第1話:違和感
「そんな……」
喉がうまく動かない。
目の前には、私と同じくらいの背丈の少女が倒れかかっていた。
彼女の胸を、剣が貫いている。
そして、その柄を握っているのは――私の右手だった。
「わたしが……やったの……?」
理解が追いつかない。
冗談であってほしいのに、手のひらに残る感触だけがやけに生々しい。
「ねえ……起きてよ……」
返事はない。
ただ、静寂だけが広がっていく。
――その瞬間。
これは現実なんだと、理解してしまった。
喉の奥から、引き裂くような叫びが漏れた。
「ジェシカ〜ご飯できてるよー」
「はーい、今行くー」
朝から響く甲高い声に、少女は眠い目をこすりながら返事をした。
顔を洗い、髪を整え、皆が待つ食卓へと向かう。
「も〜、遅いよジェシカ〜ご飯冷めちゃうよ〜」
席に着くや否や、先ほどと同じ甲高い声が響いた。この特徴的な声の主はメアリーだ。
「ごめんごめん、つい寝坊しちゃって」
ジェシカは苦笑いを浮かべながら返した。
「誰だって寝坊はある。あんまり気にしなくていい」
落ち着いた口調で静かにフォローが入る。彼女はリーファだ。
「も〜、リーファは甘いんだから〜」
メアリーが頬を膨らせて抗議する。
「セノ爺も何か言ってやってよ〜」
彼女は続けて、同じく食卓を囲んでいるセノ爺に同調を求めた。
突然話を振られたセノ爺は、穏やかな口調でジェシカを窘めた。
「まぁまぁ、ジェシカは以後気をつけるようにしてください」
「はーい」
ジェシカ、メアリー、リーファ、三人は同じく思春期を迎えた少女たちだ。
そしてセノ爺はそんな彼女たちの育ての親である。幼くして身寄りの無かった彼女たちを引き取り、男手一つで大切に育ててきた。
その甲斐あってか、彼女たちは気持ちの良いくらい真っ直ぐな子に育っていた。
「私、こうやって四人でご飯食べてる時間が一番好き!」
ジェシカがパンを頬張りながら言った。
「ごちそうさま。それじゃ、射撃場に行ってくる」
しばらくして、朝食を終えたリーファが席を立つ。そして家の裏手にある射撃場へと姿を消した。
ーー数十年前。突如として現れた謎の生命体により、人類のほとんどが滅びた。生き残ったわずかな人類はその生命体を「宇宙神獣」と名付けた。そして人類は辺境に小さな村を作り、彼らに見つからないよう細々と生活を送っている。だが、いつ彼らとエンカウントしてもおかしくはない。
この世界で生きて行く為には戦闘力が必要不可欠であった。
「私も行くー!!」
ジェシカも負けてはいられないと急いで食べ終え、リーファの後を追った。
「行っちゃった〜食事くらい落ち着いて摂ればいいのに〜」
残されたメアリーはセノ爺と二人、ゆっくりと食事を摂った。
「やる気があるのは良いことですよ」
「うーん、たしかにそーだね〜、死んじゃったら元も子もないしね〜」
いつも通り軽い口調で話すメアリーに対し、セノ爺は軽く咳払いをして言った。
「メアリー、貴方に大事な話があります」
「どうしたの?」
普段のセノ爺からは見られない真剣な表情に違和感を覚えた。
「私も、もう歳です、明日には死んでいても不思議ではありません」
突然の発言にメアリーはキョトンとした。だが、セノ爺が構わず続ける。
「もしものことがあればーー貴方がジェシカとリーファを守ってあげてください」
セノ爺の唐突な言葉に困惑しつつも言葉を返す。
「私?私なんかよりもリーファの方がよっぽど強いと思うけど〜?」
「いいえ」
セノ爺はきっぱりと否定した。
「貴方が三人の中で最も強いことを、私は知っています。そしてーー貴方が誰よりも二人のことを思っているのも…」
その言葉にメアリーは一瞬だけ目を見開いた。しかし、何も言葉を発せず、口を閉ざした。
「……」
二人の間に沈黙が流れる。
「やっぱり私じゃ…」
「もし」
言いかけた言葉を遮るようにセノ爺が続けた。
「もし…自分の力じゃ二人を守れないと思った時。その時は『ラガッツァ・アリーチェ』と大きな声で叫びなさい」
「ラガッツァ・アリーチェ?」
聞き覚えのない単語にメアリーは眉をひそめた。
「今は深く考えなくていいです。頭の片隅にだけ入れておいてください」
「うん……」
「それとーーこの話は二人には言わないでくださいね」
結局、セノ爺はそれ以上のことを語らなかった。なぜ私が一番強いと思うのか?ラガッツァ・アリーチェとは何なのか、どういう意味があるのか?なぜこの話を私だけにしたのか?
疑問は尽きない。
どこかいつもと違うセノ爺の様子だけが胸に引っかかっていた。
メアリーはその違和感を抱いたまま、ジェシカとリーファのいる射撃場へと向かった。




