再び、東京競馬場
「ゆり先輩!」
府中本町駅の臨時改札で約束の一本前の電車で来た遥は、ゆりを見かけると大きく手を振った。
今日はこの前の土曜日と違い人が多いが一目で見つけられた。
今日のゆりは紫のシャツに淡い紫のジャケット。そしてつば広の真っ白い帽子で気合の入った格好だ。
「今日は一段とステキですね」
遥はゆりに賛辞を贈る。
「今日はオークスだからね。TPOはわきまえないと、ね」
「遥ちゃんも私服見るのは初めてね。とてもかわいいわよ」
「いえいえ、全く。そんなことは・・・・・・」
遥は今日はさすがにリクルートスーツは着ていない。動きやすい格好で来たのだが今日は一段と格差社会を感じた。
だがそんなことはあまり気にはならなかった。
今日はお揃いだからだ。
二人とも手に持った闘将スポーツ。通称・闘スポだけは。
「怜先輩、遅いですね」
「あいつはいつもあんなものよ。11時までに来なかったら先に行きましょう」
遥は疑問に思った。怜は職場では時間厳守の折り目正しい社会人だからだ。
「よう。じゃあ行こうか」
待ち合わせ時間に20分ほど遅れて怜がやって来た。
今日は全身ジャージではない。
えんじのシャツにジーパン姿。ブラウンのジャケットが決まっている。
「怜先輩。今日はまともな恰好なんですね」
プライベートで気が緩んだ遥が思わず口走る。
「まずい、シメられる!」と遥に緊張が走る。
だが返ってきた言葉は鷹揚だった。
「まぁ、今日はオークスだからな。TPOはわきまえないとな」
その怜の言葉に
「あんた、T。T全然わきまえてないじゃないの」
「ん。まぁいいじゃん」
そう言うと怜は先頭に立って競馬場に向かうのだった。
はぁ、と小さくため息をついてゆりはそれ以上何か言うのをあきらめるのだった。
連絡通路を歩いている時に怜が遥に声をかける。
「小金井。今日いくら勝負するの?」
「はい。今日はオークスで3000円勝負します!」
グッと右手の闘スポを握りしめて遥が答える。
「オークス、一本勝負?」
「はい。条件戦とか正直まだよくわかんないですから」
「堅実、堅実。そのくらいがちょうどいいわよね」
ゆりは自分も昔はG1くらいしか買わなかったことを思い出す。
何種類もあるマークシートに戸惑っていたあの日。
マークシートに塗り忘れないかしら?と慎重にチェックしていたあの日。
券売機に少し緊張しながらお金を入れていたあの日。
1200円しか儲からなかったのに、初めての当たり馬券に興奮したあの日。
なんだかいつの間にか一日36レース馬券買う事があるようになってしまったのだ。
控えめな回収率のゆりは「G2って何?」「アルゼンチン共和国杯って何?」といちいち疑問に思っていたあの頃に戻りたいとちょっとだけ思うのであった。
「負けても熱くなるなよ。競馬は自制心が大事だからな」
怜が言う。お前はそんなことより時間守れよとゆりは思う。
「負けを取り戻そうと思った時は、もう負けているからね。気を付けなさいね」
ゆりは遥に自分が実践できていないことを自覚しながら言う。
「まぁいい反面教師がいるからな、そこは心配ないでしょ」
クックックッと笑いながら怜が続ける。
「会社のお金の横領とかの事件があるとよく犯人が全部競馬に使ったとかいうじゃない?」
ゆりの話に、いきなり物騒な話題だなと遥は思った。
「1000万とか競馬で使い切るなんてそんなわけないじゃない、って思っていたのよ」
ゆりはそう言うと、怜と遥の前方に足早に回り込むとキリっとした表情で宣言する。
「今ならわかるわ。私も2、3日で使い切る自信があるわ!」
「一日持たないだろ」
怜はまた二人の横にまた戻り再び並んで歩くゆりに言う。
「一レース10万使っても一日360万円よ。2,3日は持つわよ」
ゆりは怜の言葉に反論する。
「いや絶対熱くなって初日の第7レースあたりから100万とか突っ込むタイプだよ、あんた」
「仮にそうなっても1レースくらい当たるわよ」
「1レースしか当たんないのかよ」
その話を聞きながら遥はそんな日が来ないことを祈るのであった。
そんな話をしているうちに入場口をくぐりぬけ競馬場内にたどり着く。
2週間ぶりの競馬場に遥は心が騒ぐ。
土曜競馬だった前回と違い、今日は日曜日。
しかもオークスという大レースなだけあって段違いに人が多い。
人混みは苦手な遥だが青く突き抜けた空と真緑のターフを見ると、やはりテンションが上がるのだった。
思わず遥は駆け出してしまう。
「先輩、早く行きましょう!」
「どこ行くのかしら」
「どこ行くんだよ」
と思いながら二人も遥を追いかけるのだった。
某スレにはお世話になりました。感謝感謝です。
無観客開催で東京競馬場にはもう秋まで行けそうもありませんが、夏競馬からは無事に観客入れての開催されるといいかなって思いますね。




