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もう我慢できません

「ウォーブロッサム、本当強かったわね」

「ああ、直線持ったままだったもんな。あのメンバーじゃさすがに相手にならなかったな」

 ゆりの言葉に怜が応じる。

 ヴィクトリアマイルの翌日の月曜日の夜、ゆりと怜は喫茶店にいた。

 

 今日は怜と遥は昼に商談があったため、ランチではなく業務終了後にここで総括をしていたのだ。

 そうは言っても遥は書類作成のため、まだ仕事をしているのだが。


「手伝ってあげればいいじゃない。かわいそうじゃない」

「いやいや、甘やかすのは良くない。それにもう大概の事は一人でやれているよ」

 怜はゆりの非難の声を真っ当な発言で制する。


「そう。まぁ怜が言うんなら心配ないんだけど」

 後輩がまだこの場に来れないことを寂しそうに言いながらコーヒーフラペチーノを一口飲む。


「小金井さ、最近過去の名馬の研究し始めたようでちょっとうるさいんだよなぁ」

 困ったように怜がコーヒーをすする。

「いいじゃない。競馬は傾向と対策よ。歴史を知ることはいい事じゃない」

 ゆりが遥をかばい立てする。


「いや、別にいいんだけどさ。最近、仕事の精度も上がって来たし」

「じゃあ問題ないじゃない」

「いや競馬見始めてまだ一週間とちょっとだよ。ちょっと夢中になりすぎ」

「いいじゃない、悶々と鬱屈して仕事しているよりは」

 ちょっと非難するようにゆりは怜に言う。


「まぁ、それに関しては正直助かったよ。私じゃたぶんああは出来なかったからなぁ」

 少し遠い目をして怜が言う。

「そう?あなたがしっかり仕事教えていたからこその今だと思うわよ」

 ゆりが怜をフォローする。


「まぁそういう事にしておこうか。そういえばお前さヤマトスカーレットって知ってる?」

 怜は10年以上前にG1を4勝した名牝の名前を口にする。 

「ええ、結構昔だけどとても強かった牝馬でしょ。全戦連対外さなかったのよ」

「良く知ってるね。で小金井が言うには完璧でゆりさんみたいですよねって」

「ええ、嬉しい。そんな風に思っていてくれてるの」

 ゆりが顔をほころばせる。


「あいつ、人を見る目ないからさ。変な男に引っ掛かりそうで心配だよ」

 怜が嘆息する。

「どういう意味よ!!!」

 ゆりは怒りをあらわにするのだった。


「そういうあんたは何か例えてもらったの?ああ、あんただったらばんえい馬よね」

 ゆりは世界で唯一北海道の十勝で行われている競馬で活躍するサラブレッドの倍はある大型馬に例える。

 怜は、黙ってゆりにデコピンを食らわせるのだった。

 

「体罰反対!痛いじゃない」

「誰がばんえい馬だよ。私はブラッディマリーだって言われたよ。なんだよ、血塗れマリーって。私はあんたと違って昔の馬の事聞かれてもわかんないの。あいつ昔の競馬の事話し出すと本当長いんだよ」

 相当、遥に語られているのが察せられる。

 たしかに怜はあまり昔の馬知らないよなとゆりは思った。


 今を走る競走馬に興味の大半が行く人間と過去の競馬にまで興味を持つ人間がいるのは確かだ。

 競馬はリアリストとロマンティストが同居する不思議な世界である。

 リアリストもいつの日か、今走っている馬たちをロマンチックに語りだすようになるのだが。


「ブラッディマリーってG1を6勝している名牝よ。遥ちゃん、あんたの事よく見てるじゃないの。人を見る目は大丈夫じゃない?」

「え、そうなの。ゆりの4勝に対して6勝か。まぁなら人を見る目は心配ないかな」

 フッ、と男前に怜は満足げにほくそ笑む。


 ブラッディマリーはオークスではなく、日本ダービーへの出走を選択した女傑である。

 そして並みいる牡馬たちを3馬身ちぎって圧勝したのである。

「女の中の男みたいなもんだしなぁ。まんまっちゃまんまよね」とゆりは思う。

 遥の純粋な怜へのその辺の男性より仕事も出来てかっこいいです、という賛辞をゆりは曲解するのであった。


「遥ちゃん、自分の事はどんな馬だって言ってたの?」

 控えめな遥の事だ。未勝利馬とか二桁着順が続く馬とかに例えていないだろうか気になったのだ。

「ああ、私は良く知らないんだけどデュアルターボみたいになりたいって言ってたな。強いの?」

 往年の名馬の名前を上げる。


 それを聞いて、さすがのゆりも弾けすぎだなぁと思うのであった。

「で、どんな馬なのさ」

 黙ってゆりはスマホをいじり、1993年のオールカマーの動画を検索すると怜に渡す。

 それを受け取った怜は動画を再生する。


「お、この馬スタート超早いな」

 そう言いつつ、動画を見続ける。

「あーでも、こんなペースじゃ逃げ切れないよな。遥にはこんな暴走するだけの逃げ馬にはなって欲しくないなぁ」

 とハナを切ってペース配分の気配を微塵も感じさせずにジャンジャカジャンジャカ逃げていくデュアルターボを見続ける。


「まぁ負けるんだろうけど思い切りのいい逃げだね。なかなか最近のレースじゃお目にかかれないね」

 2コーナー回ったところで10馬身以上突き放すデュアルターボを見て怜は面白くなってきた。

 3コーナーを迎えてもペースは落ちない。ジャンジャカジャンジャカ、ジャンジャカジャンジャカ走り続ける。

 単独で4コーナーを回ったデュアルターボを見て、怜は思わず一瞬ゆりを見る。

 何か現実ではあり得ない、見てはいけないものを見ているような気分になって来たのだ。

 小さな画面からでもデュアルターボに宿る狂気が伝わって来た。

 直線に入ってもその走りというには、おぞましい何かは衰えない。

 そして、そのまま他馬の事など気にせず先頭でゴール板を突き抜けるのであった。


「なんだこれ?これは競馬・・・・・・じゃないな」

 怜は愕然とした。こんなレースは現代競馬ではそうお目にかかれないからだ。

「あいつは何を思って、こんなものになりたいって言っているんだ?」

 

「まぁそんなに心配ないわよ。そろそろ競馬場に行きたいって思いが我慢出来なくなってきているだけじゃないかしら」

「そうか。それだけならいいんだが。あいつ意外と怖いな」

 怜は変なところで小心者だ。


「そろそろ今度は3人で競馬場行きましょうか」

 とゆりが提案した時、

「ゆり先輩、怜先輩!」

 残業を思いのほか早く終わらせた遥が喫茶店にやって来た。


 そして開口一番にこう言うのだ。

「私、もう我慢できません。競馬場で馬券買いたいです!」

「お、おう」

 気圧される怜。


「そうね。じゃあ来週の女子競馬の最高峰・オークスに一緒に行きましょう」

 にっこりとゆりは答えるのだった。

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