行こっか」
三人は顔を見合わせ、歩き出す。
この街にいる子供は、メアリー、ジェシカ、リーファ――そしてノエルの四人だけだった。
だからこそ、街の大人たちは彼女たちを自分の子供のように可愛がり、彼女たちもまた、彼らを親のように慕っていた。
「リーファちゃんたち、いらっしゃい! 今日もいつもと同じやつでいいかい?」
「うん。よろしく」
「これ、サービスだからね」
「ありがと」
いつも通りのやり取り。変わらない日常。
買い物を終えた三人は、広場で昼食の弁当を広げると、その後は模擬決闘へと移る。
使う武器は、基本的に剣だ。
三人の実力はほぼ互角であった。同じ環境で育ち、同じ訓練を積んできたのだから、当然とも言える。
だだ、やはり身体的な差はある。
決闘で最も勝ち数が多いのはリーファ。メアリーとジェシカは五分五分といったところだ。
彼女たちの戦いは、一般人では目で追うことすら難しいほどの速度と精度で行われている。
それは、日々積み重ねてきた鍛錬の成果に他ならなかった。
やがて、いつも通り模擬決闘を終える。
今日もまた、僅差でリーファの勝利だった。
「やっぱリーファは強いなー」
悔しそうに、ジェシカが呟く。
「ジェシカも、だいぶ強くなったと思う」
リーファは短く答えた。
「そうかな? えへへ、褒められちゃった」
素直に喜ぶジェシカに、メアリーがくすりと笑う。
「相変わらず単純だね〜ジェシカは〜」
「もう! 意地悪言わないで!!」
笑い声が重なる。
そのまま三人は、他愛もない会話を交わしながら帰路についた。
家に戻ると、それぞれが自然と家事に取りかかる。
リーファは掃除。ジェシカは洗濯。そして料理は、メアリーの担当だ。
メアリーは幼い頃からセノ爺に料理を教わってきた。その腕前は、すでに大人顔負けである。
もっとも、掃除と洗濯は壊滅的なのだが。
それは他の二人にも言えることで、三人はそれぞれの得意分野を分担することで、効率よく家事をこなしていた。
台所で、メアリーがいつも通り手を動かしていると。
普段は自室にこもっていることの多いセノ爺が、珍しく姿を現した。
「メアリー。昨日言ったことを、絶対に忘れないでください」
「え? う、うん」
それだけを告げると、セノ爺はすぐに踵を返し、部屋へと戻っていく。
「……も〜なんなの……変だよセノ爺……」
一人、ぽつりと呟く。
どこか、胸の奥に引っかかるものを感じながら。
やがて三人はそれぞれの家事を終え、少し早めの夕食を済ませた。
食後は、セノ爺による戦闘訓練の時間だ。
街の人々の話によれば、セノ爺はかつて傭兵として宇宙神獣と戦っていたらしい。
本人は一切を語らないため、その真偽は分からない。
だが――
少なくとも、その腕を疑う余地はなかった。
彼は決して剣を取らない。直接戦うことも、手本を見せることもない。
ただ三人の動きを見て、的確な助言を与えるだけだ。
それだけで、彼女たちは確実に強くなっていく。
改善点を見抜く速さも、その指摘の正確さも、常人の域を超えていた。
やがて訓練を終えた三人は、風呂で疲れを癒し。
その後は、誰かの部屋に集まって他愛もない話をする。
今日は、ジェシカの部屋だった。
彼女自身が、二人を呼んだからだ。
「今日は二人に見てもらいたいものがあるんだ」
そう言って、ジェシカは本棚から一冊の本を取り出す。
古びた表紙に掠れた文字で『宇宙神獣について』と書かれていた。
「何この本?」
リーファが、興味深そうに問いかける。
「この本はね、昔――宇宙神獣が侵略してきた時のことが書かれてるんだよ」
「そういえば私たち、宇宙神獣のことって詳しく知らないよね〜? 実際に見たこともないし〜」
メアリーも身を乗り出す。
「そう。だから、これを読めば少しは分かるかなって」
ジェシカはそう言って続けた。
「セノ爺の書庫を見てたら見つけたんだ。今からこの記録を読むね」
二人が小さく頷く。
それを確認して、ジェシカは静かに語り始めた。




