つまらない馬券
「落ち着け」
ティ!っとようやく遥に追いついた怜は、後頭部にチョップを食らわす。
「はっ、すいません。私ったらついテンション上がっちゃって」
「どうする、ゆり。こいつ走り回るせいでもう第4レースギリギリだな。見するか?」
「いや、いや。捕まえるのに1分もかかってないでしょ。第4レース間に合わないのあんたが遅れたからでしょうに」
一足遅れて追いついたゆりが言う。
見するとは予想はしてもあえて馬券を買わずにぐっと耐えレースを見守るだけにすることだ。
「まぁ4レースは1番人気以外疑問符のメンバーだしスルーしておきましょう。私もどうせあんた遅れてくると思っていたから予想してないし」
「遅れた、遅れたって11時前には来ただろ。結構早かったろ」
「待ち合わせ時間、10時30分だったんですけど!少しは時間守りなさいよね」
遥はゆりの言葉にもっともだと思った。
特に新入社員の自分に社会人として時間を守る意識を植え付けたのは怜なのだ。
色々と理不尽だなと思いながらも、せっかくの競馬場で揉めているのは大変忍びない。
そこで遥は提案した。
「ちょっとコーヒーかなんか飲みに行きませんか」
「ん、そうだな。ゆり、まずは一杯いこうか」
「そうね。この前は行けなかったしいつものところ行きましょうか」
ふたりの言葉に、遥はお薦めのカフェ連れて行ってくれるのかな?なんか競馬女子ってやつっぽいと嬉しく思うのであった。
両手で抱えた発泡スチロールの器を見て「ん?」と遥は思った。
今頃はよく冷えた甘いカフェオレでも飲んでいるつもりだったからだ。
だが渡された物は、予想とはかけ離れたものであった。
あえて言うなら色合いは似ているだろうか。
「一味たくさん入れた方がおいしいわよ」
「お前、いつも一味入れすぎだよ」
「この辛さがいいんじゃない。やっぱり競馬場来たらモツ食べないとね」
怜のおごりだと言われて渡されたのは煮込みだった。
たしかにおいしそうではあったがなんとなくCMを見て憧れていた競馬女子とやらとは大きくかけ離れているなと遥は思うのであった。
ゆりにかけられた多めの一味のせいもあるが、世の中甘くないなと思う。
でも熱々の煮込みはとてもおいしかった。
「第5レース、これメチャクチャ堅そうだな。パワードリフトで決まりだろうけど単勝1.4倍か」
新聞を読みながら怜が言う。
「凡走したら面白いけど前走も東京のダートの1400で3着だしね。さすがに切りにくいわね」
「相手もこれ、イースワットだろうなぁ。こいつも前走東京ダート1400で3着か。この組み合わせでオッズどのくらい?」
「えーと、3.3倍かしら」
「うわ、つまんないなぁ。どうしようかなぁ」
怜とゆりがつまらなそうにうんうん唸っているのを見て遥は競馬は難しいのだなと思う。
この前、競馬に来た時もゆりの推していたヴァルキュリアが単勝1.4倍のグリグリで負けたのを覚えていた。
「よし、イースワットの単勝で行ってみよう。持ちタイムも0.1差だし。ダートなら鞍上・光浦なら何とかなるかもしれない」
怜は単勝6.2倍のイースワットで勝負することにしたようだ。
馬券を買いに行く怜を見送った後、ゆりも馬券を買いに行く。
「ちょっと私も馬券買いに行ってくるわね」
「乗り気じゃないみたいですけど、馬券買われるんですか?」
「まぁせっかく来たんだしね。まぁ堅くね」
「光浦が勝ったら飯おごってやるよ」
怜は戻ってくるなりそう言った。
「いえ、さっきもおごってもらいましたし今日は大丈夫です」
「まぁ勝ったらだよ。まぁ厳しいだろうなぁ」
「なんでそんな馬券買っちゃうんですか」
遥は素直に口にした。
「なんでだろうなぁ。まぁ性だね。せっかく競馬場来たんだしな」
怜は少し苦笑いしながら答えるのであった。
ゆりも戻って来た。
「お、何買ったの。穴馬見つかったか?」
「このメンバー構成じゃ人気どころで買うしかないでしょ」
「ちょっと馬券見せろよ」
「ダーメ。内緒よ」
馬券を買った時は基本テンションが高いゆりだが今回は大変におとなしい。
3歳1勝クラスによる東京5Rが始まる。
出遅れもなく各馬一斉にスタートする。
怜の買ったイースワットは13番ゲートから好スタートを決めた。
先頭グループに加わるかと思ったがペースを落とし中盤に控える。
「あ、何やってんだよ。前行けよ、前」
イースワットの前走は2番手に付けて3着に粘りこんでいるので先行してほしかったのだ。
1番人気パワードリフトがスタートは立ち遅れたが先行グループに加わっていく積極的なレースをしているだけに好スタートを決めながら中盤に控えた事に怜は腹を立てているようだ。
「もっと前行けって。ほら行けって」
怜の声援もむなしく、4コーナーで先団に一気に追いつくパワードリフトに1.2馬身遅れて、イースワットは直線に入る。
パワードリフトは唯一前にいる逃げ馬を楽な手ごたえで追走してそして交わす。
「ほら光浦、行け!行け!行け!」
怜の怒号に合わせて遅ればせながらイースワットも良い脚で伸びてくる。
もしかしたら・・・・・・と思った瞬間、パワードリフトは一段ギアを上げたかのように突き放しそして圧勝したのであった。
「あーもう、なんであそこで控えるかな!完全に位置取りの差じゃん」
怜が吠える。
「なぁゆり、最初控えなかったら勝ち負けだったよな」
「うーん、どうかしら。どのみち力の差はあったように見えたけれどね。まぁ少し立ち遅れても強引に前に行ったリーンを褒めるべきレースじゃないかしら」
ゆりが冷静に答える。
「まぁそうだけどさ。もうスタート良かったのに何で控えるかな」
まだ怜はご立腹のようだ。
「そういうお前は何買ってたんだよ」
怜はゆりが右手に握った馬券をひったくる。
「あ、なんだ。ゆり当たってんじゃん。安いけどやるじゃん」
ゆりの馬券はパワードリフトとイースワットの1000円一点買いだ。
「ん?なんだこれ馬連じゃなくてワイドかよ。うわ、めっちゃ安そう」
「うるさいわね。当たったんだからいいじゃない」
ゆりは怜から馬券を取り返す。
「ゆり先輩、当たったんですか。すごいですね。いくらになるんですか?」
屈託なく遥がゆりに賛辞の言葉を贈る。
「たぶん1.5倍くらいね」
「うわ、つまんない馬券だな。ワイドじゃなくて馬連でせめて買えよ。いつもこない中穴ばっか買うくせに変なとこで堅いよな」
「うるさいわね。勝てばいいのよ、勝てば」
「ゆり先輩、ワイドってなんですか?」
妙に競馬というか競走馬には詳しくなっている遥だが馬券に関しては完全に不勉強だ。
「1着馬と2着馬を順不同で当てるのが馬連。これは知っているわよね」
「はい」
「ワイドはね、買った馬2頭が1着から3着までに入れば当たりなのよ。当たりやすいけれど人気馬同士で買っちゃうと今回みたいにつまらない感じの馬券になっちゃうのよ」
ゆりが我ながらつまらない馬券買っちゃったなという表情で遥の疑問に答える。
「えー、すごくお得な馬券じゃないですか。私、馬連とか難しそうだなって思ってましたけどワイド馬券すごくいいですね。ステキです」
ゆりの思いに反して遥が目をキラキラさせて称賛する。
「ゆり先輩、今回500円儲かったんですよね。やっぱり競馬上手ですよね」
遥の予想外の称賛にゆりはどんな顔をすればいいかよくわからなかったが、とりあえず微笑んでおくことにしたのだった。
今週は馬券ぼろ負けだったので、少しでも読んでくれると救われます。




